第33話:王太子と胃痛の謁見
私は、王宮へ向けてリトニア家の家紋が掲げられた馬車に乗る。
カトレアに選ばれたのは、令嬢らしい今時の流行を詰め込んだ紺色のドレス。
(いつもの作業着の方がまだ落ち着きますのに……。せめて移動中くらい、もっと楽な格好でも良くはなくて?)
しかし、これでも私は子爵家の令嬢だ。この日ばかりは「令嬢」という仮面を被る。
(貴族の娘として、品格を落とす訳にはいきませんものね……)
淑女らしい顔つきを作り、私は完璧な武装を纏っていた。
「エヴリン、疲れは出ていないか?どこかで休憩したくなったらいつでも声をかけるんだぞ」
「まだ馬車に乗って数時間ですわ、お兄様。それに、この馬車だって他所の馬車に比べたら快適ですもの。大丈夫ですわ」
「ヴィンス……過保護になるのは分かるが、エヴリンとてもう子供じゃない。何かあれば声をかけてくるだろう」
「そうですね……先日の調査の件もあって、どうにもまだ落ち着かず……」
そこには当初の予定通り国家魔導具技師としての私、父、兄という、まるでこの調査をする前と同じように見事揃った三人組である。
リトニア号の賑やかさとは違い、馬車には私たちのみ。他にはいつもいた護衛は誰も居らず、穏やかな空間が広がっていた。
(この静けさ。今までの私だったら気にもしなかったかもしれませんわね……)
いつも私の傍で紅茶を淹れる為に控えていたカトレアや、クロード。向かい側に座るレオンという絶対的な守りの安心感に、いつの間にか慣れてしまっていたようだった。
「今回は調査結果についての報告だが、これについては王太子殿下にも、実際に目にして貰わねばならん」
私の思考が彼方へと向かっていた矢先、お父様の低い声が耳に通った。
「え、ええ、そうですわね。
俯きかけていた顔を上げ相槌を打つよう頷いて見せた。
けれど、お父様の言う調査結果。その言葉に私の思考はまた沈み始める。
(……なんだか、不穏で不吉な予感が、ジリジリと私の耳元に迫っているような、そんな嫌な感覚がしますわね……)
しかし、そうは言った所で逃げられる事ではない。
それに、私はあの日、逃げないと決めた。
(……そうですわね。ここで怖気付いては、今までの苦労も。折角の経験も活かしきれませんわ)
私は自分を鼓舞すべく、気合いを入れるよう静かに息を吸い込む。そしてーー。
(女は度胸と鋼鉄のような、真っ直ぐな根性ですわ!!)
リトニア家令嬢として、そして母からの教えを受け継ぐかのように、私は決意を胸にした。
◇
ーー数日後。
時々寄り道をしながらも事件も起きることはなく、私たちはとうとう王都へと踏み入れた。
白亜の門は、私たちを迎えるように厳かに開いた。
あの日とは違い、蝶番の音は異音もなく正常を示していた。
(相変わらず、此処は油断ならない場所ですわね。……緊張感が前にも増している気がしますわ)
馬車が門を潜り通り過ぎ、私たちが訪れたのは王宮の中にある一つの部屋。
「やあ、久しぶりだね。エヴリン譲。君が無事戻ってきたようで安心したよ」
そして、前回と変わらないゲストハウスで迎えてくれたのは、王太子であるアルフレート殿下。
「ふふ。お待ちしておりましたわ。エヴリン譲。……さあ、先ずは皆様そちらに腰をかけて。ゆっくりと調査のお話を聞かせて下さいな」
そして、フローラ王太子妃の二人であった。
◇
対面するのは私たち一家三人。
前回と変わらぬ面々が揃った。
だが、しかし今回はそこに一つの異物が混ざり込む。
向かい合う私たちの中央を隔てるテーブルの上に、古代遺物の頭部、『オリーブ』は、誰かが用意してくれた赤いクッション入りの台座の上に鎮座していた。
「エヴリン嬢……この古代魔導人形に危険性は無いんだね?」
「ええ、勿論ですわ!頭部だけというのも有りますが、危険性は確認されておりませんわ」
私に聞いておきながら、殿下は父に目配せをする。そして、当主である父が無言で頷き返すのを見て納得したようだ。
「ふーん……。まあ、君たちが調べてそうだと言うのなら、確かに問題はなさそうだね」
前例のない個体な為、完全にクリアとは言いきれない部分はある。
(けれど、万が一の時はお父様の魔導銃もあるし、私のドリルやハンマーもありますわ……)
私は確認するようにドレスの隠しポケットを指先で確認した。けれど、その道具たちは今は私の心を安心させる為の道具ではなかった。
「問題があれば、即座に封印、若しくは破壊といった事も視野には入れていたのだが、実際に見た所、本当に何も出来そうにはなさそうだ」
そう、此処には私たちだけではなく、王家のプロフェッショナルたちが配備されているのだ。
視認は出来ないが、今も何処かで潜んでいるのは間違いない。彼らならば、私たち以上に的確に処理も出来るだろう。
(とは言えど、オリーブにそんな事はしたくはないから、是非大人しく過ごしていて欲しい所ですけれど……)
複雑な心境になり、視線を僅かに落としてしまう。するとーー。
『脅威判定……心拍数、瞳孔、体温……計測完了。破壊が本気デアルト確認。……マスター、エヴリン・リトニア。此処ヲ、”ドリル”デ再定義シマスカ?』
私の複雑な心を砕くような無機質な音声が、その場を支配する。
「なっ!何を言ってますの!?不敬罪でしょっ引かれますわよ!?」
オリーブの物騒な発言に私は目を剥く。
「私はそんな物騒な事しませんし、思った事もありませんわっ !!」
そして、即座に音声スピーカーをガッと掴み抑える。
(何なんですの!!この魔導人形は!!いくら古代遺物とは言え、過激すぎやしませんこと!?)
心臓がバクバクと激しい鼓動を打つ。
尋常じゃないほどの冷や汗が背中を流れる。
「……ああ、君たちには国家転覆の意思がないことは、既にこちらは把握しているから大丈夫だよ」
続けて「オリーブの発言は不問とする」、と王太子自ら宣言した。
私たちはほっとしたと同時に深々と頭を下げる。
(よ、良かったですわ……背中の汗は止まりそうにありませんけれど)
「オリーブ。貴方の発言は心臓に悪いから、出来れば静かにしていて下さいまし……」
居心地の悪さに私はチラッとオリーブを見上げ、小声ながら苦言を呈した。
『……承認。マスター・エヴリン、貴方ノ意思ヲ、”最重要事項”トシ、沈黙シマス』
「そ、そこまで優先しろとは言ってませんわよ!」
私とオリーブの小さなやり取り。
「んっ、んん!」
それを諌めるように、父の大きな咳払いが響く。
「あっ……」
私は意識を戻し、王太子殿下へと顔を向けた。
「……ああ、いいよ。気にせずに楽にしてくれ」
「は、はい……。あの、有難う、御座います……?」
微笑みを讃える王太子殿下に、意味もなく一先ずと言うように言葉を返す。
殿下の隣に腰掛け、我関せずというようにただ黙って微笑み続けるフローラ様に私は視線をチラチラと向ける。
だが、私と王太子殿下の言葉以降、誰も言葉を話さず沈黙の時間が流れる。
そして、数秒後ーー。
王太子殿下はテーブルの上を一度トンと軽く叩く。
それを合図に口を開いた。
「この古代魔導人形の名はオリーブと命名されたと言うのは本当のようだね」
私からオリーブへと視線を向けられた。
「申し訳ございません。私たちの意に反する、不測の自体。故意ではなく、事故でしたので……」
「そうだろうね。……ああ、予測はしていたよ」
王太子殿下の言葉は硬い。しかし、それだけではないと言うように表情が僅かに曇っていた。
「……はあ、本当に君って子は……」
重い溜息と共に告げられた言葉。
そして呆れ混じりの瞳が、私に向けられる。
(どうせ私たちの事だから、ちょっと手を出したらとんでもない展開になった!なんて、この王子にはお見通しでしょうね……)
返す言葉など勿論ない、反省の意を見せるように私は頭をスッと下げる。
チクチクと頭頂部に痛いほどの視線を感じるが、こういう時は素直に受け止めるのが鉄則だ。
「……夫人からの報告書通り、この古代魔導人形は君をマスターとして認証した。それに間違い無さそうだね」
淡々と告げる王太子殿下。
「はっ、はい……!」
その温度に私の緊張感は高まり、返事が上擦る。
「けれど、これは私利私欲で主人になったとか、そういう事ではありませんわ!」
私は間を置く事なく続けて言葉を放つ。
「古代の技術に惹かれはしましたものの、決して不純な動機などではーー!」
「ああ、大丈夫だよ。それは分かっている」
私の勢いを静止させるかのように殿下は片手を私の前へと向けられ、口を噤んだ。
「君のその引きの良さ……最早、運命と言うべきなのか。何とも言い難い、歯車が噛み合った結果だと言う事はね」
忠告だろうか、それとも危険視されているのか。
ゴクリと固唾を飲む。
隣にいる父や兄たちの気配が強張るのを肌で感じた。
「そもそも、この魔導人形については先日の出来事も詳細は報告に上がっている。それは問題ないから安心したまえ」
強張っていた表情を緩ませ、ほっと胸を撫でおろす。
(資格の剥奪……若しくは『調査団』として、何らかの責任を取らされる事は、なさそうですわね……)
「だが、何のお咎めなし、というのも些かこちらの面子というものがあるのでね。……リトニア卿、分かっているだろう?」
重々しい声音でお父様に告げる。それは、王太子殿下として威厳のある言葉。
姿勢がスッと正され、小さく顎が引かれる。
たったそれだけの仕草で、気配にも厳格さが浮かび、王家としての姿を見せた。
「……はい。全ては王太子殿下の思うように」
父の頭が静かに垂れる。
「それでは、私の……いや、王家総意の元、沙汰を告げよう」
王太子殿下は、それを見て淡々と告げる。ーーだが。
「……と言う事で、エヴリン嬢。君の父上は大変物分りが良くて、助かる方だね」
一拍置いて、軽やかな口調で言葉を放つ。
にこり、と浮かぶ満足気な笑みを浮かべる王子の顔。
(しまった!これは、謀られましたわ!!!)
気付いた頃には既に遅く、私は引き攣った笑みを返した。
「引き続き、この件の調査と管理を頼むよ。」
楽しげな王子からの、継続の調査依頼が下された。
「はい……拝命しました……」
(言いくるめられたなんて知られたら、お母様にまた怒られますわ!!!)
こうして私は、この件の調査と管理を引き続き任されることになったのだった。
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ノアの観測記録:(Log-033)
【観測】:王家による監視・保護体制を確認。危険度評価は保留。
【確認】:お嬢様の調査任務継続を確認。
【予測】:今後も想定外イベント発生確率、高。
……お嬢様の日常に、平穏は戻るのでしょうか。
【活動報告 / 後書き用】
定期更新:水・金 18時
【※調査団のパトロンになりませんか?】
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作者の魔力は、皆様の評価でチャージされます。
どうかエヴリンたちの物語を応援してください!
ご意見・ご感想も、ドリルを止めてお待ちしております。
※本作は作者の妄想・パッション・ロマンで構築されています。
多少のご都合主義は、技術屋の愛嬌としてご理解いただけますと幸いです。




