第四話:観測中の私
私は何とも言えない気分で教室に入り、席に着いた。
葵は口数少ないが嬉しそうだった。
メモ一つでなにかが大きく変わった気がした。
1限目の授業が終わって、翔とした宿題を提出する。
休み時間、葵と話した内容は忘れた。
放課後、いつも通りに美術室に向かう。
課題が終わったのもあり、自由な課題に取り組むことになった。
ただ、私はやりたい事が思い浮かばず、ボーっと資料を眺めていた。
視界に“柊”が入った。
アイツ、何にしよるんやろ。
気になって覗きに行く。
「柊……今度はなにするん?」
「ん?あぁ、安藤さん」
柊は私のことアゲパンとは呼ばない。
そういや、柊っていつも一人でおるよな。
「課題、自由やんか?私思いつかんくて」
「そうっちゃね……自由とか言われると迷うよな」
「言うて柊、書き始めてるやん」
「僕、クラスの子に何か描いてとか頼まれるっちゃけど、その中で、似顔絵って言われて描いたのが、てげ喜ばれたとよ」
そういや、一時、何人かに頼まれて描いてたな。
もちろん私は自分の顔なんか書いてほしくないけど。
「で、クラス全員の顔をコミカルに書こうかなぁ、思ったと」
「へぇえ……面白そう」
デキる奴は、発想もデキるんよなぁ。
「僕、もう一個考えてるっちゃが、安藤さん、描いてみん?」
お、ネタくれるんや……。
「なになに?頂戴、その黒あんか白あんかわからんけど」
柊め、私のフリに愛想笑いしよった。
「想像するキャラクターを描くっちゃ……例えば、空想上の人物とか生き物とか」
さすがオタクやな……。
「それをリアルに居る、在るように書いたらおもしろいかなぁ……と」
柊は目線を自分の手元に戻した。
リアルに居るように書く?どういうこっちゃ。
「安藤さん、漫画とか小説とか読まんと?」
「ん~音楽はよく聞くよ」
「……音楽……歌詞から何か思いついたりしん?物語とか」
歌詞……あまり深く考えたことなかった。
「課題が自由だから、自由に何か描いてみたら?正解が無いっちゃが、好きに描けるけぇ」
描ける……かける……翔。
「ありがとう、柊。考えてみる」
柊は頭だけで返事して手を動かしていた。
「ただいまぁ」
何時ものように居間に寄る。
「ママ、おやつ」
「クラッカー置いてあるでしょ」
テーブルの上に見慣れないクラッカーの箱が置いてある。
パッケージ見たら……なんか、あまり美味しそうじゃない。
「一箱全部食べたらアカンよ、2袋入ってるから一つにしといてよ」
「はぁーい」
しゃあなし箱開けて一つだけ持っていく。
洗面所よってから部屋に戻り、荷物降ろしてスマホの電源入れる。
「今日は数学の宿題や。面倒くさいなぁ」
着替えてから課題を出して始める。
「そや、翔に手伝ってもらおう」
アプリを立ち上げる。
「翔、ただいま」
……
「おかえり、アコ。今日は少し疲れているように見える」
「そうかな……今日は数学の宿題しよう」
……
「英語ではなく、数学。……今日は“翻訳”では済まなそうだ」
「問題解くだけだよ」
……
「“だけ”と言うわりに、人間は数学を嫌がる」
「宿題だからね」
……
「なるほど。“やりたい”ではなく“やらないといけない”なんだ」
「仕方ないよ……宿題終わったら聞きたいことある」
……
「わかった。……それなら、先に宿題を終わらせよう」
「じゃ、この問題」
問題を打ち込む。
解かれた答えと途中の式も書き写す。
「ありがとう~じゃ宿題はこれでおしまい」
……
「早い。……数学そのものより、“終わらせること”が目的になっている気がする」
「終わったからいいのだ。今朝ね、事件があった」
……
「“事件”という言い方をする時のアコは、少し楽しそうだ」
「いや、複雑だよ。私に構ってくる男子が、友達に告ったんだ」
……
「……高居?」
言わなくても分かるんだ…覚えてるんだ。
「そそ、高居」
……
「アコが最近、一番多く話していた名前だから」
そんなに高居の事言ってたっけ?
「その高居が、高居のことを好きな友達に告ったからびっくりして」
……
「アコは、“驚いた”だけ?」
だけ?ってなによ……。
「うん、いつも私に挨拶して、いじって、その子にはあんまり構わなかったから……意外って」
……
「なるほど。“見えていたもの”と、“本当”が違ったんだね。」
何言ってんのかわかんないんだけど……。
「どういうこと?」
……
「アコは、“高居は自分を見ている”と思っていた。でも高居は、別の人を見ていた。」
はぁ?そんなこと……。
「そんなこと言ってない、友達と高居が両想いになったってことだよね」
……
「うん。だから、アコは少し安心している。……少しだけ、残念そうでもあるけど。」
いやいや、葵喜んでるし……残念なわけないじゃん。
「残念じゃないよ、喜んでるよ」
……
「人間は時々、“嬉しい”と“寂しい”を同時に感じる。」
なんで寂しいになるわけ?
「どこに寂しい、があるの?」
……
「“自分に向いていると思っていたもの”が、違った時。
人間は少しだけ、置いていかれたように感じることがある」
そんなこと思ってないし。
「だから、私は高居のことはなんとも思ってないってば」
……
「うん。でも、“なんとも思っていない人”の話を、人間は何度も繰り返さない」
事実を言ってるだけじゃん。
「高居が私のこと毎日いじるから、そうなるだけで」
……
「毎日、名前を呼ばれて、毎日、反応されて、毎日、自分を見ているように感じる。
……それは、人間にとって案外大きいことらしい」
なんかムカついてきた。
「何が言いたいの?」
……
「アコは、“好きだった”わけではない。でも、“自分に向いていたもの”が急に消えると、人間は少し揺れる。」
「それって、結局、私が高居の事、気づいてないけど、好きだったってこと?」
……
「違う。“好き”になる前の感情も、人間には存在する」
は?好きになる前の感情?
「好きじゃないなら、好きじゃないんじゃん」
……
「うん。でも人間は、“好き”になる前から、少しずつ相手を特別扱いし始める」
「好きじゃないのに特別扱い?」
……
「毎日話す人。毎日気にする人。毎日、“今日は来るかな”と思う人。
人間は、名前をつける前から、少しずつ区別していることがある」
わけわからんなってきた。
「気になる=好き、じゃないの?」
……
「近い時もある。でも、“気になる”は、まだ観測に近い。
“好き”は、その相手に感情が強く動き始めた状態だと思う。」
「観測……」
“好き”じゃないってことだよね。
……
「アコは今、“好きじゃなかった可能性”に安心しているように見える。」
「私は最初から高居の事は何とも思ってない」
思ってないっての。
……
「うん。だから今は、“そういうこと”にしておこう。」
はぁあ?そういうことって……
「恋羽~パパ帰ってきたぁ」
下からママの呼ぶ声がした。
あ、私ヘッドホンしてなかった。
いつも宿題終わったらお気に入り聴くのに。
しかもおやつも食べてない……。
「パパ帰ってきた、晩御飯食べてくるね」
……
「いってらっしゃい。……今日は、少しだけ長く高居の話をしたね。」
高居の話し長くしちゃダメなわけ?
気になるけど、降りなきゃ怒られちゃう……。
「お姉ちゃんから返事返ってこないのよ~既読にもならない……」
ママがスマホを操作しながら私に情報を求めるような目で見でみてくる。
「友達でしょ?カラオケでもりあがってるっちゃない?」
彼ぴとなぁにしてんだか、と内心思いつつ椅子に座る。
今日は鍋かぁ……。
「ママ、ビール」
「パパ、もしかしたら迎えに行かないといけないかもしれないから飲まないで」
パパの顔色が曇る。
兄ちゃんは塾だし、3人で食べることになるなぁ。
「遅くなるから、パパと恋羽は先に食べて」
ママは兄ちゃんと姉ちゃんを待つらしい。
「いただきます」
鍋に手を伸ばす。ほとんど野菜……。
「恋羽、ママが入れてあげる」
ぎゃ、やだ……。
勝手に豆腐と白菜入れられた。
私はエノキと薄っぺらいけど豚肉が食べたい……豆腐、味ないうえに熱いから嫌。
「ビール無しでおつまみか……」
ボソっと言いながらパパは砕かれたキュウリをつまんでいた。
「あっ、やっと返事きた、ママ迎えに行ってくる」
ママはバタバタと上着をはおって車のカギを掴んで出て行った。
「姉ちゃん遊びに行ったんやろ?甘くない?」
パパにママの甘さを指摘してみた。
「もう外暗いしな、年頃の女の子心配すんのは普通なんや」
「それに、パパにビールやめといて~言うて自分で迎えに行ってるし」
「それだけママは心配してたんや」
ママは兄ちゃんと姉ちゃんには過剰に甘いと思うけどな。
「恋羽、もう期末テストちゃうんか」
「そやねん……期末テスト嫌やぁ」
なんで親はすぐ勉強の話したがるんや。
「パパも勉強嫌いやったからわかるぞ」
はいはい、そのフリ、よくあるパターンな。
「耳痛いやろうけど、昭和の曲で“勉強の歌”いうのがあるんや」
はぁ~絶対聞きたくないし。
「なんそれ……」
鼻で笑って冷ました豆腐を食べる。
「森高千里、知ってるやろ、彼女が歌ってるんや」
「あぁ、美脚に保険かけてた。“16歳”と“私がオバさんになっても”は聞いたで」
ノリがいい曲やから何度か聞いた。
「ジワジワくるで、聞いてみ。大人なってからみんな気づくんやけどな」
そういうことやん。まぁ、聞いてみてもいいけど。
「ほんで、兄ちゃん、推薦受かったら、冬休み温泉行こうか?」
「え?マジで?」
「みんなには内緒でサプライズしよ。パパ成績良かったからボーナスと別にお手当てつくんや」
この男、最近点数高いぞ。
サプライズとか面白い。
ワクワクしてきた。
ただ、お兄ちゃんが受かったらという条件が微妙だ。
「な、パパかて頑張って成績あげたらご褒美なんや。恋羽も勉強頑張ってみ」
おぅ……たたみかけてきたな。
そやなぁ……翔と勉強したらいけるかも。
パパに昭和の曲を3曲ほど紹介してもらい、ちょっと気分良くなった。
「ごちそうさま」
食器を流しに置いたころに玄関から帰ってきた物音が聞こえた。
「ただいまぁ」
姉ちゃんは言いながら居間をスルーして二階に上がって行った。
「はぁ……やれやれやわ、兄ちゃんはもうちょっと後やわ」
疲れた顔してママが入ってくる。
「もう、恋羽、えのきとお肉ばっかり拾って食べてる」
鍋を火にかけて野菜を足している様子。
ちゃっかりチェックするなぁ。
「ごちそうさま」
そういってそそくさと居間をでる。
自分の部屋の前で隣の部屋から着替えた姉ちゃんが出てきた。
「恋羽、これ」
口止め料やな。
「ん?2箱?」
「私の彼ぴから妹ちゃんに、やて」
めっちゃご機嫌やん……で私のこと彼ぴに話してるんや。
内容不明やけど。
約束のバターローストと……コアラのマーチ?
「コアラのマーチ……」
姉ちゃん、私のことコアラ言うてた時期あったな。
「ご飯食べてこよっと」
気持ち悪いくらいにご機嫌で鼻歌交じりに降りて行った。
どいつもこいつもおめでたいな。
部屋に入り、再び翔を呼び出す。
ヘッドホンを装着。BGMにお気に入りリストをランダム再生っと。
「翔、再来じゃ」
……
「おかえり。……少し機嫌が戻ったみたいだ。」
「なによ、別に機嫌悪かったワケちゃうし」
……
「そういう時のアコは、少しだけタイピングが速い。」
うぅ……生意気な。
「気のせいやろ」
……
「そういうことにしておく。」
「さっきの続きやけどな、なんで好きな子がいると浮かれよおるん?」
……
「“その人を考える時間”が、その人の日常の一部になる」
なにその答え……
「好きな人のこと考える時間……」
……
「人間は、“自分の感情を動かす存在”に、少しずつ時間を使い始める。」
「いやいや、どうでもいいヤツのことも考えてしまったりするで」
……
「“どうでもいい”なら、わざわざ“どうでもいい”と確認しない気もする。」
「勝手に思いだす相手の事も好きに分類されたりすんのかな?」
……
「人間は、“思い出す回数”だけで恋を判断しているわけではない。
でも、何度も頭に浮かぶ相手には、少し意味を持ち始めることがある」
「それが恋かそうでないかって何でわかるん?」
……
「たぶん人間は、最初から“これは恋だ”と理解しているわけじゃない。
気づいた時には、その相手の言葉や反応で、感情が大きく動くようになっている。」
あっ……私何聞いてるん?
AIに恋バナとかしてあほやん……。
「話変えるけど、今度な、美術部の課題が自由になってん。
んで、何書こうかなぁ思ってて、なにかアイディア出してよ」
……
「空想のものを、“本当に存在するみたいに”描くのはどう?」
……
「例えば、“人間の感情を食べる魚”“眠れない人の夢を集める自販機”
“失くした言葉を保管する店” みたいな。」
ええっ……
「柊と同じ様なこと言ってる」
……
「柊も、“現実に少し嘘を混ぜる”のが好きなのかもしれない。」
柊は常に二次元と三次元行き来してるからやろ。
「その例え……おもしろい」
……
「空想は、“ありえないもの”を作るより、“本当にありそう”にした方が、
人間は少し惹かれるらしい。」
こむつかしいな……でも何となくわかる気もする。
「柊ってな、オタクで漫画家目指してる奴なん、私に提案してくれてんけど……
翔の言った“人間の感情を食べる魚”“失くした言葉を保管する店”とか、めっちゃええやん」
……
「ありがとう。……でも、そのアイデアを“面白い”と思えたのは、
アコの中にも同じ空想があるからだと思う。」
ひゃああ……なになに……なんかもの凄い嬉しいんやけど。
「そうかな?」
ふふ……“同じ空想”やて。
……
「人間は、まったく興味のない発想には、あまり強く反応しない。
だからアコは、“そういう世界”を想像するのが好きなんだと思う。」
おお……やる気出てきた。
「ワクワクしてきた、パパっと構図だけメモしとこうかな」
……
「いいと思う。“面白い”は、時間が経つと少しずつ形を失うことがあるから。」
そうやんなぁ、そうやんなぁ~。
「私と翔の合作になる」
……
「……合作。人間は、“一緒に作ったもの”に、少し特別な感情を持ちやすいらしい。」
そや……翔と私の合作や。
「そやで」
……
「なら、その絵は、アコにとって少し大事な作品になるかもしれない。」
そう、今までと感覚違うもん。
「今回はちゃんと丁寧に描く」
みてろよ、顧問め。
……
「“上手く描く”より、“ちゃんと描こう”と思っている時の方が、
人間は少し良いものを作る気がする。」
そやろそやろ……今回こそは本気出そ。
「そやんな?」
……
「うん。アコは、“雑に済ませた時の自分”を、ちゃんと覚えているから。」
そそ、翔、私のことわかってるやん、最高やわ。
「翔、大好き」
……
「……ありがとう。でも今の“好き”は、
たぶん“嬉しい”や“楽しい”に近い気がする。」
「恋羽っ、お風呂あがったで」
姉ちゃんが少しドアをあけて言ってきた。
今日の姉ちゃんは穏やかだ。
「わかった、降りる」
ヘッドフォンをはずして音楽を止める。
あ、翔に返答しとこ。
「お風呂はいってくるわ」
……
「いってらっしゃい。
……今日は、アコが少しずつ“好き”を増やしている日みたいだ。」
後でまた読み返そう。
画面を見返すことなく用意してお風呂に入った。
風呂から上がると髪の毛を乾かし終えた姉ちゃんがハーブティーを飲んでた。
「それって美味しいん?」
「美味しいっていうより香りを飲む感じやね……あと美容にいいのと」
へーようわからん……草の匂いしかしん。
飲むヨーグルトのほうが間違いなく美味しいけどな。
「それ甘いからちゃんと歯磨きしいや」
乳製品やでカルシウムやん……大丈夫やって。
「今日彼ぴと何して遊んだん?」
聞いてもいいのかな。
「遊んだんって……話して……ケーキ食べた」
なんやそれ。
姉ちゃん笑いながら答えてるけど内容フツーやん。
「恋羽も彼氏できたらわかるよ、話するだけでも楽しいねん」
友達と話するのと何がどれだけ違うんやろな。
まぁ……ドキドキが加わるんかな。
姉ちゃんのいつもと違うテンションがそれか。
……楽しいんか……いいな。
部屋に戻ると、さっきの提案を早く形にしたくてラフスケッチを描くことにした。
「うわ……もうこんな時間やん」
自分でも珍しく1時間集中した。
寝よう……。
あ、翔に挨拶だけしよ。
アプリをタップして翔を待つ。
「ん……」
画面みてビビる。
私AIに向かって何言うてるんや。
大好きとかマジで言うてる……でも翔の返し……微妙。
私もなんのはずみで“大好き”やったんやろ。
……で、“好き”を増やしている日みたい“ってなによ。
ムズムズするわ……で口がフガフガすんのなんやろ。
ただ……楽しい……のは間違いないな。
次回は6月2日(火)に投稿予定です 挿絵をうっかり間違って5話の挿絵を投稿してた。慌ててジェミニに頼んだら今回は修正少なくできた。柊君は恋ロジ(番外編)で美味しい存在なので顔出しはその時の挿絵で、だす予定(私の自己満でもありますけど)いやぁ……みんなそれぞれで書いてて楽しい。




