第4話 王都でバズる謎の灰色ブロック
第4話 王都でバズる謎の灰色ブロック
朝の工房には、雨にぬれた土と薪の煙、それから石灰水の鼻を刺すような匂いが残っていた。エルナは生成り色のブラウスに焦げ茶色の作業着を重ね、袖を肘までまくると、木枠から取り出した灰色の板を人差し指で押した。板は一度へこんでからゆっくり元へ戻り、包丁を入れると、刃を押し返すほどの弾力が手のひらへ伝わった。窓辺には昨夜取り込んだ靴下が二足干されたままで、その下では助手のミラが、冷めた豆のスープへ黒パンを浸していた。
「今度こそ、食べ物の顔をしています。昨日の七十八号は、馬車の車輪止めみたいでしたけど」
「七十八号を踏んだのはミラでしょう。食べ物を床に置いてはいけません」
「置いたのではなく、落としたんです。それに踏んでも崩れなかったので、丈夫さだけなら一番でした」
エルナは笑いをこらえながら、切った一片を湯へ入れた。鍋から立つ湯気には、以前の試作品にあった青臭さも、土蔵を開けたときのような重い匂いもない。冷水にさらしてから口へ運ぶと、歯を押し返す心地よい弾力があり、何度か噛むうちに、芋から作ったとは思えないほど癖のない味が舌へ残った。数か月分の失敗を書き込んだ帳面は灰汁と油で端が波打ち、表紙には「水を減らしすぎない」と赤い文字で三度も書かれていた。
「できたわ。やっと、人に食べてもらえる板コンニャクになった」
「では、お祝いに蜂蜜菓子を買いましょう。工房のお金ではなく、エルナ様のお財布で」
「先に売上を作りなさい。蜂蜜菓子は、そのあとです」
三日後、二人は板コンニャクを布に包み、王都の中央市場へ運んだ。エルナは若草色のワンピースに白い前掛けを着け、商品がよく見えるように朝から何度も並べ直したが、灰色の板は焼きたてのパンや赤いリンゴに囲まれると、古い壁の欠片のように見えた。向かいの魚屋では銀色のニシンが氷の上に並び、威勢のよい店主が二尾買った客へ小さなレモンを一つおまけしていた。市場を歩く人々はコンニャクの前で足を緩めても、眉をひそめるばかりで、誰も手を伸ばさなかった。
「お姉さん、それは石けんかい。ずいぶん地味な色だね」
「食べ物です。山で採れるコンニャク芋から作りました」
「芋がどうして灰色の板になるんだ。俺は遠慮しておくよ。まだ歯は大事にしたいからな」
男が笑いながら立ち去ると、後ろにいた買い物客までつられて離れていった。ミラは売り台の下へしゃがみ、昼食用のゆで卵をむき始めたが、殻を細かく割りすぎて白身まで一緒にはがしていた。エルナは笑顔を保っていたものの、前掛けのポケットでは指が値札の角を何度も折り曲げていた。味を知らない人へ灰色の板だけを見せても、それが温かな煮込みや香ばしい焼き料理になるとは想像してもらえない。
「売れない原因は味ではありません。見た目と、食べ方が分からないことです」
「それなら、ここで料理してしまいましょう。わたし、呼び込みならできますよ」
「大声だけでは駄目よ。匂いで足を止めてもらい、食べて安心してもらうの。まずは台所を借りないといけないわね」
「蜂蜜菓子屋の台所なら、さっき店主さんと仲よくなりました。ゆで卵を半分あげたので」
「あなたは私の知らないところで、ずいぶん有効な交渉をしているのね」
翌週、二人は蜂蜜菓子屋から竈と調理台を借り、市場の広場で小さな試食会を開いた。エルナは紺色のワンピースに赤い布を頭へ巻き、鉄鍋の前で額の汗を拭いながら、コンニャクを三角形に切り分けた。まな板の横には香草、酢味噌、小麦粉、牛肉の煮汁、白ネギが並び、その隅ではミラが朝食の残りのチーズをつまんでいた。エルナが厚切りのコンニャクの表面へ、包丁で格子状の切り込みを入れ始めると、ミラは食べかけのチーズを持ったまま首を傾げた。
「どうして傷をつけるんですか。せっかくきれいに固まったのに」
「傷ではないわ。切り込みよ。こうすると、煮汁やたれが中までよく染みるの」
「では、たくさん切ったほうが美味しくなりますね」
「深く切りすぎれば、鍋の中でばらばらになります。何事にも加減が必要なのよ」
エルナは切り込みを入れたコンニャクを、牛肉の脂と香辛料が残る甘辛い煮汁へ沈めた。木べらで裏返すたびに灰色の表面が艶のある褐色へ変わり、格子状の溝へ濃い煮汁が入り込んでいった。別の厚切りには小麦粉を薄くまぶし、焦がしバターで両面を焼くと、じゅうっという音とともに香ばしい匂いが広場へ流れた。薄切りには刻んだ香草入りの酢味噌を添え、細く切ったものは鶏だしのスープへ入れ、白ネギと半熟卵をのせた。
「灰色の石ではありません。まずは一口、無料です。食べて気に入らなければ、文句を一つ言って帰ってください!」
「文句まで募集するのかい」
「ええ。ただし、食べてからお願いします。食べずに言った文句は受け付けません!」
最初に足を止めたのは、革の前掛けを着けた鍛冶職人だった。男は格子状の焼き目がついたコンニャクステーキを木串ごと持ち上げ、鼻先で匂いを確かめてから、用心深く端をかじった。表面はかりっと焼け、噛むと切り込みへ染みたバターと魚醤の味が口いっぱいに広がった。男の太い眉が上がり、二口目からはためらいもなく、最後には皿に残った焦げた小麦粉まで指ですくった。
「妙だな。肉じゃないのに、噛んでいると肉を食べたような気になる」
「その切り込みのおかげで、味がよく染みるんです。肉の煮汁へ入れれば、肉を少なくしても鍋全体に旨味が残ります」
「それなら女房に持って帰りたい。うちは息子が三人いて、鍋の肉はいつも戦争なんだ」
「お父さんの分は残りますか」
「残らない。だから俺が一番必要としている食べ物かもしれん」
鍛冶職人の言葉を聞き、周囲の客が少しずつ試食台へ近づいてきた。薄紫色の帽子をかぶった貴婦人は、刺身コンニャクを銀の小さなフォークで口へ運び、香草酢味噌の爽やかな香りに目を細めた。買い物籠を腕にかけた女性は甘辛煮を二度おかわりし、連れていた男の子はコンニャク麺を勢いよくすすって、桃色のシャツへ汁を飛ばした。母親が布で胸元を拭く横で、少年は空になった器を高く掲げた。
「お母さん、灰色なのに美味しいよ。もう一杯!」
「無料なのは一杯だけですよ。二杯目からは、お母さんにお願いしてください」
「お母さん、お願い! ぼく、今夜もこれがいい!」
「まったく、こういうときだけ返事が早いんだから。お姉さん、この麺を家で作れる分と、煮込み用を二枚ください」
「煮込み用には、表面へ浅く切り込みを入れてください。味が早く染みますよ」
昼を過ぎるころには、売り台の前に長い列ができていた。甘辛い煮汁、焼けた小麦粉、香草酢味噌、鶏だしの匂いが重なり、通りの端まで人を引き寄せていた。ミラは代金を数える手を止める暇もなく、つり銭を入れた木箱の横には、途中で食べかけたリンゴが茶色く変色していた。エルナが最後の一枚を包もうとしたとき、上等な黒い外套を着た大柄な男が、列の外から売り台へ近づいてきた。
「アフェクタ商会のバルドだ。四品すべてを食べさせてもらいたい」
「申し訳ありません。もう商品が残っていません」
「商人が売り切れを謝る必要はない。鍋の底に残ったものだけでいい」
「焦げたところしかありませんよ」
「焦げまで食べれば、料理人の腕と鍋の扱い方も分かる」
バルドは鍋底に残っていた甘辛煮の欠片を食べ、次にスープを一口飲むと、味の感想より先に革張りの帳面を開いた。原料一個から何枚作れるか、製造に必要な薪の量、夏と冬の保存期間、馬車で三日運んだ場合の傷み、料理人が別の味を加えられる余地まで、短い質問を続けた。エルナは油のはねた前掛けを外す暇もなく一つずつ答え、ミラは横で茶色くなったリンゴの部分をこっそり歯で削っていた。最後にバルドは、格子状の切り込みへ煮汁が残っているコンニャクを見つめ、ゆっくりとうなずいた。
「これは一時の珍味ではない。富裕層には新しい料理として、庶民には少ない肉でも満足できる煮込み材料として売れる」
「食べ方も一緒に売らなければ、また灰色の板だと思われます」
「切り込みの入れ方まで書いた料理札を付けよう。アフェクタ商会が出資すれば、王都中の店へ運べる」
「その前に、条件があります」
バルドは黒い外套の内側から一枚の契約書を取り出した。紙からは新しいインクと革袋の匂いがし、右下にはアフェクタ商会の青い印章が押されていた。エルナはすぐに署名せず、売り台の上へ契約書を広げ、油で汚れた指先を布で丁寧に拭いた。売れることだけを急げば、栽培を担った農家が安く買いたたかれ、製法まで商会に奪われる恐れがある。
「農家には、収穫量に応じた正当な栽培料を支払ってください。それから、製法を商会だけで独占しないこと。私たちが認めた生産所にも、作る権利を残します」
「独占すれば、もっと大きな利益を得られるぞ」
「その利益は、商会と私だけのものでしょう。畑を守った人たちが暮らせなくなれば、来年のコンニャク芋は育ちません」
「商人に向かって、ずいぶん強い条件を出す」
「七十九回も失敗しましたから、簡単に手放すつもりはありません」
「七十八回ではなかったのですか」
「最初の鍋を数え忘れていたそうです。そこは今、気にしなくて結構です」
バルドは近くの樽を椅子代わりにして腰を下ろし、農家への支払いと製法の扱いについて、その場で条項を書き加えた。広場では鳩がパン屑を奪い合い、ミラが一羽へ「大切な契約中ですから静かにしてください」と真顔で注意していた。エルナは書き加えられた文章を一字ずつ読み、条件が守られていることを確かめてから、自分の名前を書いた。バルドは契約書を乾かしながら、わずかに口元を緩めた。
「条件を受けよう。ただし、品質の基準は厳しくする。臭みのある品を一枚でも市場へ出せば、コンニャクすべての評判が落ちるからな」
「望むところです。失敗した味なら、誰よりよく知っています」
「では最初の注文は五百枚だ。一週間で用意できるか」
「ミラ、蜂蜜菓子は延期です。今夜から仕込みますよ」
「成功したのに延期ですか。商売とは厳しいものですね」
一か月後、王都のアフェクタ商会には、朝からコンニャクを求める客の列ができた。水色のドレスを着た貴婦人は香草酢味噌の作り方を記した料理札を受け取り、腹回りのきつくなった商人はコンニャク麺を三袋抱え、煤のついた作業着の職人は煮込み用を十枚まとめて買っていった。店頭では料理人が格子状の切り込みを入れたコンニャクステーキを焼き、焦がしバターの香りが通りを歩く人々の腹を鳴らした。向かいの仕立屋では、針仕事をしていた女性まで窓を開け、昼休みに買いに行く分を残してほしいと叫んだ。
「灰色なのに美味しいって、本当だったのね」
「切り込みを入れると、味がよく染みるそうですよ。昨夜は鶏肉と一緒に煮たら、夫が肉より先にコンニャクを食べました」
「お母さん、今夜は肉も入る?」
「少しだけね。でも、この灰色のをたくさん煮れば、みんなでお腹いっぱい食べられるわ」
「じゃあ、ぼくが切り込みを入れる!」
「包丁はまだ早いわ。あなたは鍋の前で待つ係です」
工房へ戻ったエルナは、生成り色のブラウスへ着替え、売上帳の隣に置かれた蜂蜜菓子を半分に割った。窓辺では洗った前掛けが風に揺れ、竈の上では夕食の豆のスープが静かに煮えていた。灰色の板は、豪華な宝石にも金貨にも見えない。それでも農家の畑を守り、職人の家の鍋を満たし、貴婦人と子どもを同じ店先へ並ばせる力を持ち始めていた。
「約束どおり、蜂蜜菓子です。工房のお金ではなく、私のお財布で買いました」
「半分だけですか」
「明日の分もあります。成功した日に全部食べてしまったら、明日の楽しみがなくなるでしょう」
「では、明日も売りましょう。わたし、灰色の料理を百通り考えます」
「その前に夕食を食べなさい。あなたの豆のスープ、鍋の底で焦げ始めていますよ」
「大丈夫です。焦げたところも、バルドさんなら味見してくれます」
「商会との契約を、残り物の処分に使わないでください」




