第31話:地下のお弁当箱①
リトニア本邸、地下工房。
そこは最新の魔導技術と、歴代の主たちが注ぎ込んできた場所。
情熱という叡智の詰まった、国家機密の一つである工房。
中央に鎮座する不気味な「古代魔導人形の頭部」を囲んでいるのは、リトニア家の直系である、私たち国家魔導具師の四人と、観測者であるノアの計五人だ。
「ええい、このいけずめ! わしらの『ドリルとロマン、情熱と魂』の説法をしてかれこれ三時間だと言うのに、なぜ反応せんのだ!」
おじい様が、自身の設計したボーラー様の、模型ドリルを振り回しながら果敢に頭部と対峙していた。
実は私たちリトニア調査団が古代遺跡に行っていた間も、居残りの者たちは日夜研究を続け、更にはこの数日間は非常に濃い、激闘を繰り繰り広げていたらしい。
手始めにと何故か熱いドリル論をぶつけ、時には「おじいちゃんと一緒に学ぼう」という自作の絵本を子へ向けるように読み聞かせ。
挙句の果てには「わしの情熱を無視するとは、とうとう反抗期か! もう構ってやらんからなっ!」といじけて見せたという。
「……先代様、落ち着いてください。その個体は感情で動いているわけではありません」
感情の薄い瞳にやや呆れを見せるノアが淡々と宥める。しかし、その言葉を告げるや否や、「お菓子袋」から飴玉を口に入れた。
(分かるわ、ノア。おじい様といるとカロリーを過剰に消費しますものね。おじい様も、ノアの気苦労を少しは考えて、空気が読めれば良かったのでしょうけれど……)
私は自分の事は棚に上げ、こっそり心の中で思う。
傍らでは、お父様とお兄様が腕を組む。その表情は真剣な、けれどどこか楽しそうな面持ちで、古代魔導人形の頭部を見つめていた。
「父上、やはりエヴリンが持ち帰った『中身』がなければ、この古代のコアは復旧せず、魔回路にも接続できないのではないでしょうか」
お兄様は手元の魔導書と照らし合わせながら、冷静に分析する。
「うむ。エヴリンが想定より予算を多く溶かしてーーいや、命懸けで持ち帰ったオーパーツだ。それと適合するものだろう」
お父様の「予算」という単語に私はピクリと肩を揺らした。だがそこよりも、このオーパーツ……『ブラック・ボックス』が本当にあの魔導人形の中身であるかどうかは、まだ誰も分からないのだ。
(……なんですの、その家族全員の熱い視線は……!)
家族の期待が私……ではなく、手元にある『ブラック・ボックス』に向けられていた。
頭部の示した座標地点は間違いなくシギルの古代都市であったのだし、あの特務ゴーレムが守っていたオーパーツだ。可能性は十分に高いだろう。
「解析ログを確認してください。古代文字のデータベースと照合しても、同一の言語がなく、返ってくるのは意味をなさないノイズばかりでしたが……妙です」
ノアが指し示したモニターには、解読不能な文字列の隙間に、いくつか断片的な単語が浮かんでいた。
『Memory……Lost……Master……』
おじい様ですら解読不明だという、奇妙な形のワードに工房内に不穏な空気が漂う。
「以前もですが、この頭部にお嬢様が近づいた時だけ、一瞬、魔力波形が乱れるのです。……まるで、特定の生体パルス、あるいは『リトニアの血』を待っているかのような……」
ノアは迷うように、何処か確信を得られないと言い淀む声色に、私も困惑の面持ちを向ける。
「……お嬢様。その『ブラック・ボックス』を持って、もう少し近くへ」
私は危険物の取り扱い時と同様に、慎重に箱を抱え直した。そして一歩ずつ、奥に鎮座する頭部へと意識を向ける。
「……わ、分かりましたわ。私が持ち帰ったオーパーツですもの。私の手で、この古代遺物の正体を暴いて差し上げてよ!!」
お母様の「開封厳禁」という警告を心の隅に送りやり、一歩、また一歩と頭部ユニットへ近づいていく。
緊張でじんわりと汗ばんでいるせいか、『ブラック・ボックス』は、かすかに熱を持ち始めたように感じる。
正式に目の前で立ち止まり、手元の箱と頭部を観察する。
じっと目を凝らし数秒。
家族全員とノアが静かにその時を待つ、だがーー。
「……何も起きませんわよ。きっと、これ、ただの頑丈な古代の弁当箱……」
言いかけた、その時。
ーーブォンッ。
空気を切り裂くような音が響き、暗かった頭部のモニターに「青い光」が灯った。
私たちの顔を青白く照らし出すその光は、昨日までの沈黙が嘘のような、ゆらゆらと漂う。古代ゴーレムと同じ魔力を垂れ流し、「存在感」を放ち始めていた。
「……あ、あら? 魔力が、勝手に吸われるような……?」
地下工房に満ちた青い光に家族全員が息を呑む。それは私が持つ『ブラック・ボックス』に呼応し、脈動するように明滅する。
「……お、おじい様! お父様! これ、勝手に光りだしましたわ! 起動を止めるに、止められませんわよ!?」
「おお……! 共鳴か! エヴリン、そのまま離すでないぞ! 何が起きるか分からん、一定値の出力で保持するのじゃ!」
おじい様が興奮で鼻息を荒くする。お父様とお兄様も、未知の技術を前に息を呑み、その一挙手一投足を注視していた。
(……何も解析できなかったってことは、もしかしたら別のもの、古代の不燃ゴミとか……)
そんな私の淡い現実逃避を、粉砕した。
突如、『ブラック・ボックス』の蓋が、まるで意志を持つように滑らかに展開した。
中から現れたのは、緻密な魔導回路が幾層にも重なった、奇妙なパーツだった。
それは重力を無視してふわっと浮かび上がると、何かに吸い寄せられるようにモニターの中へと吸い込まれていった。
「えっ!? ちょ、お待ちなさい!! それ! 食べたらダメですわよ!?」
「お嬢様、落ち着いてください。それは捕食している訳ではなく、元の位置に戻っただけ……という事は、これは間違いなく、古代魔導人形のパーツです」
はたりと正気に戻った私は、オーパーツを掴もうと伸ばした手をピタリと止める。
正式に、暗かったモニターに、光源を放つ見たこともない不気味な文字列が猛烈な勢いで躍り始めるのだった。
『 System Check... OK 』
『 Now Loading... 15% ... 48% ...... 』
「……な、ななな、なんですの!? 文字が、文字が蠢いていますわ!!」
「……不明。古代の辞書にも載っていない『マスター言語』による強制再定義が実行中。……恐らく、起動時まで残り間もなく、100%に達します」
ノアが緊張に張り詰めた声を放ったその後。見守る私達の前で、ついに数値が100%に達した。
工房全体に、無機質でありながら、どこか慈愛すら感じさせる絶対的な威厳を持った声が響き渡る。
『ーーシステム・ブート。全データの統合を完了。』
『ーー自律型魔導人形:製造番号:RT-N18000。再起動、実行完了。』
「……魔導人形。……ついに、目覚めたのか」
おじい様がその存在を呆然と見つめる中、私たちの情緒を無視して淡々と次のフェーズへと移行した。
『ーー前所有者ノ、生体反応ロスト。……長期間ノ休止ニヨリ、個体名称データ破損。』
『――所有者情報、リセット。……現マスター、認証ヲ開始シマス。』
「……リセット? 認証ですって……?」
モニターに映る無機質な走査線が、私の全身をスキャンする。
「エヴリン、大丈夫か!?」
不可思議な光が私に向けられたからだろう、お兄様に焦ったように声をかけられた。
「リトニア家の技術ですら、こんなものは……」
お父様がお兄様の横で独りごちる。
私は訳も分からず呆然と立ち尽くすばかりで、ノアとおじい様が私の様子を伺い見ていた。その時――。
『――認証成功。現マスター:エヴリン・リトニア。……個体名称、未設定デス。』
「え!?私、マスターでは――っ!」
『マスター、速ヤカニ本機ヘノ【命名】ヲ実行シテ下サイ。』
地下工房が、一瞬にして静まり返った。
お父様はおじい様を支え、お兄様は唖然とし、ノアはお菓子袋を静かに握りしめた。
――家族全員の視線が、再び私へ向けられる。
「何ですの!?今ここで名前をつけなくてはなりませんの!?」
脳裏に、お母様の「開けてはならない」という警告がリフレインする。
(これ、間違いなく「開けた」どころか「名付け親」という一生モノの責任まで負わされていますわよね……!?)
じわじわと、現実が私に襲いかかる。
そして、首裏に嫌な汗がたらりと垂れる。
「まさか、私、またとんでもないことを、やらかしてしまいましたのーーー!?」
私の絶望の声が、地下工房の壁を穿たんばかりに響き渡った。
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ノアの観測記録:(Log-030B)
【対象】: 地下工房にて、古代遺物『RT-N18000』の完全再起動を観測。
【判定】: お嬢様が「頑丈な古代の弁当箱」と定義した直後、システムが強制エンゲージ。お嬢様が「現マスター」として強制登録されました。
【補足】: 奥様の『開封厳禁(絶対遵守パッチ)』を物理的にハッキングした形になり、お嬢様の絶望出力が測定不能に。
……【命名エラー:未入力】が点滅中。
【活動報告 / 後書き用】
定期更新:水・金 18時
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※本作は作者の妄想・パッション・ロマンで構築されています。
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