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『サキュバス・ディレクターズ・カット!』〜俺の現場、まともな人間が一人もいない〜  作者: アキラヤマトリ
第六章:【クライシス・ポイント (Crisis Point)】 ― 異界の門と、少女の死が告げる終焉
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第三十話 エアタグなんて付けておいて、戦えないわけないだろう?

「取り返す、だと?」


ヘスティアは、

まるで冗談でも聞いたかのように、

小さく笑った。


「……どうやら、

ずいぶんと甘く見られているみたいね」


声は静かだった。


だが、その一言だけで、

空気の密度が変わる。


「まさか、

あの戦争を経たあとで――」


顎をわずかに上げる。


「まだ魔族が、

この王女の前で無礼を働くとは」


次の瞬間。


彼女の周囲に、

黄金の光が膨張した。


それはただの光ではない。


“存在そのもの”が、

押し広げられているような圧力。


眩しい。


本能的に、

目を逸らしたくなる。


――いや、違う。


あの光は、

確かに“異物”を拒絶している。


ミクは、一歩も退かなかった。


瞬きすらせず、

ただ正面から見据える。


紅い魔力が、

静かに体表を流れていた。


「へえ……その戦争、

私は関係ないけど」


ぽつりと呟く。


異様なほど、

穏やかな声。


だが――


次の瞬間、

紅光が爆ぜる。


黄金と真正面からぶつかり合った。


「それに――」


ミクは、

まっすぐヘスティアを見据えた。


「あなたが“終焉”だろうと、“王女”だろうと」


「ユウマさんは、渡さない」


空気が、裂ける。


「ミク先輩……」


カナが思わず裾を掴む。


声が震えている。


「……あの人、本気よ……」


それはただの恐怖じゃない。


身体が覚えている、“戦場の記憶”。


「ちょ、ちょっと待てって……! 

二人とも落ち着け……!」


喉が焼けるみたいに乾いていた。


必死に声を絞り出す。


だが――


二人とも、聞いていない。


紅と金。


二つの魔力が、

今にも衝突する。


空気が、

ピシッと細かく弾けた。


視界の端で――


壁に、ひびが走る。


「ここ会社なんだけど!?」


自分でも意味不明なことを叫んでいた。


ただ、

本能的に分かる。


――ここ、マジで壊れる。


「……そうね」


不意に、

ヘスティアが力を収めた。


興味を失ったように。


「ここでやり合うのは、

得策じゃないわね」


淡々とした声。


「人間界に余計な影響も出る」


「鈴木にも迷惑をかけたくないし」


横目でこちらを見る。


唇に、わずかな冷笑。


「……運が良かったわね」


その瞬間――


彼女が、手を払った。


光が、弾ける。


視界が白に呑まれる。


「――っ!」


「待って! ユウマさんを離して!」


声が途切れる。


混線する。


何が起きたのか、

理解する前に――


足場が、消えた。


「……は?」


次の瞬間。


風が、

叩きつけてきた。


誰かに襟を掴まれたまま、


俺の身体は――


宙にあった。


「うわあああああああああああああああああ!!」


街が、遠ざかる。


地面が、地図みたいに縮んでいく。


車が光の粒みたいに流れていた。


「落ちたくなければ、暴れないで」


上から、冷たい声。


「無理に決まってるだろ!? 

どこ行くんだよ!?」


叫ぶ。


「“境界”よ」


短い返答。


「異世界と人間界を繋ぐ入口」


風が、さらに強くなる。


速度が上がっている。


「そのまま――エルフ王国へ戻る」


――――


一方、その頃。


会議室。


窓は開け放たれ、

風が荒れ狂っていた。


紙が舞う。


まるで、

何かが引き裂かれた後みたいに。


「ユウマさんが連れていかれた!」


ミクが窓際へ駆け寄る。


紅光が、

瞳の奥で揺れる。


「カナちゃん、追うよ!」


だがカナは、

すぐには動かなかった。


その場に立ち尽くす。


呼吸が浅い。


「……追ったとして……」


小さく言う。


「本当に、取り返せる?」


それは疑いじゃない。


確認だった。


「分からない!」


ミクは振り返る。


迷いのない目。


「でも――行く」


「ユウマさんは、渡さない」


一切の打算がない。


ただの意思。


「カナちゃん……悔しくないの?」


紅が、瞳の奥で揺れた。


カナが、息を呑む。


その目を見た瞬間――


何かを理解した。


「……そういうこと……」


小さく呟く。


「ミク先輩……あなた、

ただのサキュバスじゃない」


バチン、と。


両頬を叩く。


意識を無理やり戻す。


深呼吸。


吐く。


顔を上げた時には――


もう、震えていなかった。


「分かった」


一歩、前に出る。


「魔王……いえ、ミク先輩」


声が定まる。


「私は逃げた」


「ヘスティアが怖くて、人間界に」


手はまだ、

わずかに震えている。


それでも、

握り締める。


「でも――もう逃げない」


空を見上げる。


「悠真は、私たちの契約者」


「星塵琉璃がある」


ミクを見る。


目が鋭い。


「位置は、正確に追える」


手を差し出す。


「ミク先輩――行こう」


ミクは頷いた。


迷いはない。


「全速で」


次の瞬間。


紅と紫。


二つの光が、

同時に爆ぜた。


窓から一直線に――


空へ。


――――


風が、消えた。


いや。


ここには、

最初から風なんてなかった。


俺は地面に投げ出される。


身体がまだ浮いているみたいに、

感覚が狂っていた。


心臓が暴れている。


呼吸が乱れる。


「はぁ……はぁ……」


周囲を見回す。


森。


ただの、森。


「……いや普通の森じゃん!? 

叫べば人来るだろ!? ここ東京だよな!?」


ヘスティアが、小さく笑う。


無知を見る目で。


「ここは普通の森じゃない」


手を伸ばす。


何もない空間を指す。


「“境界”よ」


「異世界と人間界の狭間」


「結界で隔離された場所」


淡々とした説明。


「いくら叫んでも――外には届かない」


俺は、黙った。


……こういう時、ツッコミは無力だ。


「異世界の存在は、

すべてここを経由する」


彼女が両手を掲げる。


魔力が流れる。


空間が歪む。


裂ける。


布を引き裂くみたいに。


黒い“裂け目”が現れた。


光はない。


ただ、“無”だけがある。


「……」


声が出ない。


「行くわよ、ユウマ」


彼女がこちらを見る。


ほんの少しだけ、声音が柔らぐ。


「もう少しだけ我慢して」


「エルフ王国に着けば――」


「王婿として、悪いようにはしない」


「……約束する」


「それ、強制連行する側のテンプレ台詞だろ……」


思わず突っ込む。


無視された。


そのまま、

再び俺を掴もうとした――


その時。


彼女の動きが止まる。


空を見上げる。


「……往生際が悪いわね」


俺も視線を追う。


遠く。


空の彼方に。


二つの光。


赤と、紫。


一直線に、こちらへ向かってくる。


「ユウマさん――!!」


声が、空気を切り裂く。


聞き慣れた声。


妙に、安心する。


「助けに来たよ!!」


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