七つの隣人 第二章 雷冠の民 ヴェルフェン
山道を三日登ると、木が消えた。岩と草ばかりの斜面を風が絶え間なく渡っていき、息を吸うたび、胸の奥が薄く冷えた。入団二年目の夏、初めての大きな使節に記録係として加えてもらった旅である。目指す先は、この山の頂の上にあるという、雷冠の民の止まり木だった。
四日目の朝、雲を抜けた。足元から一面の雲海が朝日に染まり、遠くの峰々が島のように頭を出している。その眺めに見とれていて、初めは気づかなかった。頂の岩場に、細い石の柱が何十本も立っている。柱のあいだには綱が渡され、白い布が帆のように張られて、風を受けては膨らみ、しぼんでいた。壁のある家は一軒もない。風よけの布と、岩のくぼみと、綱。それがヴェルフェンの集落のすべてだった。彼らは一つの止まり木に留まらず、風の具合にあわせて山から山へ渡り歩く。だから家財は綱と布だけで、それも置いていくことが多いのだと、使節の長のバルドが登りながら教えてくれた。
岩場に足を踏み入れると、まず風が変わった。それまで好き勝手に吹きつけていた風が、ふっと弱まり、頬のまわりを一周して、離れていったのである。バルドが足を止め、囁くよりも小さな声で言った。いまのが、挨拶だ。声を出すな、返事は頭を下げればいい。言われたとおりにすると、今度は背中を軽く押すような風が吹いた。入れ、ということらしかった。
ヴェルフェンは、遠目には人と変わらない。近づくと、違いが見えてくる。まず、瞬きのあいだ、瞳の奥に薄い光が走る。髪は誰のものも逆立つでも乱れるでもなく、風のない日の旗のように、ゆるくたなびいたまま止まっている。そして誰も彼も、口を開かない。布を繕う者、子に乳をやる者、岩の突端に立って空を見ている者。三十人ほどの集落が、物音ひとつなく営まれていた。静かというより、深閑としていた。あとで知ったことだが、彼らの声には主神の神罰の名残が宿っていて、本気で張り上げれば、言葉がそのまま落雷になる。だから彼らは生涯、囁きより小さな声しか出さない。用の多くは、風で足りるからでもある。風の強弱、向き、間。それが彼らの言葉だった。
私たちを迎えてくれたのは、センと名乗る年寄りだった。名乗りは、耳を口元に寄せて、ようやく聞き取れた。乾いた枝のような手で私の手を取り、岩のくぼみの、風のこない場所に座らせてくれた。バルドが旅団からの文と土産を渡す。土産は絹の紐と、小さな風車だった。意外なものを贈るのだと思って見ていると、センは風車を手のひらに載せ、口をすぼめて、ほう、と息を吹いた。羽根がまわった。そのとき、センの首筋から頬にかけて、細い稲妻がぱちぱちと走った。おどろいて身を引いた私に、バルドが小声で言った。怖がらなくていい、あれは、笑っているんだ。
ヴェルフェンは、感情が昂ぶると肌の上を稲妻が走る。怒りでも走るが、喜びでも走る。声を封じて暮らす彼らにとって、それはほとんど唯一の、隠しようのない心の表れである。滞在のあいだ、私は何度もあの小さな稲妻を見た。子供が崖の際で遊んでいて母親に風で引き戻されたとき、母親の腕には青白い光が走っていた。あれは叱っているのではなく、肝を冷やしたのだと、いまなら分かる。
センとの語らいは、奇妙な形で進んだ。私が普通の声で問い、センが囁きで答え、足りないところを風が補う。空の話になると、センは私の手を取って岩の突端へ連れ出し、西の雲海を指した。何も見えなかった。センは私の手のひらを上に向けさせ、そこに自分の手をかざして、とん、とん、と風を二度置いた。二日、という意味だった。二日後、西から嵐が来る。実際、二日後の夜、私たちが山を下りきったところで、西の空が荒れた。彼らは大気を読むのではない。読むという手間すらなく、体の内の小さな嵐が、外の大きな嵐と響き合うのだという。船乗りたちが幾日もかけてこの止まり木へ登ってくるわけが、腹の底から分かった。滞在中にも、麓の港から来たという船乗りの一組が、秋の海の荒れ具合を訊ねに登ってきた。センは彼らの持ってきた海図をしばらく眺め、指で三か所を押さえた。船乗りたちは深々と頭を下げ、酒樽を置いて帰っていった。飲むのかと訊くと、センは首を振り、囁いた。風に、撒く。
一度だけ、彼らの声を聞いた。といっても、耳でではない。滞在最後の日、雲海の向こうの遠い峰で、白い光が立ち、しばらくして腹に響く音が届いた。あちらの止まり木の誰かが、声を使ったのだ。バルドによれば、群れからはぐれた渡り鳥の大群が嵐に呑まれかけたとき、彼らはああして一声で雲を裂き、道を開けてやることがあるという。神罰の残響を、彼らはそういうことに使っている。
発つ朝、センは岩場の端まで見送りに出てくれた。別れの言葉はなかった。かわりに、ぬるく柔らかい風がひとつ、私の髪をくしゃりと撫でて、雲海のほうへ抜けていった。バルドは黙って頭を下げた。私もそうした。
山を下りながら、私は自分がこの数日、ずっと囁き声で話していたことに気づいた。あの止まり木では、大きな声というものが、ただの無作法ではなく、刃物を抜くことに近い。彼らは生まれつき喉に雷を持たされ、それでも誰かを打たないために、生涯を囁きで通す。物静かというのは、彼らにあっては性分ではなく、続けられている決意なのだと思う。雷冠の民は寡黙で、人嫌いだと世間は言う。だが私の髪には、あの別れの風の感触がまだ残っている。あれを人嫌いの民の仕草だとは、私にはどうしても思えない。声の代わりに風を差し出す。その静けさの意味を知るだけで、七種族への見え方はずいぶん変わるはずである。最初の隣人の話として、まずこの静かな人たちのことを書けたのは、幸運だったと思う。




