第1話 ノードの防衛 (2602)
気温39度の冬の日の朝、基礎学校五年生のロビンは巨大ドームの前面陣地の中で塹壕に身を潜め銃を構えて、敵が来るのを待ち構えていた。周りには同じような空調スーツ姿の子供たちが頭を低くして銃を構え、静まり返っている。しかし、しばらくするとさすがに飽きたのか、持ち場を離れ動き回る子供たちも出てきた。
「何も起こらない。中止かな?」
「何時までやればいいの?」
「水が飲みたい!」
「お腹空いた」
「家に帰りたい!」
その時突然、塹壕の上からサラルを模したドローンが飛び込んできた。子供たちの悲鳴があがる中、ロビンは銃を向けようとしたが、ドローンの周りに取り付けたムチが回転し、ロビンは銃を叩き落され赤い染料まみれになった。そのドローンに向けて他の子供たちが銃を撃ち、サラル型ドローンは「ギャーッ」という叫びをあげて動きを停止する。ロビンたちの使用する模擬銃は赤外線を発射し、サラルを模したドローンに命中すると赤外線センサーが反応して「ギャー」というサラルの叫び声を発する仕掛けになっていた。基礎学校の生徒はこのような模擬銃で小さい頃からサバイバルゲームのように遊んできたので、この銃の扱いには慣れていた。
ロビンは救護役の生徒に助けられ、空調スーツを脱がされ応急処置をされる。ドローンの向う側にいたもう一人の生徒も応急処置を受けている。救護役の女子生徒は明らかに包帯を巻くことを楽しんでいる。搬送役の男子生徒は包帯をぐるぐる巻きにされたロビンに笑いながら声をかける。
「大丈夫か?」
「傷は浅い、しっかりしろ!」
「すぐに病院に連れて行こう!」
ロビンともう一人の生徒が担架に乗せられ、運ばれていく。
これは基礎学校上級生向けの対サラル戦闘訓練で、この訓練授業は基礎学校の6歳~11歳までの生徒に対して週2回実施されていた。ノードの生育ドーム内には同学年の生徒が約200人、6学年併せて1200人程の生徒がいる。基礎学校の生徒は朝8時に登校し、午前中は英語、数学、物理化学、歴史社会の授業を受け、午後からはドーム内の運動場でランニングや射撃訓練や模擬戦闘を行なう。これらのサラルとの戦いに備えた訓練で優秀な成績を上げた者は、各学年ごとに毎年金銀銅のメダルが贈られる。ロビンは賞をもらったことはない。
警備隊がカナクを撤退し、ノードがサラル防衛の最前線となってから10年近い年月が過ぎていた。その時以来、緊急事態となったノードでは12歳以上の市民は全員が市民防衛隊に入隊しサラルとの戦闘に備える事になった。そして12歳未満の基礎学校の生徒も対サラルの訓練授業を受けることになっていた。
ノードの7つの巨大ドームを見下ろすドラ山とマーネ山にはレーザー砲台が聳え、サラルの侵入に備えていた。ノードの各所には数百台の警備ロボットが立ち並び、ドーム近辺にはコンクリート造りの陣地が立ち並び、500台のユニコーン型ロボと3千人の警備隊員が守りを固めていた。
ノードには平穏な日々が続いていたが、この島の大部分を占める山岳地帯とカナク以西の海岸地帯でサラルの数が年々増加している事は明らかだった。特に警備隊が撤退したカナク周辺の海岸地域は、残されたドームの残骸に多くのサラルが生息する地帯となっていた。サラルの総数は島全体で10万匹を超えていると推定された。これに対しノードの人口は80年前のアイリーン大統領時代の人口増加策で2万人を超える規模まで増加したが、それ以降は人工出産人工保育の技術的な問題で顕著な増加は見られず現在に至っていた。ノード政府は、このままではノードの人類が数を増やしたサラルにより圧倒され、ノードがカナクの様に襲撃され壊滅するという危機感を持っていた。
ノード政府はサラルをノードに近づけないため、ノード周辺地域に警備隊を派遣しパトロールを継続していたが、警備隊がサラルの姿を捉えることは稀だった。パトロール隊にはカナクでサラルと戦ってきた隊員達が多く、以前の「サラル討伐隊」の様に山岳地帯の奥深くまで遠征すべきだという意見もあった。しかし、それがサラルをノードへ呼び寄せることになるという意見もあり、パトロールはノード周辺地域に限定されていた。
カナクの警備隊だったマテオ隊長は、ノードの南に恒久的な前線基地を造るべきだと提言した。つまりカナクが果たしてきたサラルを引き付ける前線基地としての役割を、新しくノードの南に設営する基地で担うという作戦だった。この提言を受け、ノード政府は対サラルの恒久的な前線基地をノードの南に造る事を決定した。派遣された建設隊はノードから2キロ南の丘の上に大規模な基地を造り始めた。基地は一辺が33メートルの正方形の土台の上に建設される高さ16.5メートルの鉄筋コンクリート製の四層構造で、各層にユニコーンロボと重火器を装備した警備隊員が立て籠もり、サラルの襲来を全方位で撃退するという構想だった。ノード政府は200名の建設隊を派遣し、この新たな前線基地の建設に取り掛かった。




