七つの隣人 第三章 銘肌の民 シーデルン
銘肌の民の村を訪ねたのは、入団一年目の終わり、白霜の月のことである。筆写の腕を買われたというより、筆写しか能のない新入りだったから、書庫へ行く使節の荷物持ちにちょうどよかったのだと思う。
シーデルンの村は、遠くからは分からない。街道を折れて谷をさかのぼっていくと、段々畑と石造りの家々が斜面に並ぶ、どこにでもある山村が現れる。違うのは、村の一番奥である。家々の連なりが尽きたところに山の岩肌が立ち上がり、そこに、大人の背丈の十倍はあろうかという石の門が、山そのものをくりぬいて開いていた。村は、この門を囲むようにして暮らしている。世界にシーデルンの村はいくつかあるが、どこも造りは同じだという。真ん中に山を掘った大書庫があり、そのまわりに畑と家がある。人の村が井戸や広場を囲むように、彼らの村は書庫を囲んでいる。
門をくぐると、空気が変わった。乾いて、ひんやりとして、かすかに革と墨の匂いがする。中は巨大な吹き抜けで、壁面という壁面が棚だった。棚は上へ上へと螺旋を描いて続き、見上げても天井が見えない。棚のあいだの通路を、明かりを提げた人影がいくつも静かに行き来している。明かりは火ではない。書庫に火気は持ち込めない決まりで、通路には淡く光る石を嵌めたランタンが提げられていた。内界から採れるという、あの灯星である。棚に収まっているのは書物ばかりではなかった。巻物があり、木簡があり、結び紐があり、割れた壺のかけらまで、番号を振られて並んでいる。知に貴賤はない、というのが彼らの棚の作り方だった。
案内に立ってくれた司書は、オルセと名乗った。年のころは四十半ばに見えた。挨拶の言葉より先に、私はその腕から目が離せなくなった。まくった袖の下、手首から肘にかけて、米粒よりも細かい文字がびっしりと並んでいたのである。シーデルンは、生まれたときは一字も持たない白い肌で生まれてくる。学び、見聞きしたことが、文字となって肌に浮かぶ。オルセの腕の文字は指の付け根まで達していて、首筋にも細い行が幾筋か上っていた。それでも本人に言わせれば「まだ半分も埋まっていない」のだそうである。子供たちは真っ白な顔で駆けまわり、書庫の年寄りたちは、顔まで薄墨色に染まっている。この村では、肌の色は年齢ではなく、その人が何をどれだけ知ったかを表している。
使節の用向きは、毎年の書物の写しの交換だったが、それより先にやるべきことがあった。奉納である。シーデルンの村を訪ねる者は、身分を問わず、新しい知をひとつ書庫に納めるのが作法とされている。彼らは叡智神の、おそらくこの世で最も敬虔な信徒である。知とは神の片鱗であり、それを集め、写し、絶やさず保つことが、彼らにとっては祈りそのものにあたる。だから彼らの助力を得たければ、金銀ではなく、これまで書庫になかった何かを持っていくのが一番の近道になる。中身の貴賤は問われない。新しいかどうか、ただそれだけが問われる。機構の言語収集の事業が大きく進んだのも、元をたどれば書庫への立ち入りを許されたからだと聞く。
使節の長は、南方の谷で採れた薬草の陰干しの手順を納めた。私はといえば、前の晩から悩んだ末、故郷の川漁で使う結び方をひとつ、納めることにした。父に仕込まれた、濡れるほど固く締まり、それでいて片手でほどける結びである。こんなものでよいのかと恐る恐る差し出すと、オルセは私に縄を結ばせ、ほどかせ、もう一度結ばせた。そして三度目、オルセが自分の手で同じ結びを作ってみせたとき、私は息を呑んだ。その手首の内側の白いところに、見る間に細かい文字が浮かび上がってきたのである。墨が紙に染みていくのに似ていたが、紙と違って、肌は生きて動いていた。オルセは浮かんだばかりの文字を撫でて、実にうれしそうに言った。いい結びだ。これでこの結びは、もう消えない。
書庫の最も奥、螺旋の一番下の階は、書物の棚ではなかった。硝子の蓋のついた平たい箱が、祭壇のように整然と並んでいる。納められているのは、亡くなったシーデルンの銘肌である。彼らは、肌が文字で満ちきった日に、静かに息を引き取る。彼らはそれを、死ぬと言わずに、満ちると言う。遺された肌は一族の手で丁重に整えられ、その人が生涯に知ったことのすべてとして、この階に納められるのである。正直に書けば、聞いたときは足がすくんだ。だが実際にその階に立ってみると、恐ろしさは長く続かなかった。箱のひとつひとつに花が供えられ、通りかかる司書たちが、ごく当たり前に頭を下げていく。ここは墓所であり、同時に、村でいちばん読まれている棚なのだった。
オルセは、ひとつの箱の前で足を止めた。彼の祖父の銘肌だという。硝子越しに覗くと、肩のあたりに、ひときわ太い文字で刻まれた一節があった。てっきり大きな学問の成果かと思って読んでみると、それは、名も書かれていない渡し場の老婆と交わした、他愛のない夕暮れの世間話だった。オルセが言うには、肌に浮かぶのは知識ばかりではない。心を深く揺らしたことも、また浮かぶ。だから誰の銘肌にも、英雄の偉業の記録の隣に、なんでもない誰かとの語らいが、同じ肌の上に並んで残っているのだそうだ。祖父どのはこの世間話の何にそれほど心を動かされたのか。訊くと、オルセは笑って首を振った。それは祖父に訊くほかないが、祖父は満ちてしまったからな。ただ、太さを見る限り、じいさまの一生で五本の指に入る何かだったのは、間違いない。
夜、村の宿で、私はオルセに、忘れられないのは苦しくないかと訊ねた。無遠慮な問いだったと思う。オルセはしばらく黙って、腕の文字を眺めてから答えた。苦しいこともある、悲しいことは悲しいまま、いつまでも新しいからな。だが、と彼は続けた。忘れないということは、預かったものを落とさない、ということでもある。あの結びも、渡し場の婆さまも、もう落ちない。我らはそういう袋なのだと思えば、悪い性分でもない。
村を発つ朝、書庫の門をもう一度振り返った。山の腹に開いた大きな口は、朝の光の中で、ただ静かだった。あの中に、幾万の書物と、幾百の生涯が、一行も欠けずに納まっている。帰り道、私は自分の手帳を開いて、少し書き方を改めた。走り書きをやめ、日付を入れ、聞いた人の名を書き添えるようにしたのである。私の書くものなど大したものではない。だが、いつかどこかで誰かのシーデルンがこれを読めば、その肌に一行、残ってしまうかもしれないのだ。そう思うと、うかつなことは書けない。忘れない人たちの村を訪ねて私が持ち帰ったのは、書き手としてのその怖さと、あとは、片手でほどける結びがひとつ、神の書庫に永く納まったという、ささやかな自慢である。




