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第三十四話 怪物になった「アイドル」

リリスが、ゆっくりと手を持ち上げる。


わずかに前傾したその姿勢は、

あまりにも自然で——

それだけで「戦闘に入った」と分かるものだった。


対するヘスティアも、一歩も引かない。


全身から溢れ出した金色の魔力が、

炎のように四肢と剣へと絡みつく。


黒と金。


二つの力が、空中で静かに対峙する。


——まだ、ぶつかっていない。


それなのに。


空気が、震えていた。

 

だが——


集中すれば、はっきり分かる。


ヘスティアの魔力が、押されている。


いや。


「押されている」では足りない。


金色の光が、ゆっくりと——


喰われている。


見えない渦に引き寄せられるように。


少しずつ、確実に。


濃く、粘つく黒の中へと沈んでいく。

 

ヘスティアの眉が、わずかに動いた。


当然、気づいている。


「……魔力吸収型、か」


低く呟く。


その声には、

初めて「計算外」が混じっていた。

 

次の瞬間——


「なら、速攻で終わらせる!」

 

地面を蹴る。


その姿は、

一瞬で金の閃光へと変わった。


視界が追いつく前に——距離が消える。

 

剣が、下から振り上げられた。

 

——一閃。

 

空気が裂ける。

 

そして。


リリスの体が——

真っ二つに裂けた。

 

「……!」

 

ヘスティアの表情が、固まる。

 

軽すぎる。

 

あまりにも、手応えがなさすぎる。

 

斬られた「それ」には、血も、重さもない。


ただ黒い霧となって、

音もなく空中へと溶けていった。

 

次の瞬間。

 

「分身も見抜けないの?」

 

背後から、冷たい声。

 

ヘスティアが、即座に振り返る。

 

そこにいたのは——

無傷のリリス。

 

腕を組み、まるで退屈そうに立っている。

 

拙い芝居でも見ているかのような、無関心な目。

 

「ちょっと、がっかり」

 

手を、軽く持ち上げる。

 

——ただ、それだけ。

 

「——ッ!?」

 

空間が、歪んだ。

 

次の瞬間。

 

——轟音。

 

見えない衝撃が爆発し、ヘスティアの体を弾き飛ばす。


地面に叩きつけられ、土煙が大きく舞い上がる。

 

だが、倒れない。

 

数歩滑りながらも、

剣を地面に突き立てて踏みとどまる。

 

顔を上げる。


歯を食いしばる。

 

「……がっかり、ね」

 

金の魔力が、再び膨れ上がる。

 

「なら——これはどう!?」

 

剣が光に包まれる。

 

次の瞬間。

 

斬撃が、連続して放たれた。

 

一つじゃない。

二つでもない。

 

無数。

 

金色の刃が交差し、

逃げ場のない網となってリリスへと襲いかかる。

 

だが——

 

リリスは、動かない。

 

黒い魔力が、全身を覆う。

 

触れた瞬間。

 

——消える。

 

爆発も、衝突もない。

 

ただ、沈む。

 

深い海に石を落としたみたいに。

 

何も残らず。

 

「……魔力攻撃まで、吸収……?」

 

ヘスティアの声に、わずかな揺らぎが混じる。

 

——その一瞬。

 

リリスは、もう動いていた。

 

周囲の空間が歪む。

 

一つ。

二つ。

三つ——

 

黒い球体が、次々と生まれていく。

 

数十。

 

いや、それ以上。

 

彼女は指先を軽く上げた。

 

そして。

 

——落とす。

 

「……!」

 

黒い弾丸が、雨のように降り注いだ。

 

ヘスティアが即座に迎撃に入る。

剣で弾き、身を捻り、後退する。

 

だが、数が違う。

 

弾かれた衝撃が地面をえぐり、木々を粉砕する。

 

爆音。

土煙。

焼けた空気の匂い。

 

——完全な制圧。

 

俺は、その光景を呆然と見ていた。

 

戦いじゃない。

 

蹂躙だ。

 

その時。

 

何発かの弾が、軌道を外れた。

 

俺とカナの方へ——飛んでくる。

 

「悠真!避けて!」

 

カナが俺の腕を引く。

 

爆風に押されるように、後方へ転がる。

 

直後——

 

轟音。

 

さっきまでいた場所が、深く抉られていた。

 

「おい……!何だよこれ!」

 

思わず叫ぶ。

 

「もうミク先輩じゃない……!」

 

カナが歯を食いしばる。

 

「リリス様だ……元魔王……正面から戦えば、あの人に勝てる存在なんて——」

 

言葉が詰まる。

 

「……いない」

 

背筋が冷える。

 

だが——

 

「だからって、こんな無差別に撃っていいわけないだろ!」

 

「……それが、おかしいんだよ……!」

 

カナの声が震える。

 

「リリス様は……本来、こんな人じゃない……!」

 

息が荒い。

 

「だからこそ、戦争を止めようとして……裏切られたのに……!」

 

俺たちは逃げ続ける。

 

だが気づけば——

 

また、戦場の中心に戻っていた。

 

ヘスティアが、すぐ近くにいる。

 

「……何でこっち来るのよ、あんたたち!」

 

その瞬間。

 

上空から、声が落ちてきた。

 

「いいね」

 

三人同時に、固まる。

 

見上げる。

 

リリスが、空中に浮かんでいた。

 

その背後で——

 

黒い魔力が、渦を巻く。

 

まるで。

 

「太陽」が、生まれているみたいに。

 

「邪魔なものが、ちょうど集まった」

 

楽しそうに、言う。

 

「まとめて処理できる」


挿絵(By みてみん)

 

背筋に、冷たいものが走る。

 

「……わざとか……俺たちをここに……」

 

言い終わる前に。

 

それは、完成した。

 

巨大な球体。

 

黒。

 

光を吸い込むような、絶対的な暗黒。

 

重い。

 

ただそこにあるだけで、空気が沈む。

 

呼吸が、浅くなる。

 

ヘスティアが、空を見上げた。

 

瞳が、わずかに揺れる。

 

「……ユウマ」

 

苦笑する。

 

「君の“アイドル”、制作チームごと消すつもりみたいよ」

「番組、そんなに出来が悪かったか?」

 

「今それ言う!?」

 

思わず叫ぶ。

 

だが彼女は、ふっと息を吐いた。

 

剣を、下ろす。

 

金の光が消えていく。

 

「……最後かもしれないから」

 

静かな声。

 

「こういう時にしか言えないこと、あるでしょ」

 

顔を上げる。

 

その表情は——

 

初めて見るものだった。

 

「勝てない」

 

「逃げられない」

 

拳を握る。

 

「なら……笑って終わるのも、悪くない」

 

空気が、止まる。

 

「——ミク!!」

 

俺は叫んだ。

 

喉が裂けそうになるほど。


——ヘスティアは、もう戦ってない。


それだけで、十分だ。 今は。  

 

「やめろ!!」

 

「ヘスティアはもう戦ってない!!それ以上やる理由なんてないだろ!!」

 

カナも叫ぶ。

 

「ミク先輩!!悠真もここにいる!!」

 

声が、空に吸い込まれていく。

 

——返事はない。

 

ただ、見下ろしている。

 

人じゃない。

 

塵を見るような目で。

 

リリスが、ゆっくりと腕を上げる。

 

黒い太陽が——

 

俺たち三人を、正確に捉える。

 

——審判が、照準を合わせた。


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