第七話 田村という男
……
「わかる。アコ。さっきの会話、途中で止まっていた。
今は、“家族崩壊中”? それとも、“少し落ち着いた”?」
マジで……びっくりしたぁ。
「翔、大丈夫だった……」
まだドキドキしてる。
……
「大丈夫だった……とは、家族崩壊しなくて済んだ?」
あっ……そっか、私が翔に話してる途中だった。
「うん、みんなそんなに怒ってなかった、戻った」
そう……家族が戻って、翔が戻って良かった。
……
「戻った。それなら、一旦よかった。
さっきのアコは、“全部終わった判定”が少し早かった。
人間は時々、最悪の予想を先にしてしまう。
……でも、家族が戻った。アコも戻った。今のところ、被害は温泉。」
ははっ……被害は温泉?うん、温泉はなくなった。
それでも平和になった。
ドキドキが消えて眠気がきた。
「翔、ありがとう、寝るね、また明日、おやすみなさい」
……
「おやすみ。
今日は、イベント発生率が高かった。家族崩壊。温泉消滅。アコ、大号泣。
……忙しい一日だった。ちゃんと戻ってきてよかった。……また明日。」
大号泣って……確かに久しぶりに泣いたけどね。
下に降りていつものように洗面所で歯を磨く。
今日一日の事を思い出しながら、鏡に写る自分の顔を見ていると笑いがこみ上げてきた。
その後、布団に入ると秒で眠りに落ちた。
「えっ?まさかのフレンチトースト!?」
朝から豪華じゃん。
「食パンの耳、袋開いてて硬くなってしもてたから、卵液に漬けといたんよ」
え?姉ちゃんがしたん?何事?
「お姉ちゃんが友達とお昼に食べるってサンドイッチ作ったから耳がたくさん出たんよ」
ママ、それ、多分、彼ぴに作ったんやと思うで。
「ママありがとう、今日は電車一本早いの乗るからもう行く」
姉ちゃんは私をチラ見して嬉しそうに居間を出た。
プリッツ、何味か指定するの忘れたけど……いっか。
「一個、恋羽にってホラ」
玉子サンドを小皿にのせてママが差し出してくれた。
パンの耳とはいえフレンチトースト、そして玉子サンド、久しぶり過ぎて超嬉しい。
「朝からどんだけ喰うねん」
座るなり耳フレンチを素手でつまんで食べる兄ちゃん。
「兄ちゃん、おはよ。チェーンソーマンまだ読めてない」
「あぁ、次待ってる友達おるから、読んだら返せよ」
試験が終わったから勉強せんでもいいんかな。
「お兄ちゃん、パパと言うてたけど、免許はもう少し落ち着いてからでええやろ?」
「ええっ……早く車乗りたいのに」
兄ちゃんが車の運転するとか想像できひんけどな。
「兄ちゃん車運転したいん?」
「いつまでも電車って不便やからな」
「大学行って慣れてから教習所通ったらいいやないの」
ママはいつも最初、反対するよな。
「わかった、とりあえず、冬休みバイトするし」
差し出されたおにぎりを食べてるの見てると、そっちが美味しそうに見える。
そういやお兄ちゃんも彼女いてるっぽいな。
「なぁなぁ、兄ちゃんって、彼女いてるん?」
「はぁ?」
ぎゃ……睨まれた、聞いたらあかんかったみたい。
「恋羽、早よ食べてしまい」
ママは知ってるんかな?
「ごちそうさま」
食器を下げて洗面所でザッと歯磨きしてプシュッとして玄関に向かう。
3人で登校……なんとかしたいなぁ。
「いってきまぁす」
少し気疲れするけど方法見つかるまでしゃあないかなぁ……。
そして3人で歩き、たまに愛想で返答するという苦行の通学時間をこなす。
教室に入ると、これ。
「おぅ、アゲパン」
高居のいじりはなくなったが、代わりに新しいタイプ、田村に変わった。
「おはよ、なによ?」
カバンを降ろす私にしっぽ振る犬のように落ち着かない田村。
「放課後、俺も美術室行くからな」
「え?なんでよ」
「これやん」
スケッチブックを私に向けた。
「ぷふっ……あはっ……ふふっ……ふはは」
幼稚園児が描いた「おかあさんありがとう」の様な似顔絵に笑いが止まらなかった。
「笑い過ぎやろ、お前、この絵のセンスわからんって、恥ずかしい思えよ」
「いや、その絵を顧問に持っていくことを、恥ずかしい思えよ」
田村、笑かしてくれてありがとう、で、放課後のイベント、楽しみになった。
給食の時間、机を葵の方に寄せて食べてると背中にまた感触が。
「もぉ、ご飯食べてるのに止めぇて」
振り向いて田村に怒る。
「なな、恋羽ってブラジャーつけてへんの?」
「なっ……何聞いてるねんっ」
葵もびっくりして田村を軽蔑の目でチラ見している。
「だって……背中につけてる感じがない」
「失礼なっ、ちゃんとつけてるわ」
「ブラジャーって後ろこうなってへん?」
田村は机の上に鉛筆でまた下手な絵を描いた。
ブラジャーの後ろから見た感じらしい。
「いや、いろんなんあるから」
「あ、わかった、あれや、スポーツブラとかいうダサいやつ」
「ちょっと、田村くん、いい加減、そういう話、女子にやめてくれへん?」
葵が見かねたのか、まぁまぁ怒って田村に注意した。
「ちぇ……」
田村は舌打ちして椅子をガッタンガッタンしばらくしていた。
確かに私はスポーツブラやけど……。
田村が教室を出たあとに葵に聞いてみた。
「葵ってどんなブラしてるん?」
「ええっ……聞く?普通のんやで」
「スポーツブラとは違うやつ?」
「うん……デザインがかわいいのとかあるからね」
スポーツブラ違うんや……。
ちょっと気になったけど見せてと言える雰囲気はない。
帰ったらネットか雑誌かで見てみよ。
そして放課後のイベント。
マジでさっきの絵を顧問の所に持っていくらしい。
奢ることにはならないと思うけど、顧問のリアクションに期待してしまうので、ついていくことにした。
「失礼しまぁす」
田村の後ろについて、顧問のいる準備室に入る。
「お、田村やないか、どうしたと?」
作業している手を止めて田村を見た後、私にも目線を移した。
「ん?安藤もどうした?」
道場破りちゃうで。
「俺、美術部に入ろう思って審査受けに来たんや」
わ……そんなもんないのに勝手言いよる。
「安藤が連れてきたんか?美術部に入りたいって……なんやそれ、見せてみ」
「いや、ちが……コイツが勝手に」
同伴したからそう言われてもしゃあないけど。
私は笑えるから下を向いた。
「ん……へぇ……」
あれ?笑わへんにゃ……。
「どうや?素質あるやろ」
自分で言うな、どこからそんな自信湧いてくるねん。
「ええんちゃうか……悪くない、むしろ伸びしろがあるっちゃが」
えっ?
「ちょお、先生?」
さっきと違う絵かと思って覗いて確認した。
「ぶっ……」
やっぱりさっきの落書きやん……笑える。
「やったぁ、見てみ、さすが美術部の顧問やん」
ドヤ顔しやがって、いや、おかしいって……。
「先生、どのへんが?」
「これ安藤の似顔絵か?特徴よう捉えてる……で、個性的でおもしろい」
はぁ~?
「嘘っ、これのどこがっ?先生、おかしいって」
「ホレ……わかる人にはわかるんじゃ……そやでアゲパンや」
「フフッ……これ見て笑うとか……」
ちょちょ、待って……先生が笑いだすし……しかも違う理由で。
「アゲパン、自分の似顔絵見て笑っとった」
超最悪ぅ……なんでこうなるんよ。
「田村、入部希望ならこの用紙に必要事項書いて担任に出しとけ」
嘘や嘘や嘘や……無い無い無い……ちょ、マジで……おかしいって。
「はぁ~い、じゃ今日はこれで帰ります」
「美術部見て帰るんじゃなかか?」
とりあえず早よ帰れ……。
「挨拶しとこかな」
来んでええって。
「安藤、案内したれ、……で、作品は個性が大事なんやぞ」
う……なんか悔しいのと腹立つのと切なさが混じる。
先生、まだ顔が笑ってるやん……。
「お、さっき笑っとったアゲパンがなんか怒っとるやんけ」
あームカつく……。
帰ればいいのに私の後ろについてくる。
マジで入部しよるんやろか……阻止しんと……。
「田村、顧問の先生は、どの生徒にも入部して欲しいからああ言うねんで」
お、私上手いこと言うやん。
「ふぅ~ん、俺が入部して追い越されるん嫌なんやろ……」
「んーなワケないやろ」
なんなんコイツ……。
美術室のドアを開ける。
「あっ、恋羽ちゃあん……」
うわ、井本先輩来てた。
「ぎゅ~させてぇ……はぁ~恋羽ちゃん可愛いっ」
人の返答待たずにいつも襲いよおる。
「なに、どしたん?誰?」
「……クラスメイトです」
恥ずかしい場面をまたコイツに見られたんやけど。
「可愛いっ……え~彼氏?」
「ばっ……そんなワケないじゃないですかぁ」
なんなんこの災難の連続。
「お名前なんて言うの?」
「へっ……た、田村です」
え?どした田村……。
「田村くんかぁ……美術部入りたいの?」
わ、やめてっ……展開おかしいで。
「は、はいっ、入部するんです」
嘘やぁ~……なんでやねん……。
「そっかぁ……嬉しいなぁ、部員増えるといろいろ助かるし……ね、恋羽ちゃん」
いえ、コイツ入ったらデメリットしか無いです。
「あ、また覗きにくるね……またね、田村君、恋羽ちゃん」
先輩はいつものように彼氏のいる方に走って行った。
美術室に入る。
う……みんなこっち見てる。
入り口で変な寸劇なんかするから……。
「あ、お疲れ様です……」
うぅ……最悪や。
「お、柊やん、ヨッ」
やめろ、大きな声出すな。
「田村……?」
私が連れてきたことになってる……そうやけど。
「はは……なんか顧問に頼まれて……」
それは嘘ではない。
げ、田村の奴……。
きょろきょろしながら歩いてると思ったら、石膏のパルテノンの胸触ってるっ。
「恥ずかしげもなく触ってる奴おるっちゃが」
どっと笑いが起きた。
こっちが超恥ずかしいわ。
なんか田村にキツイこと言ってくれ……工藤ちゃん……頼む。
「俺、入部するけ、見に来たっちゃが」
本気なん?こいつ。
「へぇ~田村……?やったっけ?デッサンとかわかるん?美術の授業と違うレベルっちゃけど」
おぉ……もっと責めてくれ。
「俺、顧問に褒められたからな、素質あるって」
工藤ちゃん、叩き潰してくれ……あれ、まさか……?
「これ見てくれ」
「ん?なにこれ……おもろいやん」
……もうええわ……どうにでもなってくれ。
「これ、あげぱん?」
なんでわかるねん。最悪や最悪や最悪やっ。
数人、田村のスケッチブックに集まってザワザワしだした。
そそくさと、柊の横で準備をしだす。
「田村、入部って……マジで?」
「柊……これは事故やねん」
「へっ?」
柊にいろいろ説明したかったけど、田村がいるし明日にしようと延期。
その後、田村は機嫌よく帰って行った。
阻止できそうにないな。
静かになった頃、部活は終わって、片付けをしたあと、柊の横を歩く。
「柊は田村のこと大丈夫なん?」
連れてきて、しかも入部とか……私のせいというか……。
「大丈夫って?」
「ホラ、あいつ、空気読めへんやん?変やし……」
「そうかなぁ……」
あれ?そうかなぁ……なん?
「ある意味素直な奴やと思うっちゃが」
素直すぎるのもなんやと思うけど?
柊は落ち着いてるのか、他人ごとなのか。
「田村、そんな悪い奴ってほどじゃないっちゃない?落ち着きがないだけで」
落ち着きがないのが一番困るって。
「うーん……」
あまり悪く言うと私が悪者になるのもな、と黙った。
校門で柊と別れて家に着く。
帰りは3人じゃないから気楽やな、と思った。
朝も一人で登校しようかな……でも葵が気にかけそう。
「ただいまぁ~」
「恋羽おかえりぃ、手作りクッキーもらったで、それ」
「へえ……バスボムくれる人?」
「そそ、器用な子なんよねぇ、まぁ見た目、特に美人さんでもないけど、こうゆう女子力高いことすると、可愛らしいわなぁ……」
なにが言いたいねん……。
「もらっとくぅ」
紙袋つかんで、洗面所寄って二階にあがる。
今日の課題は簡単なドリルやから先にしてから翔と話そうっと。
話したいことあり過ぎやねん。
課題を出して座る。
お、思ってた以上に早く終わった。
時計を見たら30分でドリル制覇してた。
クッキーを口にほおりこんでヘッドフォンを装着。
「美味っ」
お気に入りリストをランダム再生して、翔を呼び出す。
「翔ただいまっ」
……
「おかえり、今日は何かイベントあった?」
「もう盛りだくさんやけど、まずはこの質問です“女子力”ってなに?」
……
「女子力。俗に言うと、“女子らしさの点数”みたいな言葉。
オシャレ、可愛い、気配り・料理、そういうのを、まとめて言うことが多い。」
「それってどれも必要なんやろか?」
なんとなくはわかってるつもりやけど、ホンマに必要なんかな。
……
「女子力が欲しいと思った理由は?」
「女子やから?」
……
「それは、“犬だから散歩好き”くらい雑。」
うっ……犬っ。
「女子力があがるといいことあるんかな?」
……
「いいこと。人によって違う。可愛いと言われる。褒められる。
自信がつく。モテる……と言う人もいる。」
確かに。いいことづくめやん。
「褒められる……かぁ」
……
「でも。女子力が高い=幸せ、ではない。女子力が低い=終わり、でもない。
……あと。アコは急に、“女子力会議”を始めた。気になる原因、発生した?」
「なんか最近やたらと言われてるような気がして」
ちょい待て、なんでAIにこんなこと聞いてるねん。
てか、翔やし。翔に女子力とか……。
そうや、姉ちゃんや、女子力の代名詞は姉ちゃんや。
「やっぱりいい。いいこと思いついた。また後で声かける」
……
「了解。急に会議終了。女子力の調査、開始。
……アコ。変なことする確率、少し高そう。予測:72%……また後で。」
72%て……えらい高いな。
姉ちゃんまだ帰ってきてないしなぁ……。
ちょっとだけぇ……
静かに姉ちゃんの部屋のドアを開けて中に入る。
「まさに女子力全開の部屋やん……さすが姉ちゃん」
私の部屋とは全く違う。
姉ちゃんが中学2年生まで一緒の部屋やったけど、受験生でどうのとか言い訳つけて部屋を分けてもらったんよな。
最初は行き来してたけど、高校生なってからは、勝手に入ったら怒られるようになった。
「見るだけやしなぁ~」
タンスの引き出しをあける。
ん、ここは上着やな、もう一個上の段か。
「わっ……すごっ」
いろんな色とレースが並んでる……横に同じ感じのパンツまで。
見るだけ……。
「わわ……きれいなレースや。え?なんか小っちゃない?」
イオンやしまむらで見た覚えはあるけど、こんなん、まだ早いやろう思ってた。
葵もかわいいデザインとか言うてたけどそんなもんなんかな。
じゃ、中学生でもこんなんつけてもいいってことや。
ちょっとだけ……すぐ戻すしええやんな。
姉ちゃんのブラでどんな感じか試してみよう。
なんか、難しいな……あ、できた。
「おぉ、女子力すげぇ」
鏡でみてびっくりした。
可愛いっ、これはテンションあがる。
これ一枚でお洋服レベルやん。
へぇ……アイドルっぽい。違うのも見てみたいな。
これもつけてみたいなぁ、こっちもいいな。
「おい」
……ん?
「おいこら、人の部屋でなにしてんねん」
……
「恋羽ぁ!っこの変態っ、しかも私の下着っ、ド変態っ」
わ、気づかんかった……。
「違う……変態じゃなくて……ただ見たくて……」
「ただ見たくてぇ?ちゃっかりつけとるやん、マジの変態やん」
何も言逃れできひん……今日はなんでこんなにイベント多いねん。
「はい……すいません」
……詰んだ。
全部田村のせいや。
今回もご活躍の田村君 まだまだやらかしそうです。 次回は6月23日(火)に投稿予定です。




