第31話:再定義と命名②
「マスター・エヴリン・リトニア。 本機二、命名ヲ」
「えっ。い、いきなり言われても困りますわ!自分の制作物ではないのですし! 」
無機質な古代の声が、私の脳を限界まで加速させる。そもそもどんな意図でどの用途で作られたのかすら不明なのだ。
そんな作品に対しての命名など、自作の魔道具と同じようにポンポン名称が浮かぶとは思わないでもらいたい。
しかし、私の叫びなど聞こえないというように、古代遺物は沈黙という謎の圧をかけて来ては、私の焦りを助長させる。
更には家族の熱い視線に、口を噤む。
数秒の間。
とうとう私は根を上げて無い語彙力を必死で駆使していった。
「……ええい、こうなったら、『ポチ』! いえ、『ギガンドズ』! もしくは『超合金ドリル三号』はどうかしら!!」
『――認証エラー。マスター、ソノ名称ハ本機ノ美学……論理ニヨリ、拒否シマス』
モニターに真っ赤な『ERROR』の文字が躍る。
文字が理解出来なくとも分かる。
言葉通りの拒絶の色だ。
「じゃ、じゃあ、『ネジマキ・ネジ子』! 『超・高性能くん120%』!『デバックちゃん』!!さあ、どうかしら!?」
『――認証エラー。知的生命体トシテ、尊厳ヲ損ナウ恐レ有リ。……再命名シテ下サイ』
「何故ですの!?私らしい非常にチャーミングで素晴らしい名付けだと思うのだけれど!」
私と古代遺物とのやり取りの裏で、見守る家族たちの反応は真っ二つに割れていた。
「……エヴリン、それは流石に、お前のネーミングセンスを疑わざるを得ないぞ」
「古代遺物に『ネジ子』はあんまりだ」
お兄様が額を押さえ、父と冷徹にツッコミを入れる。
そして、眉間のしわを深々と揉みながら静かに項垂れていた。
「……頭が痛い。予算だけでなく、家の名声まで削られるのか……」
と絶望の声に沈んでいた。
◇
一方、その背後では――。
「素晴らしい! さすが我が末孫! 独創的! 破壊的!技術者らしい圧倒的センスだ!!」
おじい様だけが、孫娘の迷走を全力で肯定の声を上げていた。
工房の隅でリトニア家に謎に伝わる「歓喜の掘削ダンス」を披露していた。
(私の何がいけませんの!?いつも通り、愛らしさと美学を詰め込んだワードを選んでいますのに!!)
そんな一名の賑やかな気配を私は気付きもせず、ああだこうだと苦戦する。
思いつく限り、次々とワードをぶつぶつと並べ立てるも一向に肯定の返答はない。
悪戦苦闘の大混乱。
それを見守っていたノアはそっと私の傍に寄り、宥めるように声をかけた。
「お嬢様、落ち着いてください。深呼吸をして、脳内の回路をデバッグすると良いかと」
「ノア!……確かにそうね、ちょっと怒涛の展開過ぎて焦り過ぎていましたわ」
「そのようですね。はい、息を吸って……そのままゆっくり息を吐いて下さい」
「スーーハーー……」
ノアが放つリズムに合わせて深呼吸を繰り返す。
そして、落ち着いた頃。私の脳はようやく冷静を少しずつ取り戻していった。
(ふう、……よし!整って来ましたわ!……けれど、少し疲れましたわね)
自覚すると倦怠感がどっと押し寄せてくる。私は一休みしようと辺りを見渡す。その時、ふとノアの指先に視線が向いた。
その手には、私がプレゼントしたお菓子袋。あの中にはまだ飴玉が入っているはずだ。糖分の補給をすれば、一度落ち着いてまた名案が浮かぶだろうとふと思い立つ。
「あ、ノア。その『オリーブ』のお菓子袋の中身だけれどーー」
疲れを癒そうと、縋るようにその模様を呟いた、その瞬間。
『――認証成功。個体名称:【オリーブ】。――良イ命名デス。マスター、現時刻ヲ以テ、本機ハ「オリーブ」ト命名』
モニターに穏やかな緑色の光が灯り、あんなに拒絶していた古代遺物ーーオリーブが承認の言葉を告げた。
まるで先ほどまでのやり取りの記録など一切なかったかのように、従順な輝きを見せ始めた。
「まだ命名はしておりませんわよ?!何故!何故ですの!?」
突如承認をするオリーブに、私は思わず声を上げる。
「……『ポチ』は拒否して、『オリーブ』なら即座に承認。……この古代遺物、意外と計算高いというか……」
お兄様が、複雑な表情で起動したオリーブを見つめて呟く。
釈然とはしない。
けれども、自分のやらかしが奇跡的に終息し、私は安堵の溜め息を漏らすのだった。
「……だが、これを、どうやって王太子殿下に報告すべきか……悩ましいな」
「 予算を溶かし、不協和音を撒き散らし、挙げ句に古代遺物の主人になったなど……先が思いやられますね……」
聞き流していた父と兄の会話に、ピクピクと私の耳は反応を示す。
(聞かなければ良かったですわ……)
激しい胃痛に悶え、自分の腹部を抱え込む。
傍らではノアが無表情に、けれどどこか観察するように起動したオリーブを見つめていた。
お父様とお兄様は「リトニア家の今後」を思い浮かべては、重いため息を交互に吐き出している。
(そう、何も気づかなければ、そのままおじい様のように単純に喜べますのに……!!)
正式に工房の隅では、歓喜の舞を踊り狂っていたおじい様が「ぐぎっ」という鈍い音と共にギックリ腰を発症し、悶絶していた。
賑やかと言うより、混沌の絵図。
これこそがリトニア家の日常であった。
「けれどその前に、説明せねばならい人が居ますわね……」
私の何気ない呟きに全員の動きが固まる。
そう、最大の恐怖。それは地上で待つお母様に、この「やらかし」をどう説明するか。
各々の視線が現実を直視したくないと、そっと逸らされた。
「……ノア」
「……畏まりました。あとの事はお任せ下さい。……何とか、善処します」
ノアの静かな声。
だが、そこには何処かいつもとは違い、迷いの色が浮かんでいた。
「ごめんなさい……」
流石の私も面目の無さに、素真面目に謝罪を告げる。
すれ違い様に、ノアの肩を叩くお父様。
頭を撫でるお兄様。正式におじい様は哀れみと怯えの色の瞳を浮かべていた。
私たちは各々部屋に逃げ込んだ。
問題は先送りにする。
これもリトニアの技術者流だ。
◇
――数刻後の自室。
ノアの手によって、私室に新たな「台座」が運び込まれ、その上には最高級のふかふかなクッションが敷かれていた。
そこには、静かに光を失った(スリープモードの)オリーブが鎮座する。
役目を終えたノアが去り、部屋に本当の静寂が訪れた。
月明かりが差し込む窓辺のすぐ側に、豪華なクッションの上に置かれた「古代の遺物」。
私は恐る恐る指先で、オリーブの冷たい金属の肌をそっと撫でる。
「……オリーブ」
その名を呼ぶとモニターの奥で、小さな、本当に小さな青い光が呼吸するように明滅する。
正式に、誰にも聞かれないような小さな声で、その深淵へと問いかけた。
「……貴方、私に何をさせたいの……?」
ハンマーで叩き、ドリルで穿ち続けた旅の果て。
護衛たちと共に手に入れた、意志を持つ古代遺物。
その答えは、夜闇の沈黙の中で語られる事はなかった。
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※本作は作者の妄想・パッション・ロマンで構築されています。
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