第30話:帰還と母の温もり①
プレゼントをした翌日ーー。
私たちはようやく辺境伯領地から旅立ち、リトニア領へと帰路を辿る。目立ったトラブルもなく、平穏に日々を過ごした。
リトニア領に入るにつれて見えるのは、鉄や油の匂いを漂わせる、機械的な街。
街の中央に聳え立つ、巨大な時計塔。数々の歯車たちが蠢き軋めく、心臓。
「帰って来ましたのね……」
馬車の窓から見える、見慣れた景色にやっと私は安堵の息を漏らした。
だが、その穏やかな風景が「嵐の前の静けさ」であったことを、この時の私たちはまだ誰も知る由もなかったのである。
◇
馬車が屋敷の門を潜る直前、私は意を決して、膝の上に置いていた包みを取り出した。
「……これ、皆に。……その、あっちに滞在時の合間に、見繕っておきましたの」
何だかんだとタイミングを逃し、渡せず仕舞いだったプレゼントを、他の護衛たちに私は包みを次々に差し出した。
レオンには、柔らかな革素材の剣帯。
クロードには、事務作業の邪魔にならない細身のペンケース。
カトレアには、私の過保護なケアで疲れた手を癒すための、薬入れ。
そして、ノアはお菓子入れの小さめなポーチ。
「これならいつでも甘味補給、出来ますでしょう?」
先日よりも少しは落ち着いて言えたが、それでもやっぱり改めてお礼をするには気恥ずかしさが先に来る。私はつい無愛想な澄まし顔で四人に紙袋をその手にパッと手渡す。
レオンは、差し出された剣帯をまじまじと見つめ、贈り物に珍しく目を柔らかく細めた。
「……お嬢様。これは大切に装備いたしましょう。……ですが、剣本体の方もお忘れなきよう、改めて頼みますよ」
「うっ、わ、分かっておりますわ!その為の新品の剣帯ですもの!有り難く受け取っておきなさい!!」
クロードとカトレアは、相変わらず『家宝』だ『聖遺物』だと騒ぎつつ、素直に受け取って貰えた。ノアに至っては、少しばかり間を置かれたが、短くも『…有難うございます』と感謝を述べられ、ほっとした。
各々の反応を見渡す。ちょっと騒がしくて、ちょっと方向性がおかしい、リトニア調査団。けれど、これが私たち”らしい”と思い至り、無意識に私は小さく笑い声が漏れていた。
「……皆さん、本当にありがとうございました。……暴走気味なわたくしが、こうして無事にオーパーツを持ち帰れたのは、間違いなく皆さんのおかげですわ。……心から、感謝いたします」
感謝を述べる私を、皆が穏やかな空気の中、日常を過ごした……屋敷の玄関が見えるまではーー。
◇
玄関ホール。そこに立っていたお母様の背後には、一切の光を撥ね付けるような「静寂」が立ち込めていた。
「お帰りなさい。エヴリン」
その一言でぴしり、と全員の空気が固まった。
リトニア領を出てからの失態が、瞬時に脳裏に駆け巡る。
淑女らしい品性の保たれなかった事件、『ルクセンブルクでの魔導ドッグ』、野外での『戦闘値計測』、古代遺跡でのーー『やらかし』の数々。
あろうことか『無骨』や『断頭台』をメインとした武器破損の被害総額。
そして、国家予算を動かした『リトニア号』の改良費用と修繕費ーー。
母の静かな瞳が射抜く。
一秒。
二秒。
三秒。
……沈黙が、精神的な圧力となり私たちの背筋を伸ばさせ、全身を硬直させる。
私はその圧力に耐えきれず、パニックになりかけ、脳内で言い訳の言葉を羅列させては打ち消す。
(……ダメですわ、これじゃ前と同じ……私は自分で決める、と覚悟しましたもの。)
震える拳を握りしめ、百面相していた顔を整え、お母様を見つめた。
(リトニアの娘として、言い訳など問答不要!真っ向から受け止めてみせますわ……ッ!)
母と私の視線が交差する。
長い、あまりにも長い沈黙の後。
「……はぁ……」
重く、けれどどこか毒気の抜けたため息がお母様の口から漏れた。
「……全く、貴女という子は。……でも、貴女が無事に帰ってきて何よりよ」
瞬間。じわりと歪む視界。
溢れ出す感情の波。
ぽろり、落ちる一粒。
お母様の穏やかな声。
「……お、お母様……っ!! お母様ーーーっ!!」
広がる腕の中へと飛び込む。頭を撫でてる手の優しさ、震える体を包み込む温もりと、柔らかな匂い。
私は子供のように、わんわんと声を上げ、しがみついて泣き出した。
静かで穏やかな母娘の再会。
そんな私を護衛達は、静かに見守り、微笑んでいた。




