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七つの隣人 第五章 天秤の民 カノール

 天秤の民に会うのに、遠出はいらない。七種族のうちで彼らだけは、人の街のただなかに住んでいるからである。たいていの国の王都には、カノールの自治区がある。彼らだけの生地カノールシアナも遠方にあるにはあるが、人がカノールを見かけるのは、まず街のほうだ。私が訪ねたのは入団四年目の日盛りの月、ある王都の自治区である。旅団の書庫が古い廃都の封蔵から写し取った、いまはもう滅んだ国の法典の写本を届けるのが、使節の用向きだった。カノールへの土産に古い法ほど喜ばれるものはない、というのが旅団の言い伝えである。


 自治区には、門も柵もなかった。ただ、通りをひとつ曲がったところで、街並みの感じが変わる。家々の造りは人のものと変わらないのに、どの家も、戸口を真ん中にして左右がぴたりと対称なのである。窓の数も、庇の長さも、右と左で寸分違わない。そして白が多い。戸口の枠、窓の桟、軒下の帯。律天神の貴色である白を、彼らは家の意匠のそこかしこに入れる。通り全体が、静かで、まっすぐで、掃き清められていた。区の入り口にあたる辻には白い石碑が立っていて、細かい文字がびっしりと刻まれている。読んでみて驚いた。この国の王とカノールが結んだ契約の全文である。自治の範囲、負う義務、関わり方の定め。彼らはどの街に住むときも、まずその地の王とこうした契約を結び、その条文どおりに暮らす。そしてその契約書は、こうして誰でも読める場所に、最初から最後まで公開されているのだった。


 カノールの姿は、遠目には人と見分けがつかない。近くで向き合うと、顔の左右があまりに整っていることに気づいて、少し落ち着かなくなる。歩き方には揺れがなく、話し方には淀みがない。市場に寄ったとき、彼らの商いを見た。値札の数字は端数まできっちり書かれ、値切りの声がひとつもない。カノールの壺屋が、客に向かって、この壺は焼きの甘いところが一つあると自分から言っているのを聞いて、私は思わず立ち止まった。彼らは嘘をつかないのではない。つけないのである。偽りを口にすれば心身の釣り合いが実際に傾き、立っていることもできなくなる。だからカノールの店では、品物の欠点は売り手が教えてくれる。この市場に慣れると、よその市場が歩けなくなると、隣の人の露天商が苦笑いしていた。


 迎えてくれたのは、テルバという年配のカノールだった。自治区の書庫を預かる法学者である。届けた写本を、テルバは一枚ずつあらためて、静かに、しかしはっきりと喜んだ。彼らの書庫も見せてもらった。広間の壁がすべて棚で、古今東西の法が納められている。現に行われている諸国の法典から、滅んだ国の律、山の村の寄り合いの取り決めまで、区別なく並んでいる。カノールは、ここにあるものを物差しにして、法の是非を量るのだという。


 その是非を量るという役目について、テルバは丁寧に説明してくれた。世に、欽定緑律教団という裁きの権威がある。国の裁きに承服できない者が最後に駆け込む、あの神前法廷である。ただし教団が量るのは、裁きが釣り合っているかどうか、法がその手続きどおり正しく使われたかどうかまでで、法そのものの良し悪しは問わない。では、法そのものが歪んでいたら、誰が言うのか。それがカノールである、というのが、この世の役割の分け方だった。教団が裁きの守り手なら、カノールは法そのものの、立法の最後の守り手である。ある法がそもそも正当なのか、世の律を乱していないか。それを判断し、採決するのが、彼らが人の街に住んでいる理由なのだ。


 滞在中に、ちょうどその現場に行き合わせた。訴えの筋は、川向こうの貧しい地区にだけ課された、新しい橋の通行税である。市場に働きに出るにはあの橋を渡るほかなく、税は稼ぎに比べてあまりに重い。これは法として正当か、というのが、川向こうの者たちの説い立てだった。その晩から、自治区の様子が変わった。この街に住むカノールの全員が、夜ごと書庫の広間に集まりはじめたのである。老いも若きも、壺屋も仕立て屋も、である。カノールの採決は、代表者ではなく全員でなされる。広間の議論は三晩続いた。声を荒らげる者はひとりもおらず、条文と、書庫から出された何十という先例が、順々に読み上げられ、量られていった。四日目の朝、結論が出た。非、である。税そのものではなく、渡る道が一本しかない者にだけ課すその掛け方が、均を欠く、という理由だった。結論は文書にまとめられ、その日のうちに王へ届けられ、同時に、あの辻の石碑の脇に貼り出された。法の非を告げられた王は、その法をすぐさま止めなければならない。従わなければどうなるのかとテルバに訊くと、彼は事もなげに答えた。王に、報いが起こります。それは私たちがすることではありません、と。橋の税は、二日後に停止された。


 カノールのもとには、人も学びに来る。書庫の隅にはいつも机がいくつか出ていて、諸国から来た法学生や、若い裁判官が写本を取っていた。立法にたずさわる者、弁護士や裁き手を志す者が、カノールの下で法を修めるのはよくあることで、カノール仕込みといえば、法の世界ではひとつの箔になる。教えを乞うのに要るものは、月謝ではなく、律儀さだけだそうである。約束の刻限に三度遅れた者は、二度と机をもらえない。


 彼ら自身のことも訊いた。カノールには、王も族長もいない。誰かに従うのではなく、法に従う。彼らにとっては法こそが主なのである。ではその法は誰が決めるのかといえば、彼ら全員である。数年に一度、諸国のカノールが生地カノールシアナに集まり、一族をまとめる律の見直しを行う。ひと月のあいだ議論を重ね、決まったことには、世界中のすべてのカノールが従う。テルバも若いころから何度も出ているそうで、ひと月も何を話すのかと訊いたら、ほとんどは、変えないでよいことを確かめるための議論です、という答えが返ってきた。国と国との条約の席にも、カノールはよく呼ばれる。締結に同席し、決まったことが漏れなく守られているかを、双方の国にいるカノールがそれぞれ見張る。破りがあれば、それぞれの国のカノールが、履行させるために動く。条文に彼らの立ち会いの一行があるだけで、条約の重みが変わると言われるのは、そのためである。


 堅い話ばかりの民かといえば、そうでもなかった。発つ前の晩、テルバの家で茶をよばれた。茶葉も湯も、天秤で量って淹れる几帳面さに見入っていると、茶菓子だけ、私の皿に一つ多く載っていた。目が合うと、テルバは言った。厚意は、貸しには数えません。


 帰り道、あの白い石碑をもう一度読んでから、自治区を出た。嘘をつけば立てなくなり、誓いを破れば体が動かなくなる。そういう身体を持たされた人たちが、人の街のまんなかで、人の作る法を黙って見張ってくれている。私たちは嘘がつける。だから教団の法廷が要り、カノールの採決が要る。彼らの住む通りだけがあんなにまっすぐなのは、彼らが特別に清いからというより、まっすぐでない私たちの街の中で、どこか一箇所はまっすぐでなければ、世の秤が狂ってしまうからなのだろう。皿の上の一つ多い茶菓子のことは、いまも時々思い出す。釣り合いに生きる人たちの、あれが精いっぱいの傾きなのだとしたら、ずいぶん上等な傾きだと思う。


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