閑話:予算の裏側
ーーエヴリン達が退室した数分後の執務室。
数日間に渡り、エヴリンの専属執事であるクロードや、予算管理の名目でつけていたノアからの報告。
それらをエカテリーナ夫人は一手に引き受け、家令のリチャードと共に情報整理を再び行っていた。
「リトニア号の修理費…これは必要経費として我が家の請求に上がるかと思ったのだけれど、王家からは経費で構わないと手紙を受け取ったわ」
夫人は目の前の書類の内容に目を通す。
「リトニア号、アースストライカー、そして、レオンの武器の消耗が一番の痛手で御座いました」
リチャードが報告書を眺めながら口にする。
「しかし、調査結果は成果も出した事で、改造費は別としても修理や新調の件についても補填対象内となっていたのは有難いですね……」
まとめられている書類の束を、一枚一枚確認するように目をを通し続ける。
そのリチャードの向かいでは、夫人が椅子に腰をかけたまま、同意するように深く頷いていた。
「扉を起動をしたのはリトニア家だけではなく、王家とも合意の上。更には、オーパーツの入手は王家からの依頼で、古代遺跡で起きた件は完全な事故であった、という点が大きかったわね」
破損理由が古代ゴーレムの討伐。
それだけでも報酬としてはSランクの魔物一体分の価値はあった。
「特務型ゴーレムと呼ばれる存在が特に被害は大きかったですからね」
「ええ……なんでも、文献ですら、あるかないか真偽は不明だった未知の個体だった訳でしょう?」
夫人は先ほど見ていた書類の山とは別の手前にある書類に手を伸ばした。
そこには、綺麗な字で整えられた報告書という名の、特務型ゴーレムに関する記録が記された一枚に目を通した。
「詳細についてもノアや他の護衛たちからも報告書をきっちり上げさせているわ。……ここの功績も考慮されたという事でしょうね」
その書類の山は、古代遺跡に関する調査報告書の山だった。
「左様で御座います。お嬢様ですら見抜けなかったトラップですし、何よりもそのような前例が無かったのです。不慮の事故……しかもそれを討伐成功させたのならば、お叱りを受ける立場ではないかと」
家令のリチャードは、エカテリーナ夫人にハーブティーのお代りを注ぎ労う。
今回は娘への心労もあっただろう、お叱りの言葉は最低限だったのも、母親として当然の言葉であった。
「その辺はまた王家との調整が必要にはなるでしょうが、問題は別にあるわ」
「市井での予算外の買い物に、魔導ドックで起こした一部の騒ぎや、ギルド周りの事でしょうか?」
エヴリン達、リトニア調査団の決算報告書の山に視線を向ける。
「こちらは辺境伯は特に不問とするとは言われましたが、しっかりとお気持ち代も乗せておくべきでしょうね……」
リチャードは苦労を忍ばせた色で呟いた。
「……はあ、あの子ったら……。外ではお淑やかにと言っても聞きはしないのだから……」
夫人は疲労が溜まった目元の痛みを和らげるように指先で揉んだ。
「お転婆さで言えば、奥様譲りな部分もありますが……」
リチャードがどこか懐かしむかのように言葉を漏らす。
夫人はその言葉数度瞬き、やがて何処か気まずそうに視線をそっと横に逸らした。
「どちらかと言えばお嬢様は技術者としての開発費が嵩張りますからね」
僅かに緩まった空気にリチャードは、和らげた声色で告げる。
「命あってこその技術よ、その好奇心で危ない橋を渡ろうとするならば、私は親として引き止めるわ」
夫人は疲労を残していた表情から一変し、表情が引き締まる。
緩まった空気も再び戻された。
「……ですが、王命で引き続き調査依頼を出されては、こちらも後手に回るばかりですね」
「今回は特例として、補填をかなり甘くされたけれど、次回からはこうはいかないわ」
リチャードの言葉に夫人は書類の文字を指先でなぞる。
「王家が権力と情報規制、辺境伯が武力と現場の人件費、そして我が家が技術と決断のコストを支払うことで、辛うじて三家の負担が分散になっただけですもの」
デスクの上に乗る書類の山。
その中にあるのは王家から届いた書類や、それとは別の辺境伯領から届いた手紙。そして、三家でやり取りを交わした密約。
「だからこそ、フェリクスを追加人員として配置されたのは、良かったことかと」
「そうね、彼は場の空気を読むのに長けているわ、だからこそカイルと二人であの子の暴走を止めてくれたら良いのだけれど……」
悩ましげな声を漏らす夫人。
「……あの子の個人的な開発費は削減と言う体で少しお灸をそえましょうか。レオンの武器に関しての補填まではきいても、他の消耗品は激しかったもの。少なくとも我が家で出さざるを得ない部分だわ」
頭が痛い案件だと言いたげに、額を抑えて項垂れた。
「ええ、それが無難かと。お嬢様の個人の資産はまだありますし、旅をしながらであれば大規模なものは作れない……筈ですが」
リチャードは夫人に燐憫の視線をそっと向ける。
「……あの子は時々威力や仕様がとんでもないものを作り出す子な上に、予想外の事を引き起こすものね……」
夫人は静かに、だが苦労を乗せた溜息を零した。
「リトニア家の技術者集団は前進あるのみ、という方針ですし……必要経費がこれ以上、圧迫されない事を祈りましょうか」
苦笑混じりに夫人が告げる。
リチャードは観念したように静かに頷く。
けれど、その瞳は僅かに心配混じりの、けれど母としての温もりは残っていた。
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※本作は作者の妄想・パッション・ロマンで構築されています。
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