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# 1-2 幸福労働者特別説明


研修室に残った人数は十四人だった。

まばらに人の残った座席。

先ほどまで百人近くいた講義室が、急に広く感じる。


静かだった。


期待と緊張。

少しだけ誇らしさ。

そんな空気が漂っている。

ナギも背筋を伸ばした。


いよいよだ。


講師は資料を切り替える。

新しく表示されたタイトルは、

【幸福労働者候補者向け特別説明】

だった。


「まず最初にお伝えします」


講師が穏やかに口を開く。


「幸福労働者は昇進制度ではありません」


何人かが首を傾げる。

ナギも少し意外だった。


「一般職員より優れた存在でもありません」


さらに意外。

幸福労働者は特別な人たちだと思っていた。

少なくともナギは。


「幸福労働者とは、自ら望んで追加の挑戦を選択する職員です」


追加の挑戦。

その言葉は、少しだけ胸を高鳴らせた。


講師は続ける。


「幸福労働者には、オラクル権と呼ばれる特別な自己決定権が付与されます」


スクリーンが切り替わる。

大きく表示された文字。


【オラクル権】


なんだか格好良い名前だった。


「幸福労働者は活動内容について、非常に広い裁量権を持ちます」


その瞬間。

大量の項目が画面いっぱいに表示された。

ナギは思わず目を丸くした。


勤務時間。

勤務内容。

休憩時間。

休暇取得。

調律内容。

使用薬剤。

身体補助装置。

活動計画。

目標設定。

修復プログラム。

メンテナンス内容。

メンテナンス頻度。

その他多数。


「うわ……」


思わず声が漏れた。

隣の席からも似たような声が聞こえる。


多い。

びっくりするくらい多い。


「これ全部ですか?」


前列の男性が質問する。


「はい」


講師は頷いた。


「一般職員の場合は組織側が大部分を決定しますが、幸福労働者は本人の意思を最優先します」


ナギは画面を見つめた。


勤務時間まで。

休暇まで。

メンテナンスまで。


そんなことまで自分で決めるのか。

なんだかすごい。

少し大人になった気分だった。


「続いてアスクレピオスについて説明します」


画面が切り替わる。

ナギの顔がぱっと明るくなった。


白い球体ドローン。

見覚えがある。

密着ライブで何度も見た。

幸福労働者の隣をふわふわ飛んでいる相棒。


「幸福労働者には一人につき一台、専属支援AIが配属されます」


正式名称。

アスクレピオス。

通称。

アスク。


(アスクだ)


ナギは心の中で呟く。

ちょっと可愛い名前だと思う。


「アスクは生体監視、活動計画支援、薬剤管理、身体補助制御などを担当します」


ホログラムに様々な機能が表示される。


心拍。

体温。

血液成分。

睡眠状況。

筋疲労。

神経活動。


見ているだけで頭が痛くなりそうだった。


「未来の科学ってすごいなぁ……」


ぽつりと呟く。


隣の女性が小さく笑った。

少し恥ずかしい。

でも本当にそう思った。


昔の人はこんなもの無しで生きていたらしい。

信じられない。


「アスクは管理AIではありません」


講師が続ける。


「幸福労働者本人の意思決定を支援するAIです」


ここで一人が手を挙げた。


「アスクが危険だと判断した場合はどうなるんですか?」


講師は即答する。


「助言します」


「それでも本人が続けると言ったら?」


「支援します」


一瞬だけ教室が静かになった。


ナギも少し驚いた。

そこまでなのか。


「幸福労働者は本人の自由意思によって挑戦する存在です」


講師は穏やかに言う。


「幸福機構はその意思を尊重します」


それがオラクル権。

少しだけ難しい。


でも。

なんだか格好良かった。


「続いて調律制度について説明します」


また画面が切り替わる。


薬剤。

神経補助。

身体補助。

外骨格。


様々な図が並ぶ。


正直、よく分からない。

難しい。

難しいけれど。

聞いているうちに少しずつ理解できてきた。


幸福労働者は無茶をする人たちではない。

無茶を支える技術が存在するのだ。

だから挑戦できる。

だから前に進める。


「なお」


講師が資料を閉じた。


「幸福労働者への志願はいつでも可能です」


空気が少し緩む。


「一般職員へ戻ることも自由です」


その時だった。


後方の席から手が挙がる。


「もう一回、考えてもいいですか?」


静かな声だった。

理由は語られない。

講師も引き留めない。


一人減る。


しばらくして。

また一人。


さらにもう一人。


席が空いていく。

教室はどんどん広くなる。

誰も責めない。

誰も笑わない。

ただ静かに見送る。


そして、説明が終わった頃には。

残ったのは三人だけだった。


ナギは周囲を見回す。


知らない同期が二人。


三人とも、どこか静かに前を向いていた。


講師は満足そうに微笑む。


「皆さんは一次説明を通過しました」


ナギの胸が高鳴る。


「休憩の後、最終意思確認と、個別アスクレピオスの支給を行います」


その言葉を聞いた瞬間。

思わず拳を握っていた。


夢に。

少しだけ近付いた気がした。



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