第11話 元伯爵、ぷるぷるコンニャクゼリーを研究する
第11話 元伯爵、ぷるぷるコンニャクゼリーを研究する
エルナが王都へ出発した翌朝、レイモンドはいつもより一時間早く加工場へ入った。紺色の作業着の上へ洗いたての白い前掛けを着け、髪を布の中へ収めると、研究所から借りた小鍋と計量器を作業台へ並べた。窓辺には昨夜洗った手袋が干され、その下には朝食で残した固い黒パンが一切れ置かれていた。大鍋で板コンニャクを作る時間にはまだ早く、加工場には薪がはぜる音と、果物の甘い匂いだけが漂っていた。
「朝から何を始めるつもりだい。まさか鍋へ蜂蜜酒を隠しているんじゃないだろうね」
栗色の作業着を着たマルタが、片手にゆで卵を持って入ってきた。レイモンドの前には、赤いリンゴのジュース、淡い紫色のブドウジュース、コンニャク粉、アガー、砂糖が並んでいる。果汁は農園と契約する果樹園から届いたもので、形が悪く、そのままでは売れない果物を搾ったものだった。レイモンドは小さな木杯へブドウジュースを注ぎ、光へ透かして色を確かめた。
「新しいコンニャク料理を作る。板でも麺でもない。匙ですくって食べる、柔らかな菓子だ」
「コンニャクを甘くするのかい。煮込みへ砂糖を入れすぎた言い訳じゃないだろうね」
「研究だ。甘い菓子なら、果物の収穫が多すぎた年にも役立つ」
「食べられるものを作ってから、立派なことを言いな。最初の毒見はノルに頼もう」
「私が先に食べる。ノルを何だと思っているのだ」
「胃の丈夫な男だよ」
レイモンドは研究帳を開き、最初の配合を書き込んだ。ジュース四百グラム、コンニャク粉一・三グラム、アガー四グラム、砂糖十六グラムである。以前の彼なら、一グラム程度の違いなど使用人へ任せただろう。しかし刺身コンニャクの品評会を経験してからは、わずかな水分量が舌触りを変えることを知っていた。
「コンニャク粉一・三グラム。アガー四グラム。砂糖十六グラム……」
「ずいぶん細かく量るね。砂糖は匙一杯では駄目なのかい」
「匙によって量が違う。昨日試したものは砂糖が多すぎて、果汁の香りが消えた」
「昔は料理の値段しか聞かなかった男が、砂糖一グラムを気にするとはね」
「値段の高い砂糖だから、無駄にしたくないだけだ」
「はいはい。半分だけ褒めておくよ」
レイモンドは小鍋へリンゴジュースを入れ、計量したコンニャク粉、アガー、砂糖を加えた。粉が一か所で固まらないよう、木匙で底から丁寧に混ぜたが、すぐには火へかけなかった。粉に水分をしっかり吸わせるため、そのまま三十分から一時間置く必要があるからだった。彼は砂時計を裏返し、待っている間に作業台へ飛んだ果汁を布で拭いた。
「混ぜたのに、どうして火へかけないんですか」
託児所の朝食を届けに来たリーネが、籠を抱えたまま鍋をのぞき込んだ。白いブラウスの上へ濃紺の上着を着て、籠には弟が焼いた不ぞろいなチーズパンが入っている。レイモンドは鍋をかき混ぜたい手を止め、砂時計を指さした。焦って加熱すれば、粉が水分を吸いきらず、固まり方にむらが出ると説明した。
「三十分から一時間置く。今日は四十五分で試す」
「待つことも作業なんですね」
「以前の私は、待つくらいなら誰かへ任せた。だが、任せたあとで失敗すると、説明も聞かずに怒鳴っていた」
「今はどうするんですか」
「砂時計を見ながら、黒パンを食べる」
「それも大切な作業ですか」
「朝食を残すと、マルタがうるさい」
「私は食べ物を無駄にする男が嫌いなだけだよ」
レイモンドは黒パンをリンゴジュースへ浸そうとして、マルタに止められた。研究用の材料を勝手に朝食へ使うなと言われたため、冷めた香草茶でパンを流し込んだ。リーネは籠から小さなチーズパンを一つ出し、弟が焼きすぎたものだからと彼へ渡した。表面は少し焦げていたが、中には溶けたチーズと刻んだ玉ネギが入っていた。
四十五分が過ぎると、レイモンドは小鍋を中火へかけた。木匙で絶えずかき混ぜながら温めると、果汁の甘い匂いが強くなり、鍋の底から小さな泡が上がり始めた。沸騰したところで火を弱め、さらに一分ほど混ぜながら煮溶かした。透明だったリンゴジュースには、コンニャク粉とアガーが溶け、わずかな艶が生まれていた。
「沸いたから終わりではないのかい」
「弱火で一分煮る。粉を完全に溶かさなければ、滑らかに固まらない」
「鍋の縁へ残っているよ。底だけでなく、周りも混ぜな」
「分かっている。お玉で鍋をたたくなよ」
「止まったら鳴らすよ」
「菓子作りでも、あの音からは逃げられないのか」
煮溶かした液を、レイモンドは一人分ずつの浅い器へ流し入れた。大きな塊のまま食べると喉へ詰まらせる危険があるため、託児所や食堂で出す際は、小さく柔らかく作り、必ず匙で食べる決まりにした。粗熱が取れるまで木の蓋を少しずらして置き、その後、研究所の冷却庫へ運んだ。冷却庫の棚には牛乳瓶や薬草が並び、隅には誰かが昼食用の魚を布で包んで置いていた。
「魚の隣では、菓子に匂いが移る」
「では上の棚へ置きましょう。名前も書いてください」
「『レイモンド試作品五号』でいいか」
「『勝手に食べるな』とも書いたほうがいいです。ノルがいますから」
「私はそこまで食い意地が張っていないぞ」
いつの間にか後ろへ立っていたノルは、赤い毛糸の帽子を脱ぎながら口を尖らせた。彼の手には配達帰りに買った焼き栗の袋があり、すでに半分ほど空になっていた。レイモンドが四号までの失敗作を食べたのは誰だと尋ねると、ノルは「あれは処分を手伝っただけだ」と胸を張った。マルタは焼き栗を一つ取り、研究所へ食べ物を持ち込むなと、食べながら注意した。
昼過ぎ、冷却庫から取り出したゼリーは、淡い黄金色に透き通っていた。器を傾けると表面がぷるんと揺れ、木匙を入れると柔らかく切れた。レイモンドは最初の一口を自分で食べ、舌の上で溶ける速さとコンニャク特有の弾力を確かめた。リンゴの酸味と砂糖の甘みが広がり、アガーだけで固めたものより、わずかに歯を押し返す感触があった。
「どうだい。毒見役は無事かい」
「毒ではない。少し固いが、味は悪くない」
「少しどころではありません。託児所の子どもには、もっと柔らかいほうがいいです」
リーネは小さな匙で一口だけ食べ、舌触りを確かめた。マルタは噛んだあとに水を飲み、ノルは二杯目へ手を伸ばそうとして、その手をレイモンドにたたかれた。全員の感想を聞くと、レイモンドは帳面へ「弾力が強い。子ども用は配合と一個の大きさを再検討」と書いた。成功したと言い張って売り出すのではなく、食べる者に合わせて作り直す必要があると考えた。
「果汁によっても固まり方が変わるかもしれない。次はブドウで試す」
「また私たちに食べさせるつもりですか」
「嫌なら、ノルに全部渡す」
「嫌とは言っていません。弟にも一つ持って帰ります」
「では、弟には試作品ではなく、完成したものを渡す。味の希望も聞いてくれ」
「桃がいいと言うと思います」
「桃は高いぞ」
「子どもの希望を聞いておいて、値段で断るんですか」
「分かった。規格外の桃を扱う農家を探そう」
三日後、レイモンドは果汁の種類、水分量、砂糖の量を変えながら、試作を続けた。作業台には洗った小鍋が並び、帳面の端にはリンゴ、ブドウ、桃を表す色付きの印が増えていった。夕方になると作業着へ甘い果汁の匂いが染み込み、宿舎の三毛猫まで彼の後ろをついて歩いた。板コンニャクの製造を終えたあとで試作するため、夕食の豆スープが冷める日もあった。
「また食堂へ来るのが最後ですね」
「今日の桃は、固まり始めるのが遅かった。途中でやめられなかった」
「スープへ顔を突っ込む前に食べてください」
「その台詞は、昔マルタにも言われた」
「五年たっても、食事を後回しにする癖は直っていないんですね」
「昔は誰かが温め直した。今は自分で鍋へ戻して温める」
「少しだけ進歩しましたね」
試作十号で、ようやくレイモンドの目指した柔らかさになった。小さな透明の器には桃色のゼリーが入り、匙ですくうと形を保ちながらも、口の中では無理なく崩れた。桃の香りとほのかな甘みがあり、食後にも重くならなかった。託児所では、黄色い前掛けを着けた子どもたちが、木の匙を手に順番を待っていた。
「これは何ですか」
「コンニャクゼリーだ。慌てずに、匙で少しずつ食べるんだぞ」
「灰色じゃない!」
「果物のジュースを使ったからな。今日は桃だ」
「おじさんが作ったの?」
「みんなで作った。桃を育てた人、果汁を搾った人、材料を量った人、冷却庫へ運んだ人がいる。私は鍋を混ぜただけだ」
最初の子どもが一口食べると、頬を動かしながら何度もゼリーを確かめた。次の瞬間、匙を掲げて「ぷるぷるだ」と叫び、ほかの子どもたちも一斉に器をのぞき込んだ。レイモンドは、こぼれたゼリーを布で拭き、急いで食べようとする子へ、小さくすくうよう教えた。託児所の窓辺には子ども用の靴下が何足も干され、昼食の野菜スープと桃の甘い香りが部屋に混じっていた。
「おかわり!」
「一人一つだ。おかわりは明日の分まで待て」
「元伯爵様は、子どもに厳しいですね」
様子を見に来たマルタが笑うと、レイモンドは空になった器を重ねた。自分の試作品が食べられるところまで見届けたが、子どもたちから褒められても胸を張らず、残った数と食べた人数を帳面へ記した。一人だけ桃が苦手な子がいたため、次回はリンゴ味も用意すると書き加えた。最後に、食べ終えた全員の体調を確認することも忘れなかった。
「今度こそ、商品にできそうだね」
「まだだ。冷却庫から出して、どのくらい形を保てるか確かめる。運ぶ途中で崩れては売れない」
「ずいぶん慎重になったものだよ」
「一枚の書類、一グラムの粉、一人分の作業を軽く見て失敗した。もう、同じことはしたくない」
「では、商品名も考えな」
「ぷるぷるコンニャクでは駄目か」
「五年研究して、その名前かい」
マルタの笑い声と、子どもたちが匙で器をたたく音が、託児所の中へ響いた。レイモンドは反論しながらも、桃色のゼリーを光へ透かし、固まり方をもう一度確かめた。かつて料理の値段しか尋ねなかった元伯爵は、その日も砂糖一グラムと冷却時間の違いを帳面へ記録した。新しいコンニャク料理は、彼の荒れた手の中で、ぷるぷると小さく揺れていた。




