第29話:感謝の印と誤報。
昨日の私は「真っ白な灰」状態。けれど私は一晩かけてここ最近の中では一段と晴れやかな顔つきをしていた。
「そう、人とは失敗を何度も繰り返す生き物ですものですわ」
私の手元にあるのはカトレアからの差し入れである、『淑女としての品格と精神ーいい女の方程式編ー』という一冊の本だった。
要はそれの受け売りであり吹っ切れた訳ではない。そこに書いてあったのは、ただの開き直りであった。
「本の内容的にも一理ありますし、いちいち一つの事に躓いていては、精神も持ちませんもの」
レースが端っこについたお気に入りの黒いリボンで結い上げられた、縦ロール。今日もカトレアに整えられた金髪は艶やかで、心なしか張りも良い。
服装はいつもの作業着ではなく、ちょっとしたお出かけ用の、シンプルめな若草色のワンピースドレス。
姿見の前で私はにっこりと微笑む。そこには敗北を知らぬ悪役令嬢――ではなく、”一人前の令嬢らしい自信に満ちた顔”。
「……よし。昨日のことは、綺麗サッパリ忘れることに致しましたわ。今日からはこの、清々しく生まれ変わった私、エヴリン・リトニアの開幕ですわよ!」
◇
護衛のカイルとフェリクスを従え、再びジャンク通りの喧騒へと足を踏み入れた。昨日の失敗を繰り返さぬよう、浮き足立つことはせず、静々と大人の女性らしい街歩き。
ーーだが、昨日とは周囲の反応が明らかに異なっていた。
(な、なんですの? 周りの視線が、昨日より痛いですわ……!?もしや、昨日の醜態がバレていて……!?)
まさか、そんな事がある筈はない。たった1日のほんの数分の出来事だ。あんなのリトニアでは日常茶飯事。
それ以上に荒れた地である、このルストブルクでこそ、あの程度は日常茶飯事だろう。
(もしあれが異常な現象だと言うのなら、きっと人気だって少ないはずですわ……)
けれど今は人出も多く、その中には屈強な冒険者達の姿もよく見かける。何なら昨日と変わらない、人流を感じる。
(……ふう、いけませんわね。昨日あんな事があったのだもの、私の方がちょっと自意識過剰なのかもしれませんわ……)
ーーしかし、それはエヴリンの勘違いなどではなかった。
住民たちの目に映っているのは、未だに【災厄の魔女】と呼ばれたままのエヴリンの姿であった。
昨日のラップバトルは噂に尾ヒレがつき、更には先日この街の”ギルド”や”魔導ドッグ”で引き起こした『黄金の魔女』としての記憶がまだ根強かった。
更には、「重低音の魔術師」と呼ばれる、通称『もっさりワカメ』。
そして、「ネギと霜降り肉のラッパー」と呼ばれる、通称『凶器の赤毛』の二人を従えていたのだ。
それにより、昨日の出来事はーー「リトニアの魔女による精神破壊の呪文」として広まっていたのだ。
「……あはっ、お嬢サマがいるだけで快適に道が開くじゃん。マジでコスパ最高すぎでしょ。……あ、カイル君、背中の湿布、剥がれてない?」
「黙れ、フェリクス。昨夜、あのアホ三兄弟を殺気で追い払うのに、どれだけ精神力を使ったと思っている……」
悠然と歩くエヴリンの護衛として、数歩後ろで両サイドを固めるように歩く二人すら、そのような噂は一切耳にしてはいなかった。
「……はあ、今日は何事もないと良いんだが……」
カイルの杞憂は、空気に霧散していく。
リトニア家の護衛陣も、別の意味でボロボロだった。
◇
私は昨日のジャンク店とは反対側の道を進んで行った。今日、私がこの街へ再び繰り出したのには理由がある。 それは、過酷な調査を共にした護衛たちへの「感謝の印」を見繕うためだ。
リトニア家の公式予算ではなく、私がリトニア商会の自分のブースで、自作の魔道具を売ってコツコツ貯めた「個人資産」からの出資である。
(まだまだお小遣いとしては、額は少ないですけれど、この辺りのものなら買えそうですわね)
後ろの二人に気づかれぬよう、ちらりと値札を確認する。辺境の田舎町とはいえ、ここは物流の要所。職人が手掛ける質の良い革製品が揃っていた。
「……これなんて、どうかしら。カイルの武器をメンテナンスする道具を入れる小物入れ。こっちは、フェリクスが調理道具を収納するのに良さそうなポーチですわね」
私はお財布と真剣に相談しながら、店の商品を吟味する。店主は気分が悪かったのか、ガクガク震えながらも懸命に仕事をこなし、高品質の品を次々と差し出してきた。
「こんなにあっても全部は買えませんわよ?」
「お、お嬢様!!こちらは我が家で出せる最高品質のもの……どうかそれでご勘弁を!!」
「……一体、何のことですの?」
その後もあちらこちらと店をひらすら周り、吟味に吟味を重ねた結果、満足の行く物を見つけるまでに結構な時間がかかってしまった。
「ふう、だいぶ歩き回りましたわね」
「女の買い物ってこんなに時間がかかるもんなのか……」
「お嬢サマの買い物ってだいぶ短い方じゃない?時間かける人ってもっとかかるもんだし」
「……本気か?」
うんざりした様子のカイルの顔に、私は小さく笑い声を漏らしてしまう。カイルがそう言いたくなるのも無理はなかった。昼頃に出たばかりだったのに、気づけば空はオレンジ色に染まり、見事な夕焼けに変わっていた。
無事に買い物を終え、夕暮れ時の宿へと戻るその道すがら。私は二人を呼び止め静止させる。
すると二人は首を傾げつつも素直に歩を止めた。
(……緊張しますわね。けれど、今しかタイミングはありませんわ!)
宿に着く前にと、今日共に行動をした2人へ先に渡す事にした。
「……はい、これ。……その、私の無茶な調査に付き合ってくださって、感謝して……ましてよ?」
プレゼントが気に入るかと不安になりつつ、紙袋を2人の目の前に突き付ける。
こういう時にお礼を言うのは些か勇気がいるもので、つい視線を逸らしてしまった。
私たちの間にあるのは無言の間。
しかも、情緒が安定しないのもあってか、「覚えておかなくて結構ですわ!」と言い添える辺り、私の対人関係の設計は、まだ改善の余地が多いようだ。
そんな私の態度に二人は呆気に取られつつも、手渡された革製品を受け取ってくれた。
「……あはっ。……サンキュ、お嬢サマ。大切にするよ」
最初に動き出したのは、フェリクスの方だった。
「……へえ、便利そうなポーチじゃん」
フェリクスが珍しく素直に笑い、まじまじとポーチを見つめ、感謝の言葉を添えた。
「……大事に使わせてもらう」
続いてカイルが言葉少なに、だが僅かに口角を上げて鞄を抱え直した。
「よ、宜しくてよ!……さあ、早く帰りましょう!カトレアたちが心配してまた暴走し出すかもしれませんもの!」
私は声を上げながら、ズンズンと先へと進む。二人がそんな私の背を苦笑混じりに、しかし優しい目で見つめていたのには気づかなかった。
こうして私は、自分のプレゼントが喜ばれたことに安堵し部屋に戻る。
「……まあ、こんな日も悪くはないですわね」
ようやく緊張感を解いて、この日は穏やかな眠りへとつくことが出来たのだった。
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ノアの観測記録(Log-029)
【観測】 昨日の「ラップバトル」以降、お嬢様への住民の警戒レベルが急上昇。
【確認】 一部住民の間で、お嬢様は『精神破壊系の魔女』として認識されている模様。
【記事】 本日付の街新聞にて、
『魔女、革製品店を威圧。住民は恐怖で道を譲る』
との見出しを確認。
【補足】
・実際は、お嬢様による通常の買い物
・住民側が自主的に最高級品を提示
・お嬢様は適正価格を支払済み
……なお、新聞記者は現場を見ていなかった可能性が高い。




