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第三十三話 だから言っただろう、「悪魔の囁き」には耳を貸すなって

「……魔王?」


俺の声は、

虚無の闇に溶けていった。


風もない。


光もない。


時間すら、

止まっているような静寂。


「人間。」


その声は、俺の問いには答えない。


ただ、冷たく告げる。


「彼女を救う唯一の方法は――吾の封印を解くことだ。」


心臓が、強く脈打った。


「彼女と吾は、本来一つの存在。」


「吾を解き放てば――彼女の意識は、消えない。」


一拍。


「……融合する。」


「彼女は吾の一部となり、吾は完全体となる。」


「これが、唯一の道だ。」


——嘘だ。


反射的に、理性が否定する。


だが同時に、あの光景が蘇る。


血に濡れた王座。


倒れた少女。


そして、その名。


――リリス。


「……消えないって言ったな。」


俺は視線を落とし、

腕の中のミクを見る。


まるで眠っているみたいに、静かだった。


「じゃあ、お前はどうなる?」


顔を上げ、闇を睨みつける。


「お前が、ミクを――乗っ取るんだろ。」


沈黙。


そして――


闇が裂けた。


内側から無理やり引き裂かれたように、

歪んだ亀裂が走る。


その奥から――


「……目」が現れた。


底知れず、歪んだ気配。


本能が、拒絶する。


それが、俺を見ている。


「……誰と話しているつもりだ?」


声が変わる。


低く、重く、古い圧力を帯びて。


「吾は『万魔の源』――リリス。」


「この肉体が滅びようと、吾の意志は消えぬ。」


「だが、封印を解かなければ――」


その目が、細くなる。


「消えるのは――彼女だけだ。」


呼吸が、詰まる。


「吾には、無限の時間がある。」


「力を集めれば、いずれ再び顕現できる。」


「だが彼女は――」


声が、わずかに沈む。


「分離された意識に過ぎぬ。」


「その時には、跡形もなく消えているだろう。」


——もういい。


拳を握りしめる。


「脅してるのか?」


「違う。」


その目が、鋭く光る。


刃のように。


「ただ、事実を教えてやっているだけだ。」


「――彼女の犠牲を、無駄にしたくはないだろう?」


……


沈黙。


これは説得じゃない。


誘導だ。


悪魔の言葉。


分かってる。


全部、分かってる。


それでも――


心が、揺れた。


「……くそ……」


小さく吐き捨てる。


頭の中で、結論はすぐに出た。


封印を解く=リリスが戻る


解かない=ミクが消える


選択肢は、二つしかない。


いや――


最初から、一つだ。


「……ミク。」


呼びかけても、返事はない。


けれどその顔は、穏やかで。


今にも目を開けて、


『ユウマさん、お腹すきました』


なんて言いそうな顔で。


――そんな彼女が。


最後まで、俺を守ろうとした。


なら。


俺はどうする?


答えなんて、とっくに決まってる。


歯を食いしばる。


顔を上げる。


――これが間違いでも。


それでも、これしか選べない。


「……どうすればいい?」


闇の中の目が、わずかに動いた。


「ほう。」


「聞かせてみろ。」


視線は逸らさない。


「どうやったら、お前の封印を解ける?」


わずかな沈黙のあと――


その声に、愉悦が混じった。


「賢明な判断だ、人間。」


「お前の体には、精霊の守印がある。」


「それは吾を封じた力と同源。」


「さらに――契約。」


「そして媒介。」


星塵琉璃(スターダスト・ルリ)。」


心臓の鼓動が速くなる。


「三つの力をすべて流し込め。」


「封印は砕ける。」


「……」


もう迷わない。


「……やる。」


ミクをそっと地面に下ろす。


一瞬だけ、手が止まる。


――まだ、そこにいる。


そう確かめてから。


ネックレスを取り出す。


星塵琉璃(スターダスト・ルリ)が、闇の中で淡く光る。


それを胸の契約印に押し当て、


もう一方の手で、ミクの手を握る。


「……頼む。」


――ブンッ。


光が弾けた。


次の瞬間。


「――っ、ぐ……!」


体の内側から、力が引き抜かれる。


流れるんじゃない。


「抜かれている」。


魔力が光となり、腕を通ってミクへと流れ込む。


俺は――


ただの通路になる。


削られていく。


意識が揺らぐ。


そして――


闇が崩れ始めた。


亀裂が広がる。


音が生まれる。


ガラスのような、破砕音。


「パキ――ッ!」


光が、爆ぜた。


思わず目を閉じる。


――再び開いた時。


世界が戻っていた。


森。


空気。


そして――


ヘスティア。


カナ。


俺はその場に膝をついたまま。


目の前には、ミク。


動かない。


「ユウマ。」


ヘスティアの声。


冷静。


だが、どこか違う。


「時間を無駄にするな――」


彼女が歩み寄る。


だが。


次の一歩で、止まった。


……いや、後退した。


「……それは……何だ?」


その声に、初めて動揺が混じる。


俺は視線を落とす。


そして――


凍りついた。


黒い。


濃く、粘つくような魔力が。


ミクの体から、溢れ出している。


煙のように。


血のように。


――生きているみたいに。


「……これ……」


思わず手を離す。


カナが駆け寄り、俺を引き離す。


「悠真!これ……!」


声が震えている。


「……封印を解いた。」


自分の声が、他人みたいに聞こえた。


カナの顔が、みるみる青ざめる。


「封印……って……それ……」


俺は、うなずく。


喉が焼けるように乾いていた。


「――魔王リリスの封印だ。」


俺とカナは同時にミクを見る。


次の瞬間――


その瞳が、開いた。


ミクじゃない。


そこにあったのは――


温度のない、虚無。


「……ミク……」


思わず呼ぶ。


返事はない。


視線すら向けない。


ただ、ゆっくりと立ち上がる。


黒い魔力が、渦を巻く。


挿絵(By みてみん)


手首を軽く回す。


力の感触を、確かめるように。


そして――


一息。


「……やっと。」


小さな声。


だが、空気が震える。


「戻ってきた。」


自分の手を見つめる。


握る。


魔力が爆発する。


音ではない。 圧力だ。


圧力が、形を持って押し寄せる。


息が、できない。


カナは固まり。


その目には—— 恐怖ではない。


何か、もっと複雑なものが混じっていた。


「……リリス様……」 小さく呟く。


声が、震えている。


「本当に……戻ってきた……」


それは恐れか。 驚きか。


——あるいは。


「やっと」という、安堵か。


ヘスティアでさえ、顔色を変えた。


次元が違う。


ミク――いや、リリスは、ゆっくりと立ち上がった。


「……ルシア。」


低く、名を呼ぶ。


その凍てつくような瞳が向けられたのは、

空間の裂け目——異界へと続く「通路」だ。


その視線は、この場にいない「誰か」を——

次元の壁を越えた先にある宿敵を捉えている。


そこには、純粋な殺意しかない。


「裏切り者め。」


ふいに、リリスは視線を戻した。


――ヘスティアを捉える。


「半精霊……」


冷たい目。


「奴と同じ、混じり物か。」


わずかに首を傾げる。


笑う。


温度のない笑み。


「……不愉快だな。」


ゆっくりと向き直る。


正面から、対峙する。


「なら――」


黒がうねる。


空気が軋む。


「復讐を始めようか」


静かに告げる。


ヘスティアが剣を構える。


金光が弾ける。


その声は、氷のように冷たい。


「ユウマ――見ただろう?」


「お前の隣にいたのは、最初からこういう存在だ。」


黒と金。


力がぶつかり合う。


世界が――息を止めた。


……


――――俺は。 間違えたかもしれない。


だとしても。後戻りは、もうできない。



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