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第二章 消えた姉、始まりの足音

朝ごはんの匂いがしなかった。

それが最初の違和感だった。目が覚めて、半分眠ったまま匂いを探したが、どこにもなかった。卵でも、バターでも、味噌汁でもない。ただ古い木造住宅の匂いだけがした。木と埃と、かすかに残った昨夜の夕飯の痕跡。

カークスは起き上がり、眼鏡をかけ、廊下に出た。

「フラン?」

返事がなかった。

階段の下の方から、物音も聞こえない。水道の音も、ガスコンロに点火する音も、フランが独り言を言う声も。

キッチンに行くと、ガスコンロは冷たかった。使った形跡がない。昨日の夜に洗った食器が水切りカゴに並んでいるだけで、朝食を作っている様子は何もなかった。テーブルの上もからっぽだ。

「フラン」

今度はもう少し大きな声で呼んだ。でも家は静かだった。

カークスは二階に上がり、フランの部屋のドアをノックした。

「フラン、いる?」

返事がない。ドアを開けると、ベッドは整っていた——寝た形跡なのか、最初から寝ていないのか、判断できない。シーツに皺はなかった。ただカーテンが少し開いていて、朝の光が床に細長く落ちていた。

靴がない。

玄関に行くと、フランの外出用の靴がなくなっていた。市場に行くときに使う薄い茶色の靴。それがない。合鍵も、財布を入れていた引き出しも、触った痕跡がある。どこかに出かけたのは確かだ。でも何も言わずに。メモも残さずに。

引き出し。

昨夜、フランが何かをしまった引き出し。

カークスはそこに近づいて、引っ張り開けた。

からっぽだった。

いや、からっぽではない。小さな染みがあった。青白い液体が数滴こぼれたような跡だった。丸い形をしていて、まるで小さな水玉みたいに見える。でも水の乾いた跡とは少し違う——なんとなく、光っているような気がした。夜の蛍光塗料みたいに、かすかに輝いているような。

カークスは染みを指で触れた。ひんやりした。少しだけ、指先に微かな電気が走るような感覚があった。それだけだ。

引き出しの奥に、小さな折り紙があった。鶴の形をしていた。カークスはそれを手に取った。フランが折ったのか、誰かが置いていったのか、分からない。でも紙には何も書かれていない。ただ、折り紙の鶴だった。フランは時々、考え事をしながら折り紙を折る癖がある。白い紙が机の上にある時、気がつくとひっそりと鶴が完成していることがある。これは——昨夜折ったのかもしれない。深夜に一人で起きて、青白い液体の入った瓶を見ながら、折ったのかもしれない。

カークスは鶴を財布に入れた。後でフランの写真と一緒に入れよう。

「……どこ行ったんだろう」

声に出して言っても、当然誰も答えない。

カークスはとりあえずキッチンに戻り、自分でお湯を沸かした。カップに粉末のスープを入れて、お湯を注ぐ。フランに何度も「ちゃんと料理を覚えなさい」と言われてきたが、カークスにできるのはこれくらいだ。コーヒーは苦すぎて飲めないし、紅茶は茶葉の量が分からない。粉末スープが一番失敗しない。

温かいスープを飲みながら、状況を整理しようとした。

フランがいない。今は朝の七時過ぎ。いつもならもうキッチンに立っているはずの時間だ。最近は市場の仕事が休みの日も、フランは九時頃まではずっと家にいる。朝早くに出かけることはある。でもその場合は必ずメモを置いていく。「市場に行ってくる」「ちょっと外出」——それだけの一言でも。

考えられる可能性を頭の中で並べた。

一、早朝に急用ができて、メモを書く暇もなかった。でも、財布と靴だけ持っていくような急用が、夜中に来るだろうか。二、昨夜、自分が眠った後に出かけた。深夜に。三、何かあった。

三番目の可能性を、カークスは頭から追い払おうとした。でも昨夜の——あの変な瓶と、遠くから聞こえたような声の記憶が引っかかっていた。青白い光の染みが引き出しに残っていた。

通話水晶を取り出してフランへ声を送った。

水晶の光が六度揺れて、そのまま静まった。もう一度試みた。同じだった。

念文を刻んだ。「どこにいるの」「返事してほしい」「心配してる」

念文が届いた気配はなかった。

カークスはしばらくそこに座っていた。スープが冷めた。

テーブルの上を見ると、フランがいつも小物を置いているスペースに、市場のメモが一枚残っていた。「玉ねぎ×3、豚肩ロース500g、豆腐×2」と書いてある。昨日書いた買い物メモだ。昨日帰ってきたから使わなかったのだろう。細かい字だった。フランの字は細くて小さい。

そのメモを見ていると、急に胸が苦しくなった。

フランは昨日、ちゃんと市場に行った。ちゃんと帰ってきた。ちゃんと夕ご飯を作った。それなのに今朝、いない。

フランがいない朝というのは、五年前——父が亡くなった週に一度あった。病院に泊まり込んでいたとき。その時も今と同じ、台所が冷たかった。ガスコンロが使われていなかった。卵焼きの匂いがしなかった。あの時、九歳だったカークスは、台所で一人でインスタントラーメンを作ろうとして、お湯を沸かすことができずに途方に暮れた。フランがいつもお湯を沸かしていたから、やり方を知らなかった。コンロの火のつけ方が分からなかった。結局、パンをそのまま食べた。その時の、何もできないという感覚が今でも残っている。

今はお湯を沸かすことくらいはできる。粉末スープを作ることもできる。でも、フランがいないことへの不安は、あの頃と同じだった。

食器を洗った。昨日の夜の茶碗と、今日の自分のカップと。フランの分の食器は水切りカゴにすでに洗われて並んでいた。フランは常に皿を洗ってから寝る。どんなに遅くても、どんなに疲れていても。

食器を洗う音だけが家に響いた。水の音がしている間は、何かをしている感じがした。でも洗い終わると、また静かになった。

ソファに座って、通話水晶の光が消えないよう手のひらに乗せながら、ずっと見ていた。フランからの便りが来るかもしれない。来たらすぐに分かるように。でも水晶の光は何も告げなかった。

昼を過ぎても、フランから連絡はなかった。

カークスは学校に行く気になれず、制服のまま家にいた。玄関のドアを何度も開けて、外を見た。ヴェルテの通りはいつもと変わらない。人が歩いていて、自転車が通って、誰かが犬の散歩をしている。パン屋の前で子どもが二人、何かを争っている。そういう普通の昼の光景が、今は少し遠い世界のことみたいに見える。

何度か通話水晶でフランへ声を送った。全部、水晶が静まり返るだけだった。

時計が十四時を指したとき、カークスは「自警団に言いに行くべきかもしれない」と思った。でも何を言えばいい。「姉が朝からいない」だけでは、大人はおそらく「どこかに出かけているだけだろう」と言うだろう。十六歳の少女が一日家を空けることなど、別におかしくはない。でもフランは違う、とカークスには分かる。フランは必ず連絡をよこす。それが当たり前だった。五年間、一度も違わなかった。

カークスはソファから立ち上がった。

昨夜、フランが「なんでもない」と言った。自分はそれを信じることにして眠った。逃げた。その結果がこれだ。フランはいない。引き出しに青白い染みだけが残っている。

また逃げるか、とカークスは思った。待っていれば誰かが解決してくれる。大人が動いてくれる。そういうことを、ずっとフランに任せてきた。でも今、フランがいない。

靴を履いた。自警団の詰め所まで歩くのに十分もかからない。笑われてもいい。「気のせいだろう」と言われてもいい。ここで待っているよりは、動く方がましだ。それだけのことだった。でも、それを決めた時、胸の中の何かが少しだけ変わった気がした。

そんな平和な午後に、カークスの家のドアを叩く者がいた。

ノックが三回。それからまた三回。

カークスはドアを開けた。

そこに立っていたのは、見知らぬ少女だった。

歳はカークスよりいくつか上に見えた。背はカークスより少し低く、黒い短髪を雑に切りっぱなしにしている。前髪が目にかかりそうなくらい長くて、でも邪魔そうな感じがしない。着ているのは汚れた旅装束で、右肩から斜めにかけた革袋が酷使された感じでくたびれていた。底が少し擦り切れている。靴も泥で汚れていた。相当、歩いてきた人間の見た目だ。

目が鋭い。正確に言えば、鋭いというより、「見ている」という感じの目だ。相手のことを値踏みするわけでも、睨んでいるわけでもない。ただ、本当に見ている。カークスの顔を見て、何かを測っている。旅装束は汚れているが、縫い目が丁寧だ。長く使い込んだ靴は底が擦り切れているが、磨かれた形跡がある。革袋も酷使されているが、紐の結び目が几帳面だ。使い込んでいるが、大事にしている。そういうことが、見た目から分かった。

「カークス・ピコピコドリルってあんた?」

「……そうだけど」

「フランの弟ね」

カークスはドアを少し引いた。「フランを知ってるの?」

「知ってる」少女は言った。「私はロッタ。詳しい話は中でする? 立ち話できる状況じゃないから」

「なんで家に入れなきゃいけないの」

「あんたの姉が消えたでしょ。それと関係がある」

カークスは少女——ロッタ——の目を見た。嘘をついているようには見えなかった。疲れていて、急いでいて、でも確かに何かを知っている目だった。

カークスはドアを大きく開けた。「入って」

ロッタはリビングのソファに座るなり、革袋の中を探った。革袋の中はびっしりと何かが詰まっているらしく、少し探ってから目当てのものを取り出した。折りたたんだ紙だった。広げると、手書きの地図のようなものが描いてあった。かなり細かく書かれていて、地名や距離の目安なども入っている。何度も折り畳まれたせいで、折り目の部分がうっすら破れかかっていた。

「見て。ここがヴェルテ」彼女は地図の一点を指した。「こっち東の方向に、廃村がある。ルートという名前の村だったらしいけど、今は誰も住んでない。三十年くらい前に疫病が流行って、住民が全員よそに移ったとか」

「そこにフランが?」

「多分ね」

「多分ってどういうこと」

「断言できないから多分って言ってる。でも状況的にそこしかない。あの人が中継地点に使ってる場所は、この辺りでは廃村ルートだけだ」

カークスはソファの反対端に座った。「フランのことを、どうして知ってるの」

「三日前に会った。ちょうどこの辺を通ったとき、フランに話しかけられた。橋の手前で。あの人は私のことを最初から待ってたみたいだった。私がこっちの方向に来ることを、誰かから聞いていたらしい」

「フランが待ってた? なんで」

「私がマリウスのことを追っていると、誰かから聞いたんだろう。フランはあんたの名前は出さなかったけど、自分の弟を探してる魔法使いがいるって、気をつけてほしいって言った。私が断ったら——自分が何かしようとしていることも、話してくれた」

「フランが何かしようとしてた?」

「マリウスと交渉しようとしていたんだと思う。自分が行けば、弟には手を出さないという約束をとりつけようとしていたんじゃないかと。フランが自分から行くことで、あんたを守ろうとした」

カークスは黙った。フランは、自分が行くつもりだった。カークスに代わりに行くつもりだった。

「……なんで自分で行こうとしたんだろう」

「自分が大事だから、弟が大事だから——どっちかを守るために、もう片方が動く。そういうことじゃないの」ロッタは言った。「フランはあんたに知らせないまま、一人で解決するつもりだったんだと思う。あんたが心配するから。あんたを巻き込みたくなかったから」

カークスはテーブルの端をぎゅっと掴んだ。フランらしい。フランはいつもそうだ。心配をかけないために、自分でやろうとする。でも今回は——それが裏目に出た。

「マリウスっていうのは」とカークスは聞いた。

「魔法使いだ。人を人工培養液に変える力を持ってる。もうこの辺の町でも何人かやられてる。そしてマリウスは何かの目的のために、特定の人間を狙っている。あんたが、その対象の一人だと思う」

「なんで僕が」

「それも分からない。でも——あんたを探してたのは確かだ」

「昨夜、フランの部屋に小さな瓶があって。青白い液体が入ってた。今朝見たら引き出しにその染みが残ってた」

「それ、培養液の見本だよ。培養液にするとき、最初に少量を相手に触れさせる。そうするとどこにいても追跡できるようになる。見本を受け取った人間の居場所が、術者にはいつでも分かる」

カークスの手が、テーブルの端をぎゅっと掴んだ。

「じゃあ、フランはもう——」

「まだ完全にはやられてない、と思う。完全に培養液にするには時間がかかる。少量の見本を使ってから、本番まで二〜三日あるのが普通みたいだから」

「二〜三日か」

「マリウスはどこにいるの」

「それが分からない。でも廃村のルートが中継地点になってるのは確かだ。ルートに行けば、本拠の手がかりがある」

カークスは立ち上がった。「行く」

「今すぐ?」

「フランを取り戻すために動かなくていい理由がない」

ロッタはカークスをじっと見た。値踏みするような視線だったが、さっきとは少し違う。何かを測っているような目だった。この子は本気か、怖くて震えているのに強がっているだけか——そういう目だ。

「あんた、一人で何ができるの」

「……何も、できないかもしれない。魔法は使えない。喧嘩も強くない。体力もそんなにない。でもフランがいないと僕は駄目なんだ。だから行く。役に立てなくても、行く」

ロッタは少しの間、黙った。それからため息をついた。

「……分かった。私も行く」

「なんで? 危険じゃないの」

「私もマリウスと因縁がある。それだけ」

それ以上の説明はなかった。でもカークスはそれ以上聞かなかった。ロッタの「因縁」は、ロッタのものだ。

荷物をまとめた。着替えを二着、薬を少し、持っている現金の全部と、フランの写真一枚。写真は財布に入っている普通のもので、去年の夏に町の祭りで撮ったやつだ。フランが綿菓子を持って、何かに笑っている。カークスも端に写っているが、目が半分しか開いていない。財布に写真を入れ、折り紙の鶴も一緒に入れた。

「行こう」とカークスはロッタに言った。ロッタは頷いた。二人は家を出た。

スープが冷めた後も、カークスはしばらくテーブルに座っていた。

家の中の静けさが、いつもと違った。フランがいるときの静けさは「静かな時間」だが、フランがいないときの静けさは「空白」だ。同じ静かさのように見えて、全然違う。フランがいるとき、家は「今は静かだ」という状態にある。フランがいないとき、家は「そもそも何もない」という状態になる。

カークスはその違いを言葉にするのが難しかったが、体では分かった。

食器を洗った。昨日の夜の茶碗と、今日の自分のカップと。フランの分の食器は水切りカゴにすでに洗われて並んでいた。フランは常に皿を洗ってから寝る。どんなに遅くても、どんなに疲れていても。

食器を洗う音だけが家に響いた。水の音がしている間は、何かをしている感じがした。でも洗い終わると、また静かになった。

リビングに戻って、本を開いた。昨日の続きだ。主人公が砂漠で道に迷っている場面から、さらに進んで、今度は崩れかけた遺跡で仲間を失う場面だった。主人公は仲間を失ったあと、一人で先に進もうとする。なぜ先に進もうとするのか、本の中には書いていなかった。ただ、進んでいた。

カークスはその場面を読みながら「なんで一人で進むんだろう」と思った。引き返せばいいのではないか。でも、主人公は引き返さなかった。

カークスは本を置いた。

なんとなく、フランのことを考えた。フランは昨夜、何かを一人で抱えていた。深夜に一人で起きて、青白い液体の入った瓶を見ていた。それをカークスに「なんでもない」と言った。

フランが「なんでもない」と言うとき、たいていは何かがある。これは五年間で学んだことだ。

でも今は、それが何だったのかを考えるよりも、フランを早く見つけることの方が大事だ。

カークスは通話水晶を握って、もう一度フランへ声を送った。光が六度揺れて、そのまま静まった。

「フラン、どこにいるの。返事してほしい。心配してる。全然言うことを聞かない弟でごめん。でも、返事してほしい」

応じない水晶に向かって話しかけた。誰も聞かないかもしれない。でも言わずにいられなかった。

切った。

水晶の光を見ていると、視界がぼやけた。泣きそうになったが、泣かなかった。フランはいつも「泣くのは全部終わったあとでいい」と言っていた。全部終わったあとで泣く。フランが帰ってきたあとで。

カークスは通話水晶をテーブルに置いて、しばらく窓の外を見ていた。空は曇りだった。朝からずっと曇っている。ヴェルテの秋の空は低い。

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