op.2 2278年4月 入社式
会場の照明がゆっくりと落ちる。
ざわついていた新卒たちも次第に静かになり、広い講堂には穏やかな緊張感が満ちていった。
ナギは背筋を伸ばした。
胸がどきどきする。
ちゃんと座れているだろうか。
制服は曲がっていないだろうか。
変な顔をしていないだろうか。
気になり始めると止まらない。
慌てて深呼吸をした。
大丈夫。
今日は人生で一番嬉しい日なのだから。
やがて壇上中央に白髪の男性が歩み出る。
幸福機構理事長。
会場の空気がわずかに引き締まった。
「新入職員の皆さん。本日は入職おめでとうございます」
穏やかな声が講堂に響く。
ナギは思わず姿勢を正した。
「幸福機構は、幸福を届ける組織です」
スクリーンに映像が浮かび上がる。
子どもたちの笑顔。
街角の市場。
緑あふれる公園。
医療施設。
研究施設。
穏やかな日常。
「私たちは人々の生活を支えます」
「私たちは人々の挑戦を支えます」
「そして私たちは、人々が幸福を見失わない社会を支えます」
ナギは胸の前で手を握った。
何度も聞いた言葉だ。
学校でも。
映像教材でも。
採用試験でも。
それでも胸が熱くなる。
自分はこれから、その一員になる。
そう思うだけで誇らしかった。
理事長の祝辞が終わる。
拍手。
続いて幹部職員たちの紹介。
部署説明。
研修概要。
いくつかの挨拶が続く。
もちろん大事な話なのだろう。
だがナギは少しだけ集中力が切れ始めていた。
緊張しっぱなしだったせいだ。
そんな時だった。
「続いて、新卒職員を代表して祝辞をいただきます」
司会の声。
スクリーンに名前が表示される。
小林ミナ。
その瞬間。
会場がわずかにざわついた。
ナギも思わず顔を上げる。
壇上へ歩み出た女性を見て。
「あ……」
思わず声が漏れた。
春の妖精。
さっきの人だ。
桜色の髪。
柔らかな笑顔。
優しい藍色の瞳。
間違いない。
そして今、初めて気付く。
彼女の肩の横。
小さな白銀の球体が静かに浮いていた。
アスク。
幸福労働者専属管理AI。
映像では何度も見た。
本物を見るのは初めてだった。
周囲の新卒たちも気付いたらしい。
小さなざわめきが広がる。
「幸福労働者さんだ……」
「本物?」
「まだ三年目じゃなかった?」
囁き声が聞こえる。
ナギの心臓が跳ねた。
本物。
本物だ。
自分が憧れ続けた人たち。
幸福労働者。
その一人が目の前にいる。
ミナは壇上に立ち、会場を見渡した。
そして静かに頭を下げる。
「新入職員の皆さん。本日はご入職おめでとうございます」
優しい声だった。
先ほど廊下で聞いた時と同じ。
けれど今はずっと大人びて聞こえる。
「皆さんは今日から幸福機構の一員になります」
「適応貢献労働者として働く方も」
「幸福労働者を目指す方も」
「研究職の方も」
「技術職の方も」
ミナは微笑む。
「今日からは皆さん全員が、私たちの大切な同輩です」
その言葉に。
ナギは思わず息を飲んだ。
同輩。
憧れの幸福労働者が。
自分たちを。
同輩だと言った。
「分からないこともたくさんあると思います」
「失敗もあると思います」
「私もたくさん失敗しました」
会場に小さな笑いが広がる。
ミナも少しだけ照れたように笑った。
「でも大丈夫です」
「困った時は周りを頼ってください」
「私たちは一人では働きません」
「支え合いながら、人々へ幸福を届けていきます」
拍手が起こる。
最初はまばらだった。
けれど次第に大きくなり。
やがて講堂全体を満たした。
ナギも夢中で拍手を送る。
胸が熱かった。
目頭が少しだけ熱くなった。
自分はここに来たかったのだ。
ずっと。
本当に。
ずっと。
その思いだけが胸いっぱいに広がっていた。




