七つの隣人 第八章 黄昏の民 シルデン
最後の一つの民について書く前に、白状しておくことがある。ここまでの六つの民と違って、シルデンには、訪ねていく村がない。集落がないのである。どこに住み、普段なにをしているのか、旅団の百五十年の帳面をもってしても、分かっていない。会えるのは、明け方か夕暮れどきに、必ず一人でいるところだけ。しかも、こちらから会いに行くことは、できない。向こうから来てもらうほかないのである。それでも本書がこの民の章を立てられるのは、旅団だけが、彼らに呼ばれる側だからだ。
私がシルデンに会ったのは、入団三年目の白霜の月である。ある夕暮れ、街道脇に停めた旅団の宿営の外れに、いつからいたのか、黒い人影がひとつ立っていた。黒ずくめの外套に、つばの広い黒帽子。夕日を背にして、影のように立っている。古株の団員が荷台から降りて、お客だ、とだけ言った。それが、呼ばれたということだった。
用向きは、川下の城塞の町だった。ひと月前に大火があり、多くの人が亡くなった町である。シルデンは、そこへ入りたいという。彼らは、死者の魂が門へ迷わず至れるよう導くことを、神より託された民である。戦場に、災害の地に、疫病の村に、人が多く死んだところに、彼らはどこからともなく現れる。ただし、入れれば、の話である。シルデンは境界の律に縛られていて、境を軽々しく越えることができない。招かれるか、許されるかしなければ、敷居ひとつ、門ひとつ越えられないのだ。そして人の世は、昔よりずっと、境だらけになった。城壁が築かれ、門が閉ざされ、国境が引かれる。その内側で人が死ねば、導かれるはずの魂が、壁の内にさまよったままになる。それがなにより無念なのだと、彼らは言う。
旅は三日かかった。といっても、シルデンが私たちと並んで歩いたのは、朝夕の淡い光の刻だけである。日が高くなると、その姿は輪郭からほどけるように薄れ、いつの間にかいない。そして次の夕暮れ、道の先の辻に、また立っている。足元を見て、私は気づいた。夕日を浴びているのに、影がない。影のあるべき場所に、小さな扉のかたちをした暗がりが落ちていて、彼らはあれを通って、狭間とやらを渡るのだそうだ。道中、話しかければ答えてはくれた。低い、丁寧な、少し古めかしい言葉遣いだった。名を訊ねると、帽子のつばに手を添えて、シルデンです、とだけ返ってきた。あとで古株に聞けば、彼らは誰に訊かれても、そう名乗るのだという。第一章に書いたとおり、シルデンとはもともと一族の姓である。彼らは今も、家の名しか名乗らない。黒ずくめの装いも、帽子の下の顔立ちの印象も、会う相手ごとにほとんど変わらないから、旅団の帳面には、しばしばこう書かれてきた。あれが同じ一人なのか、大勢いるのか、いまだに確信が持てない、と。
城塞の町の門は、日暮れとともに閉まる。私たちは門番に旅団の証を見せ、通りしなに、教わっていたとおりの口上を述べた。連れがある、どうぞお入りくださいと、こちらの側から声に出して招くのである。たったそれだけのことで、閉じかけた門の敷居を、黒い姿がすっと越えた。門番には、彼が見えていたのかどうか、いまも分からない。
焼け跡の町でシルデンがしたことを、私は生涯忘れない。夕闇の中、崩れた家々のあいだをゆっくりと歩き、ところどころで立ち止まっては、小さな灯をひとつ、地面に置いていく。誰かが息を引き取った場所なのだろう。灯を置き、帽子のつばを軽く下げて、一礼して、次へ行く。それだけである。声も立てず、祈りの文句も聞こえない。私の目には、灯のほかに何も見えなかった。だが夜が明けるころ、焼け跡には点々と小さな灯が続いていて、それはまるで、暗い野原を横切っていく一筋の道のように見えた。
この仕事を旅団が手伝うようになったいきさつは、旅団の始まりとほとんど同じだけ古い。百五十年前、初代のガルバディ・ルウ・バーガンディアが、夕暮れの荒野で一人のシルデンに行き合った。まったくの偶然である。会おうとして会える民ではないから、あれは生涯の運を使った出会いだったと、初代自身が書き残している。そして別れぎわ、初代は懲りずに、次も会いたいと投げかけた。シルデンはしばらく黙って、それならば、と一つの持ちかけをした。自分たちは境を越えられない。人の世に壁と門が増え、入れない場所が年々増えている。その内側に、導くべき魂が取り残されていることがある。もしあなたがたが手を貸して、境を越えることを招いてくれるなら、ありがたい。そのときは、こちらから声をかける。会えるのは、そのときだ、と。旅団が七種族との橋渡し役と呼ばれるようになった、これが一番古い橋である。以来百五十年、旅団はシルデンに呼ばれれば、行きたい先へ導く仕事を続けてきた。その道中に聞き取れたわずかな言葉が、帳面に書き継がれて、本章のもとになっている。
もう一つ、旅団が続けている地味な仕事がある。祠の世話である。見かけたことがあるかもしれないが、辻や峠や渡し場にある小さな祠は、元はシルデンへの道供えだったそうだ。あの祠は、ただ何かを祀ったのではない。昔は、あれがあることが、シルデンにとって境を越える許しのしるしになっていたのだという。祠のある村は、いわば彼らを招き入れている村なのである。ところが今では、祠のない町や、朽ちて忘れられた祠が増えた。それも彼らの困りごとの一つだと聞いてから、旅団の荷馬車には、小さな祠の石が積まれるようになった。旅の途中で朽ちた祠を直し、頼まれれば新しく据える。私も入団したての年、意味も知らずにこの作業をやらされた。古臭い習わしだと思っていたあの石積みが、誰かの町の門を、いつか彼らのために開けておく仕事だったと知ったのは、この旅のあとである。
帰り道、明け方の街道で、シルデンは足を止めた。ここでいい、という意味だった。礼を言うべきなのはこちらだと思ったが、先に頭を下げたのは向こうだった。帽子のつばに手を添えて、ひとこと、助かりました。そして足元の小さな扉に沈むように、淡くなって、消えた。あとには、白みはじめた空と、誰もいない街道が残った。
七つの民の最後に、いちばん会えない民の話を置いたのは、順序として正しかったと思っている。雷冠の民は空を、芽吹の民は緑を、天秤の民は法を受け持ってくれている。シルデンが受け持っているのは、私たちの一番終わりのところである。誰にも見られず、礼も言われず、それでも人が多く死んだ場所には必ず現れて、灯を置いて回る。会えないことを、彼らの冷たさだと思ってはいけない。会わずに済んでいる日々こそが、平穏なのである。それでも私たちにできることが、二つだけある。町の門を、彼らのために開けてやること。そして、辻の祠の前を通るとき、少しだけ頭を下げること。あの焼け跡の灯の連なりを見て以来、私は祠の前で、必ずそうすることにしている。




