第2話:強制召喚と、代理戦争①
急遽前編後編に分けました。
後編は本日の18時投稿になります。
王宮からの招待状。それは、辺境の技術者街で平穏を愛して引きこもる私にとって、実質的な「強制召喚状」に他ならない。
翌朝。
数人の侍女たちに包囲され、団欒室へと運び込まれた私は、不機嫌そうに顔を顰めていた。
「着飾るなんて時間も予算も無駄ですわ。技術者として呼ばれるのですから、油染みのついた作業着で十分! そうでなくて?」
子供じみた言葉で私は抵抗を続ける。しかし、リトニア家の使用人たちはこの程度では一切動じない。
(私への扱いが慣れきっていますわ……何か、何か手立てはありませんの……!)
家令のリチャードは、私の前方数歩先でお手本の教材の如く控える。視線一つで逃走を許さない、まさに堅牢な扉のような構えで立ちはだかる。
(あの王子の言うことを素直に聞くのは、なんだか釈然としませんもの! ……仕方ありませんこと?)
恨めしげな視線を家令に向ける――が、私の意思など素知らぬ風に、澄まし顔で見返されるだけだった。
「なりませんよ、お嬢様。王宮の敷居を跨ぐのに、そのように煤けた作業着で行くなど作法に反します。……因みにそちらの窓は、外から完璧に施錠しております」
(なんですの、その完全包囲網の鉄壁さは! 工具を出したところで逃亡不可能にするだなんて、容赦の欠片もありませんわね!?)
一方的な睨み合いと、無言の応酬。
やがて、私が諦めるしかないと、絶望の淵に立たされていた――その時。カチャリと小さくドアノブの音が響き、時間を再び動かすように扉が開かれた。
「お待たせいたしました、お嬢様。貴方の専属侍女、カトレアがただいま参りましたわ」
一つに結ばれた銀髪をふわりと靡かせ、恭しく頭を垂れる。その所作は庶民上がりとは思えぬほどの、見事な身のこなし。
――私の専属侍女、カトレアだ。
和らいだ蜂蜜色に慈愛を乗せた微笑みは、全ての者達を魅了するとまで言われている。巷の平民たちのみならず、貴族たちでさえも『傾国の侍女』だなんて呼ぶだけの説得力がある容姿だ。
(今日も無駄にキラキラしていますわね……。あら? 今日の香りはいつもと違いまして?)
そんな彼女が動く度に、周囲には甘さと涼やかさがふわりと香る。それは、『調香師』としての資格も得ている彼女が、独自で開発したフレグランスが鼻腔を擽る。
「そう言えば貴女、今日は用事があると聞いていたのだけれど。そちらの方は済んだのかしら?」
「はい。そちらは問題なく片付いたのですが、他に少々問題がございまして……」
「問題? それは何……って、えっ!? 本当に何ですの、その無駄にある謎の物体の山はっ!?」
彼女の背後には、馬車一台分はあろうかという色とりどりの「布の山」という背景。他所から見たら異様な光景だ。
「実は、お嬢様が本日より王宮へと出るとお聞きしたのですが、一向に決まらず……。それならばと、ドレスを全種類お持ちすることにいたしました」
「全種類!?」
「馬車を増やせば、どうという事は御座いませんでしょう?」
「当然、みたいな顔をしていますけれど、持っていきませんわよ! 全部クローゼットにしまっておいてちょうだい!」
私のクローゼットに入る隙間があるのならばの問題だが。そもそも私のクローゼットは無駄を嫌い、他のご令嬢が持つタイプより規格はうんと小さい。きっと倉庫行きになるだろう。
カトレアが衝撃を受けたようにカッと目を見開き、悲しみに嘆く。……が、私の方が嘆きたい。
「なぜ私の専属侍女はこう、変わり者なのかしらね……」
けれど、それがカトレアらしい、と言えばらしい。
「ふふ、お褒めに預かり光栄ですわ、お嬢様。……ああ、それと、こちらなのですが――」
耳障りの良い言葉だけを拾い上げる。聞いていないという事ではないのだろうが、私の些細な愚痴で挫けるような女性ではないのがカトレア。おずおずと私の前に一歩踏み出す。
「……何かしら? 何か言いたげですわね……。聞いて差し上げましてよ」
いつの間に持っていたのか、夕暮れのような鮮やかな茜色のドレスを私の前に掲げる。彼女は頬を染め、熱っぽい吐息を漏らしながらその一枚をうっとりと眺める。
「本日のドレスですが……、お嬢様の神々しさを全土に知らしめるには、この夕陽の光のように、視線を惹きつける一着こそが相応しいかと」
「全土に知らしめるって何ですの!? 私にとっては人生最大級の恥ですわっ! その重すぎる信仰心で、私の回路を焼き切らないで頂戴!!」
譲れない思いが駆け上がり、一気に加速する私の饒舌により騒がしくなった室内。そんな喧騒の中、音もなく背後に執事のクロードが姿を現した。
「失礼します、お嬢様。本日の装いと聞いて参りましたが……ああ、カトレアはもう用件は済みましたね?」
「クロード! いつも言っているけれど、音もなく背後に回られると驚くのよ! 少しはか弱き令嬢の心臓に配慮してくださる?」
「おや、それは申し訳ございません」
笑みを浮かべるクロード。きっと私があまりにも騒がしくて、気配に気づけなかっただけだと錯覚する。
(……それにしても、相変わらず非の打ち所がない所作ですわね)
甘さを残す目元はスッと切れ長で一見すれば理知的、けれどその風貌には冷徹さが隠せていない。右目下の泣き黒子はカトレアと対になっており、外見の色味はほぼ同色で、兄妹という関係値を即座に連想させる。
(けれど、一つだけ文句があましてよ……)
男女問わず虜にする『傾国の執事』と呼ばれる美貌を隠すため、私が作った魔導具の一つである、「認識阻害の眼鏡」をかけているが、機能しているようには見えない。
(私が心血注ぎ、何日も徹夜して組み上げたレンズの屈折率を、本人の美貌だけで貫通してくるなんて、なんたる屈辱……っ! 制作者としてのプライドは砕け散りそうですわ!)
気を取り直すように咳払いをし、彼に向き直る。
「それで、クロード、貴方の用件は一体なんなのかしら?」
「ええ、私からも是非お嬢様にお召し頂きたいものがありまして。それでは、こちらをご覧下さい」
恭しく礼を捧げる彼は、妹と入れ替わるように立ち並び、非の打ち所のない所作で私の前へとドレスを差し出した。それは、深夜の静寂を夜空に優しく溶かしたような、深い藍色のドレス。
「お嬢様という『至高の傑作』に相応しいのは、この一着のみかと。どうぞ、身に纏って頂ければ」
「あら、兄様……貴方まで何故ドレスを? あそこにある布の山、貴方に見えていなくて……?」
妹のカトレアは、「敬愛するお嬢様の素晴らしき生き様を、全土に説き伏せて差し上げましょう」と、至高の福音を広める「狂信的な奉仕者」。
兄のクロードは、「お嬢様の歩みを妨げる不浄は、この爆弾で跡形もなく完璧に消し去ったのち、お嬢様を閉じ込めて差し上げましょう」という、「無慈悲な番人」。
(……どっちも、私の制御を余裕で振り切る、高出力な忠誠心の持ち主ですわ!)
「うーん、迷うわね……。けれど、私だったら、このドレスより作業着――」
「あら、兄様。お嬢様のお着替えを、邪魔するつもりかしら? 支度を始めますので、早く出て行っていただけます?」
「邪魔をするつもりなど到底ないが。お嬢様の魅力を伝えるには、それだと些か物足りないだろう?」
右側からは、私の言葉を遮るように、身をずいっと寄せ甘く微笑むカトレアと、情熱を秘めた茜色のドレス。
対するクロードは負けじと、左側から攻め込み妖しく微笑むクロードと、深淵を形にしたような冥色のドレス。
そして――美の暴力によって眩しげに目を細める、中央の悪役令嬢(顔)な私。構図がまさしく、巷でいう「テンプレ」そのものであったのを、私は知らない。
――静かな火花が散る。
私を挟んでの、兄妹間で起きた熾烈な暴走。
迫り来る二人の美貌偏差値よりも、この混沌とした状況に私の回路は爆発した。
「私の『外装』で代理戦争をしないでくださいまし!! 適正スペックはとっくに限界突破していますわっ!」
その後、「ドレスの試着」という名の拷問をくぐり抜け、ようやく王宮へと向かう馬車に押し込められたのは、それから三時間後のことだった。
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ノアの観測記録:(Log-002A)
【観測】: お嬢様は、王宮からの「召喚状」を物理的に拒絶。
【警告】: 侍従兄妹の忠誠心が不具合を起こし、外装の想定枚数以上を確認。クローゼットの拡張を要検討。
【判定】: 自尊心の1ビット消失を予見しつつ、王宮行きの馬車への「強制乗車」処理を完了。
……いってらっしゃいませ、お嬢様。
【活動報告 / 後書き用】
7話まで、毎日18時に投稿を行う予定です!
しばらくは「タイトル詐欺(?)」のような展開が続くかもしれませんが、ぜひその変化もお楽しみください!
【※調査団のパトロンになりませんか?】
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ご意見・ご感想も、ドリルを止めてお待ちしております。
(※この物語は作者の妄想・パッション・ロマンにて世界観や魔導具が構築されております。多少のご都合主義は、技術屋の愛嬌としてご理解いただけますと幸いです!)




