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第10話 イレーネの暗雲  (2617)

 共存党支持者たちがノードからイレーネに移住して10年が過ぎた。

この頃イレーネでは、サラルが人間の住むドームに接近し、いろいろな問題を起こすようになっていた。サラルが人を襲うという事件も起きていた。ある日ショッピングドーム付近を歩いていた親子連れにサラルが近づき、子供を連れ去りそうになった。母親と周りの大人がサラルを追い払った。通報を受けた警備隊はショッピングドーム付近でサラルの接近を見張るようになった。その後、これに類似する事件は頻発するようになった。

 イレーネ政府には、市民からはサラルが市内に近付かないようにしてもらいたいという要望が山のように寄せられていた。子供連れの市民が住宅ドームから外出する時は、サラルの襲撃から市民を守るために警備隊員が護衛に就くことになった。


 市民からの苦情に対し、イレーネ政府は、サラルがドームに近付く事はやむを得ない。人類とサラルの友好のためには忍耐も必要だと述べ、この時期を乗り越えればサラルの中の乱暴者は減少し、サラルは良き隣人となると市民を説得していた。


 共存党党首ダニエルは子供のサラルをペットとして飼う事を始めた。ダニエル党首はそのぬいぐるみのような可愛いサラルを抱きながら、市民との対話集会で質問に答えた。

「われわれは、どのようにサラルに接するべきか」

「サラルは人間が攻撃しない限り、凶暴になる事はない。昔クマが人里に近付いた時、人間は熊を捕獲し山に戻していた。我々はサラルに対しても同じことをする予定だ。近づきすぎるサラルは捕獲して山に戻す、それを続けて行けば人間とサラルの住み分けが出来る共存社会になる」

「人間とサラルとの共存は本当に可能なのか」

「昔、オオカミやライオンやトラは人間の敵だったが、適切な対策を取り人の住む地域から追い出す事に成功した。それと同様にサラルも適切な対策を取れば、人の住む地域から追い出す事が出来るだろう」と答えた。

「サラルが危険な行動にでたらどうするのか?」

「サラルに、人を襲う事は良くない事だと学習させる必要がある。それにはイレーネ市民一人一人の協力が必要だ。サラルが良くない行動をすればすぐに警備隊に連絡してもらいたい」と答えた。


 イレーネ政府はサラルを人間の住居ドームから遠ざける試みを始めた。イレーネ政府は警備隊員が不足していることを認め、これまで百名だった警備隊員を二百名にまで増員し、イレーネ市内各所に駐在させる事になった。


 警備隊はドーム付近に居座るサラルのなかで乱暴を働く個体を特定し、群れから離れたときに麻酔銃を撃ちこみ捕獲した。

 撃ち落として捕らえたサラルは個体認識番号を背中に埋め込み、イレーネ南15キロのサラルパークのエサ場だった場所に造られた檻に収容し、警備隊員が水とエサを届けるようになった。その檻で大人しくしているサラルは檻から解放し、檻の中で暴れているサラルは収容を続ける事になった。檻から出たサラルも個体認識番号で管理し、何回も収容されるサラルは長期間収容された。それでも乱暴を働くサラルは減らずむしろ増えて行った。「サラルパーク」のなかの檻施設は年々増設されていき、凶悪なサラルを閉じ込める個室の檻が十数個並んで設置されるようになった。


 ジュリアに3人目の子供エリックが生まれて数カ月たったある日、ロビンはいつもの様にイレーネ南15キロのサラルパークでのエサ運搬係の仕事を終え、イレーネに帰って来た。その日は2匹のサラルが付きまとい、ロビンの自宅のドームにまで付いてきてドアを開けようとした。さすがに自宅の中にサラルを入れる事は出来ず、ロビンは必死に笑顔を作り、腕をX型に交差する「ノー」というサインを送った。しかし、2匹のサラルは徐々に狂暴になり、金属棒を振り回してドアを壊し始めた。ジュリアが警備隊に電話し、駆けつけた警備隊が威嚇発砲してサラルを追い払った。


 その夜、ロビンとジュリアは眠る事も出来ず、今後どうするのかを話し合った。

「ノードに帰りましょう。こんな危険な処には住めない!」

「そうだね、サラルと共存できるというのは間違いだったのかも知れない」

「サラルに子供が攫われるという事件はこれまでも起こっているのよ!」

「私も、そういううわさは聞いている」

「子供たちが攫われたらどうするの?私生きていけない!みんなでここを出てノードに帰りましょう!」

「分かった、明日ノードに帰る手続きをしよう」


 翌日ロビンはイレーネの役所に、一家五人とジュリアの両親、ロビンの両親計九名のノードへの帰還を希望する申請書を提出した。しかしその後イレーネの役所からは審査中と言う返答だけで、許可が出される事はなかった。

 ロビンはサラルパークでの仕事を退職し、ドームに接近するサラルを見張る警備隊員の仕事に就いた。ジュリアは、子供たちを住宅ドームから一歩も出さず、ライラから贈られた銀色の銃をいつも肩にかけて暮らす事になった。

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