# 1-1 あこがれの、お仕事
「――以上が二十二世紀後半におけるAI統合の経緯です」
大講義室の前方で、講師の声が静かに響く。
巨大なホログラムスクリーンには、見慣れた年表が表示されていた。
AI統合。
本能超越主義。
幸福社会の成立。
人類平均寿命百五十歳到達。
戦争終結。
完全医療化。
(高校で習ったやつだ)
ナギは小さく頷いた。
周囲には同じ新人たちが並んでいる。
今年採用された幸福機構職員。
自分もその一員だった。
入社式から3日目。
まだ、緊張している。
まだ、うれしい。
新しい制服を着ていると、自然と背筋が伸びてくる。
「現在、人類社会の大部分はAIによって管理されています」
スクリーンが切り替わる。
物流。
医療。
交通。
資源配分。
教育。
様々なシステム図が並ぶ。
「衣食住は保障され、医療費の概念は事実上消滅しています」
(そうなんだよねぇ)
改めて言われると変な気分になる。
昔の映像資料を見ると、人間は本当に大変そうだった。
病院に行けない。
食べ物が買えない。
家がない。
働かなければ生きられない。
今では歴史教材の中の話だ。
「市民は生存のためではなく、役割として仕事を選択します」
(先生も言ってたなぁ)
働く理由が変わった時代。
好きだから。
得意だから。
誰かの役に立ちたいから。
そんな理由で人は働いている。
ナギはそれが好きだった。
少なくとも、
無理やり働かされるよりずっと良い。
「続いて幸福機構について説明します」
画面が変わる。
白と銀を基調としたロゴ。
幸福労働追求機構。
「幸福機構は行政機能の一部を担う公的機関です」
研究施設。
医療施設。
教育施設。
交流施設。
次々と写真が流れていく。
「幸福度向上に寄与する薬理研究」
(調和のスープとかだ)
「身体補助装置の開発」
(外骨格とかホバーとか。他に何があるんだろう)
「市民向けサービス価値提案」
(これ結局何するのか、教わっても分からないなぁ)
少しだけ首を傾げる。
その時だった。
次のスライドが表示される。
ナギは思わず背筋を伸ばした。
白い制服。
穏やかな笑顔。
街中で子供たちに囲まれている一人の女性。
幸福労働者。
正式名称。
ハピネス・アスリート。
「幸福労働者は本機構の象徴的存在です」
(きた)
口元が緩む。
たぶん今、自分はすごく分かりやすい顔をしている。
「市民交流活動」
「高負荷環境支援」
「挑戦活動」
「広報活動」
写真が切り替わるたびに胸が高鳴る。
密着ライブで見た映像。
ランキング番組。
活動記録。
全部知っている。
全部見ていた。
(かっこいいんだよなぁ)
市民は幸福労働者を心から尊敬している。
応援する。
憧れる。
時々、心配する人もいる。
「そんなに頑張らなくてもいいのに」
そう言う人もいる。
それでも最後には皆笑う。
幸福労働者自身が、
誇らしそうに笑っているからだ。
ナギもその一人だった。
そして。
憧れには理由がある。
ふと昔の記憶がよみがえる。
綺麗なお姉さんが来て。
家の中が温かくなった、ある日。
学校で何かがあって、どうしようもなく落ち込んでいた日だったと思う。
理由はもう覚えていない。
成績だったか。
友達だったか。
でも泣いていたことだけは覚えている。
そんな時だった。
偶然立ち寄ったイベント会場で、遠めに見た。
一人の幸福労働者が穏やかに微笑んでいた。
たったそれだけだった。
何か特別なことを言われたわけじゃない。
人生相談を受けたわけでもない。
でも。
その笑顔は本物だった。
少なくともナギにはそう見えた。
苦しいこともあるはずなのに。
大変なこともあるはずなのに。
それでも前を向いている人。
だから思った。
(わたしもなりたい)
誰かを助ける人に。
誰かに元気を与える人に。
幸福労働者になりたい。
「――以上で全体研修を終了します」
講師が資料を閉じた。
教室がざわつく。
終わりか。
そう思った瞬間。
講師は続けた。
「なお、四月中は各部署で基礎研修を実施します」
席を立つ人々。
鞄を持つ音。
談笑。
しかしナギは動かない。
事前申請を出しているからだ。
「一般職員の方は、プログラムに従って、次の研修室へ移動してください」
半数以上が退出する。
気付けば教室に残ったのは十数人だった。
静かになる。
講師は残った顔ぶれを見回した。
そして微笑む。
「それでは」
空気が変わる。
ほんの少しだけ。
「入社前に幸福労働者申請を行った皆さんへ、特別説明を開始します」




