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『サキュバス・ディレクターズ・カット!』〜俺の現場、まともな人間が一人もいない〜  作者: アキラヤマトリ
第二章:【ディレクターズ・カット】― 暁の王女と終焉の軍神
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第三十一話 逃げるのは恥ずかしいことでも、これしかない時もあるんじゃないか?

「ユウマさん——!!」


声が空気を裂いた。


俺は反射的に顔を上げる。


赤と紫の光。


ミクとカナが、

凄まじい速度でこちらへ迫ってくる。


——その瞬間。


視界の端で、

もう一つの動きが走った。


ヘスティア。


動いた。


彼女は、ゆっくりと手を上げる。


掌に、金の光が凝縮されていく。


詠唱はない。


予兆もない。


ただ一瞬で——


純粋な魔力だけで構成された長剣が、

すでにその手にあった。


「……いいでしょう」


薄く笑う。


温度のない笑み。


「ここで、あなたの“迷いの原因”を——全部、排除する」


「避けろ——!!」


俺は喉が裂けるほど叫んだ。


だが——遅い。


次の瞬間。


金光が、爆ぜた。


巨大な斬撃が空間を薙ぎ払う。


まるで海嘯のように、

空の二人へ襲いかかる。


「——っ!」


ミクとカナが、

ほぼ同時に反応した。


左右へ跳ぶ。


斬撃が、

かすめて通り過ぎる。


——その時にはもう。


地上にいたはずのヘスティアは、

消えていた。


次の瞬間。


彼女は、ミクの目の前にいる。


距離がない。


過程がない。


“そこにいる”ことが、

結果として成立している。


ミクの瞳が、見開かれる。


即座に両手を構え、

紅の魔力を叩き込む。


だが——


ヘスティアは、

ただ身体をずらした。


一歩。


それだけで、

死角へ滑り込む。


近い。


——近すぎる。


膝が、容赦なくミクの腹に突き刺さる。


「——かはっ!」


空気が押し出される。


血が、口から噴き出す。


身体が折れる。


だが、倒れる前に——


ヘスティアはすでに背後へ回っていた。


剣は使わない。


柄だけで——


「ッ!」


鈍い衝撃。


背骨に叩き込まれる。


ミクの身体が、

地面へ叩き落とされた。


轟音。


土煙が爆ぜる。


「ミク先輩!」


「ミク!!」


俺とカナの声が、重なる。


カナは即座に着地し、煙の中へ駆け込む。


俺は——動けない。


いや。


“まだ”動けない。


身体は拘束されたまま。


ただ見ていることしかできない。


定身は、わずかに緩んできている。


だが——足りない。


全然、足りない。


煙の中。


一つの影が、ゆっくりと立ち上がる。


ミク。


呼吸は乱れている。


身体も震えている。


それでも——立つ。


意志だけで、

立っている。


彼女はカナへ近づき、

耳元で何かを囁く。


カナの顔色が、

一瞬で変わった。


首を振る。


「……無理よ……そんなの——」


「お願い」


ミクの声は、低い。


だが迷いはない。


カナは歯を食いしばる。


それ以上、言い返さなかった。


——


ヘスティアが、

ゆっくりと降りてくる。


つま先が触れる音すらほとんどない。


衣の裾がわずかに揺れ、

その表情には微塵の緊張も見えない。


まるで——この場の戦いそのものが、

退屈な見世物に過ぎないかのように。


「……その程度で、」


剣を軽く回す。


「私に挑むつもり?」


声は低くも高くもない。


だが、押し寄せるような圧があった。


カナの目が鋭く細まる。


一歩、踏み出す。


胸の内で息を沈め、

引き上げると同時に——紫の魔力が一気に膨れ上がった。


「——行け!」


次の瞬間、

数十の光弾が放たれる。


直線、曲線、緩急を織り交ぜながら、

互いに軌道を重ね合い——

網のように、ヘスティアの逃げ場を封じる。


だが。


ヘスティアは、

わずかに眉を上げただけだった。


剣が動く。


一閃。


二閃。


三閃。


どれも大きな動きではない。


だが、そのすべてが、

光弾の最も脆い点を正確に捉えていた。


弾ける光。


散る魔力。


そのどれ一つとして、

彼女の間合いに踏み込めない。


無駄がない。


迷いもない。


まるで——最初から、

すべて見えていたかのように。


——その刹那。


紅が、閃く。


ミクが、間合いを潰している。


踏み込みと同時に地面がわずかに砕け、

身体は弓から放たれた矢のように加速する。


躊躇はない。


一拳。


真っ直ぐに、

正中を撃ち抜く軌道。


その一撃には、

退路を断った覚悟が込められていた。


だが——


ヘスティアは、

すでにそこにいる。


避けない。


退かない。


ただ、手を上げる。


軽く触れるようにして——


拳の流れを、断つ。


ミクの表情が揺れる。


力が、抜ける。


いや、違う。


流された。


衝突するはずだった力が、

行き場を失い、

霧散していく。


「——っ」


息が詰まる。


次の瞬間。


ヘスティアが、

半歩だけ前に出た。


その一歩で——


ミクの体勢が、崩れる。


間合いが、侵される。


そして。


掌。


速くはない。


だが、重い。


深く、めり込むように。


「……ッ!」


腹の奥で衝撃が弾ける。


呼吸が乱れる。


喉の奥に鉄の味が広がる。


それでも——


ミクは、退かなかった。


足を踏み締める。


地面が削れる。


身体が軋む。


それでも、

目は逸らさない。


赤い瞳が、

相手を捉え続ける。


一歩。


さらに一歩。


距離を詰める。


そして——


至近距離。


連打。


型も、理もない。


ただ、前へ出るためだけの打撃。


打つたびに、

腕の奥で鈍い痛みが広がる。


骨が悲鳴を上げる。


それでも、止まらない。


心にあるのは、ただ一つ。


——通さない。


ヘスティアの眉が、

わずかに動いた。


ほんの僅かに。


だが、確かに。


彼女は、攻めない。


受ける。


流す。


崩す。


すべてを捌きながら——


観ている。


測っている。


その視線は、

戦う相手に向けられたものではない。


まるで——


まだ完成していない何かを、

見極めるかのように。


あるいは。


それが、どこで壊れるのかを。


静かに、待っているかのように。


——


挿絵(By みてみん)


——


「悠真!」


声が、すぐ近くで響いた。


カナだ。


俺の前に立っている。


「カナ!? 何やってる、ミクを——」


「聞いて」


遮られる。


速い。


だが、はっきりした声。


「ミク先輩が言ったの」


「二人でも——勝てない」


言葉が、詰まる。


「じゃあどうする!?」


「俺が行く、時間を——」


「ダメ!」


即答。


一切の迷いなし。


「あなたがエルフ王国に行ったら、もう戻れない」


息を吸う。


覚悟を押し込めるように。


「だから——」


俺をまっすぐ見る。


「先に、あなたを逃がす」


「……は?」


「魔界へ」


理解が、追いつかない。


「ミク先輩は残る」


「足止めする」


「ふざけるな!!」


思わず叫ぶ。


「死ぬぞあいつ!!」


「分かってる!!」


カナの声が、跳ねた。


初めてだった。


ここまで感情を露わにするのは。


「相手は“終焉のヘスティア”よ!!」


「勝てるわけないでしょ!!」


裂け目を指差す。


「でも、あそこに入れば——」


「魔界に入れば、簡単には追えない」


「だから今しかないの!」


頭が、真っ白になる。


「じゃあミクは——!?」


「……帰れない」


その一言。


空気が、凍る。


「何言って……」


遠くで。


「ッ!!」


衝撃音。


ミクが、また吹き飛ぶ。


心臓が跳ねる。


「彼女は——サキュバスじゃない」


カナの声が、沈む。


「元・魔王。リリス様」


視界が揺れる。


「現魔王ルシアに裏切られて、

封印されて……人間界に落とされた」


言葉が、重い。


「魔界に戻れば——」


「今度は、全部から狙われる」


沈黙。


冷たすぎる現実。


俺は、戦場を見る。


ミクの動きは、明らかに鈍っている。


攻撃は、通らない。


防御も、間に合わない。


それでも——


倒れない。


視線を引きつけている。


——俺たちのために。


「悠真!」


カナが、肩を掴む。


強い。


痛いくらいに。


「無駄にしないで」


声が震えている。


それでも離さない。


「私も——逃げる覚悟、決めた」


歯を食いしばる。


「全部、背負う」


「だから——」


「今、決めて」


時間がない。


次の一撃で——


ミクは、もう立てないかもしれない。


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