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『サキュバス・ディレクターズ・カット!』〜俺の現場、まともな人間が一人もいない〜  作者: アキラヤマトリ
第二章:【ディレクターズ・カット】― 暁の王女と終焉の軍神
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第二十七話 元カノの本当の怖さは、別れたあとに何をしていたのか分からないことじゃないか?

カナの――本能からくる、

抑えきれない恐怖。


そしてミクの、

それとはまったく異なる、

拒絶に近い嫌悪。


その両方を目の当たりにして。


俺は、ようやく気づいた。


――「元カノ」という認識そのものが。


最初から、

間違っていたのかもしれない。


「……あいつ、いったい何者なんだ?」


息を一つ、

ゆっくり吐く。


声が揺れないように整えながら。


「“ハーフエルフの王女”っていうのもそうだけど……

それだけじゃないだろ」


視線をカナに向ける。


「俺の元恋人って肩書きを抜きにして――

あっちの世界で、何をしてきた?」


カナは、

すぐには答えなかった。


ふらりと椅子へ歩き、

力を失ったように腰を下ろす。


視線は宙を彷徨っている。


ぼんやりしているようで――違う。


何かを、見ている。


ここじゃないどこかを。


「……魔族の間では」


かすれた声。


「彼女のことを――

“終焉のヘスティア”って呼んでる」


空気が、わずかに沈む。


「……すべての魔族にとっての、悪夢」


喉が鳴る。


無理やり記憶を引きずり出すように、

カナは言葉を続けた。


「五年前……魔王ルシア様が、

エルフ王国に奇襲を仕掛けたの」


「数か月で……

領土の三分の二を制圧した」


指先が、小さく震える。


「誰もが……

もう終わりだって思ってた」


一拍。


「――あの人が、

人間界から戻ってくるまでは」


声が、

はっきりと強張る。


「帰還してすぐ……

戦況は、ひっくり返った」


俺は口を挟まない。


これは戦果の話じゃない。


――傷の話だ。


「彼女は、

残兵をまとめて……反撃に出た」


焦点の合わない目のまま、

言葉だけが沈んでいく。


「極北の稜線を越えてきたことがある……

竜でさえ避ける場所を」


「それで……

気づいた時には、もう背後にいた」


息が、わずかに乱れる。


「別の時は……三人の将で包囲網を敷いた」


「峡谷に誘い込んで、

終わらせるはずだったのに――」


カナは、乾いた笑みを漏らす。


温度のない笑い。


「逆に……正面から突破された」


「親衛隊を率いて……

あの人は、軍のど真ん中に突っ込んできて」


「……その場で、大将の首を落として」


「そのまま、消えた」


淡々とした語り。


だからこそ、

現実味がある。


「……正面戦でも、奇襲でも」


カナは呟く。


「意味なんてなかった」


「どこにいるのか、分からない」


腕を抱く。


「気づいた時には……

もう、終わってる」


声が震える。


「光を帯びた矢が……

降ってきて」


「……あの戦場で、

あの人は――」


小さく、息を飲む。


「……ただの“災厄”だった」


沈黙。


重い。


カナは自分を抱くようにして、

俯いている。


語り終えたというより――


まだ、抜け出せていない。


俺はしばらく何も言わず。


頭の中で、

情報を整理する。


正直なところ。


今聞いた話と――


あの、隣で映画を見ていた女の姿が。


どうしても、

重ならない。


だが。


カナの反応は、

嘘じゃない。


「……お前は、

その戦場にいたのか?」


「……ううん」


小さく首を振る。


「サキュバスは……

前線向きじゃないから」


「後方支援がほとんど」


一瞬、言葉が止まる。


「でも……あの人の部隊は、

関係なかった」


「後ろにいても……来る」


目を閉じる。


「安全だと思った場所に……

次の瞬間、矢が刺さる」


指先に力が入る。


「何度も続いて……」


小さく吐き出す。


「……もう、無理だった」


軽い言葉。


だが、重い。


「……あんな化け物の前じゃ」


カナは静かに言う。


「忠誠も、誇りも……どうでもよくなる」


目を開ける。


異様なほど落ち着いた声で。


「ただ、生きたかった」


「だから……全部置いて逃げた」


わずかな間。


そこで一度言葉を切り、

彼女の瞳にわずかな光が宿る。


「……そして、悠真に出会った」


その瞬間。


彼女の空気が変わる。


戦場の残滓ではなく。


今の、彼女に戻る。


俺は何も言わず。


ただ、肩に手を置いた。


それ以上は、

踏み込まない。


それが今できる、

限界だ。


そして――


視線を、もう一人へ向ける。


「……ミクは?」


「お前は……あまり怖がってないな」


ミクは机にもたれたまま、

腕を組んでいた。


片手で顎を支え、

考え込むように。


「怖い、っていうのとは……違うかな」


ゆっくりと答える。


「その戦争、私は関わってないし」


「っていうか……その時期の記憶が、ない」


「気づいたら……もう、日本にいた」


眉を寄せる。


「サキュバスなのは分かってるけど……

魔界との繋がり、すごく薄いし」


少しだけ、間を置く。


その目に、言葉にならない何かがよぎる。


「でも――」


声が変わる。


わずかに、温度が下がる。


「好きじゃない」


俺は一瞬、言葉を失う。


ミクの眉間に、深い皺。


「初対面なのに……あの人の気配」


拳が、ゆっくり握られる。


「エルフの“清い感じ”と……

あと、何か混ざってる匂い」


低く呟く。


「……すごく、嫌」


視線が、少しだけ深くなる。


「なんていうか……」


一瞬、迷って。


そして。


「体の細胞全部が、

“背中を見せるな”って言ってくる感じ」


静かに続ける。


「近づくなって」


「距離を取れって」


再び、沈黙。


カナはミクを見ている。


どこか、引っかかるような目で。


そして俺は――


頭の中で、すべてを組み立てる。


まだ断片だが。


形にはなってきている。


「……なるほどな」


腕を組む。


思考を言語化する。


「五年前、ヘスティアは“留学”を理由に日本を離れた」


「実際は……異世界に戻って、戦争に参加」


「その結果、戦局は逆転。魔族は敗走」


カナに視線をやる。


「お前はその後、人間界に逃げてきて……今ここにいる」


そして、ミク。


「お前は戦争に関わっていない」


「だが、あいつに対して本能的な拒絶がある」


一拍。


「……血筋の問題だろうな」


自然に言う。


あくまで、推測のように。


「カナが言ってた通り――」


「お前、普通のサキュバスじゃない」


ミクの顔がぱっと明るくなる。


「さすがユウマさん!」


目を輝かせる。


「そんな複雑なの、

ちゃんと整理できるなんて!」


苦笑が漏れる。


だが。


気は緩まない。


「問題は……」


低く呟く。


「あいつ、なんで戻ってきた?」


誰も答えない。


「戦争は終わってる」


「なのに、あの態度……

普通に帰ってきたって感じじゃない」


眉を寄せる。


「むしろ――」


言葉を探す。


「“来なきゃいけなかった理由”があるように見える」


考えても、答えは出ない。


なら。


やることは一つ。


俺は息を吐く。


「……行くか」


「ここで考えても仕方ない」


踵を返し、ドアへ向かう。


手をかける。


その瞬間――


「待って、ユウマさん!」


背後から、

ミクの声が飛んできた。


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