第32話。初代様は掘削人。
オリーブの命名から数日後――王宮へ向け出発する朝のこと。
朝食を終え、準備も万端だと私室で寛いでいた、そんな時。
ーーコンコンコン。
予定よりも早いノック音が響く。内心驚きつつも扉を開ければ、その先に居たのは、お兄様の姿だった。
「エヴリン、今時間はあるか?」
「あら、お兄様!ええ、勿論。まだ今日のドレスが決まっていないとかで……その間なら、時間は有りますわよ!」
「悪いな、支度の最中だっただろうに」
毎度の事ながら、外に出る時は大体がカトレアの衣装選別に時間がかかる。私は兄を私室に迎え入れ、自動魔道給湯器を使い、珈琲を淹れる。
「構いませんわ!出発前も近いのだからと、工具も取り上げられてしまいましたし。それに、工房に今引き篭ったら絶対に出てこないからって、皆に止められてしまって……」
「それはそうだろう」と呆れ混じりの兄の視線が、私の顔にぐさぐさと突き刺さる。
(うっ、無言なのにお兄様の言いたい事が、脳内で勝手に再生されますわ!
どうせ私のことだから、また魔道具の改良をし始めて、翌朝まで工具片手に暴走するとか!!皆と同じ事を言うのでしょうね!)
けれど、兄も兄で私と対して分からない行動をしている事に自覚はあるのだろうか。ジッと不満気に見つめ、頬を膨らませていれば、その視線に気付いた兄は私の頭をポンと軽く撫でた。
「そう怒るな、エヴリン。ほら、お兄様にいつもの可愛い笑顔を見せてくれ」
「もう!いつもそうやって誤魔化して……!ふん、仕方ありませんわね、……まあ、今回は時間も限られていますし、許して差し上げますわ!」
カシャ、と小気味良い駆動音と共に、室内に広がるのは香ばしくもほろ苦い香り。カップに注がれたそれをソファに腰掛ける兄の前に出し、私は自身の紅茶を淹れると対面に座った。
「実は、オリーブの件で話しておきたいことがあるんだが……」
「オリーブの?ああ、あの子がまた何か余計なことを言いまして?あの子ったら、私の髪型をみて、やれドリルのようで前衛的だのなんだの口が悪いのですわ!!」
私室に置いている時は、オリーブに話しかける事もあるのだが。あの子は私の髪型を見ては、角度が0.3ミリズレているだの、鋭利に見えるが工具かなどと失礼なことを口にする。
その癖、肝心の自身の個体の記録は封印されているだとか、破損しているだとかで、復旧に暫く時間がかかるそうで、有益な情報は得られなかったのだ。
「さっきメンテナンスにと、ノアが地下室へ連れて行ったから、今しかタイミングがなくてな」
(という事は、オリーブには聞かれたくない話があると言うことですわね。……もしかして、何か不具合でも見つかったのかしら?)
内心落ち着きはなかったものの、動揺を表に出さぬようにカップの取っ手を握る力を込め、私は言葉を飲む。そして、大丈夫だと言うように、兄の言葉を静かに待った。
「エヴリンも我が家の歴史……初代様の手記は分かるな?」
「それは勿論、当然ですわ! 初代様がいたからこそ、私たちリトニア家はこうして繁栄しましたし、家宝であるドリルのルーツもその初代様が大いに関わっているではありませんの」
「ああ、その手記について、改めて読み直した所、気になる点を見つけたんだ。あくまで初代の手記による推論だが、古代魔導人形の各部位は分散している可能性がある。他に裏付けとなる文献はなく、詳細は不明だ」
(それならば、この件での情報はこれ以上は出てきそうにありませんわね……)
「その初代様だが、自身は掘削家として知られている。そして、元はこの地は辺境伯領として広大だった土地で、そこを我が家に預けられた経緯があるのは、お前も知っているな?」
「ええ……ですが、それとオリーブの件、一体何が関係していますの?」
「……頭部は、このリトニア領に埋まっていたものらしい」
オリーブという古代遺物が何故うちの倉庫にあったのか。確かにそれも謎のままだったのだ。だがそれがやっと今、判明した。初代様がこの地を掘り当てたうちの一つだったという事だったのだ。
「お前達が調査に行っている間、倉庫や本棚を片っ端から片付けて探したんだが、他には情報がいまだに見つかっていない。力になれずすまない」
そう言って兄は小さく肩を落とすが、私は慌てて首を横に振り、否定の声を上げる。それを見て、どこかほっとしたように表情を緩ませた兄は、真摯な瞳をこちらへ向け直して言葉を続けた。
「頭部自体に関しても、父上やおじい様も調べたが、危険性はないと判断した。……我々の技術力では到底解析不明な、未知の遺物であるのは確かだ。見落としはあるかもしれない……くれぐれも注意して見ておくように」
「はい……私がオリーブの主人になってしまったんですもの。その責任は必ず果たしますわ」
決して軽いものではない、所有者としての立場。私は口元を引き締め、神妙に頷き返す。
「壊れるかは分からんが……家宝のドリルならば、もしかすると核ごと貫けるかもしれない。……万が一の時は、覚えておくように」
重く告げられた言葉は、私の耳に深く残った。
決して安易には破壊してはならない。だがそれ以上に、私たち末端の貴族としては、国に、王家に対して何かしらの被害が向かぬよう努めるのも家臣の役目。
脅威となるならば、持ち主が責任を持ち破壊する。それが主人としての最低限の義務だ。
「ですが、そうならないように、しっかりと見張っておきますから、どうかご心配なく」
(私はオリーブの開発者ではありませんけれど、他人に危害を加えることがあるなんて、同じ技術者としての立場を考えると、その制作者とてきっとそれは望まないことでしょうね……)
オリーブの姿を脳裏に浮かべ、唇をそっと噛み締める。私のエゴになるが、そうであって欲しいと、遣る瀬無さに手を握りしめ、静かに思う。
「……いつも気にかけてくれて。ありがとうございます、お兄様」
「俺たちの可愛い末っ子だからな。特にお前は危なっかしくて見てられん」
余程沈んだ面持ちをしていたのか、そんな私の様子を見て兄は場の空気を変えるよう、苦笑混じりに笑う。いつもの過保護な兄の軽い声色と表情。
それを見て肩の力を抜くと、呆れ混じりの溜息を零した。
「……ふふ、昔からお兄様は過保護ですわね?」
「お前のお転婆が過ぎるんだ」
お互いに顔を見合せ、私は兄の過保護な顔を見て小さく笑みを浮かべる。兄はやれやれと言いたげに肩を竦め笑い返す。
似た者兄妹の私たち。緊張を解くように、温くなった紅茶を飲み一息つく。静かに進む時間、けれどそれは嫌な沈黙ではなく、互いに気を許し合った家族特有の和やかな空気感だった。
暫く二人で取り留めのない日常会話という魔道具に関する意見交換をしていれば、扉からノックの音が響いた。
「お嬢様。本日の装いが決まりました」
「ああ、ほら、支度の時間だ。カトレアが呼びに来たぞ」
カトレアの穏やかながら、どこか弾んだ声に私の意識は遠くに行きそうになる。しかし、ここで現実逃避した所で状況は変わらない。私はお兄様に小さく会釈をし、扉へ向かった。
「……はあ、仕方ないですわね。覚悟を決めて来ますわ。それでは、また後で」
「ああ、行ってらっしゃい」
私たちはあの時と同じように、次なる戦場――王宮に向かうべく、正装を整え始めた。
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【観測】: 王城へ出発前、長兄様とお嬢様の極秘会談を検知。家宝のドリルによる『対古代遺物用・強制粉砕プロトコル』の共有。
【確認】: その頃、地下室にてオリーブの初期メンテを実行。現段階での脅威度は極めて「低」と判定。
【判定】: ……なお、カトレアの選んだ本日の正装は、お嬢様の外見ラベルを通常の30%増しにする戦闘服の模様。
……観測を継続します。いってらっしゃいませ、お嬢様。
【活動報告 / 後書き用】
定期更新日は水・金の18時です。
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(※この物語は作者の妄想・パッション・ロマンにて世界観や魔導具が構築されております。
多少のご都合主義は、技術屋の愛嬌としてご理解いただけますと幸いです!)




