第28話:自由の身と不穏な影①
「……空気! 外の空気ですわ! 私、自由ですわーーっ!!」
宿での献身的な軟禁と、RE・ポーションDの効果により、私の筋肉痛は完治していた。久々の痛みのない身軽な身体、そして安静にし過ぎていたストレスによる解放感。
私は意気揚々と街のジャンク通りへと向けスキップをしそうになる無邪気な心を持ちながらも、淑女の仮面を被り繰り出していた。
「お嬢様、あまりはしゃぎ回ってはなりませんよ。もし転んでどこかお怪我でもされてしまえば、私、今度こそ兄様と共に地下室に監禁……いえ、お部屋でお世話しなければならなくなりますわ」
背後から、底冷えする声をかけ来るカトレア。
「分かってますわ!分かっているから落ち着いて……。 あっ! ほら見て、カトレア! あの魔導バルブ!」
私は山積みになった一角を指差す。
「型落ちですけれど、出力を上げればレオンの武器に使えるんじゃなくて……!?」
やや裏返った声で弾丸のように言葉を放つ。
すると、勢いに飲まれたカトレアはきょとりと瞬きつつも、やがていつものようにお淑やかで穏やかな微笑みに変わっていった。
それに私はほっとしながら肩を落とす。そこへ、追い打ちをかけるようにクロードが私の視界に滑り込んできた。
「お嬢様。レオンの武器に、型落ちを使おうとするのはお止めください。またあの『笑顔』で詰め寄られますよ」
「そっ、それは遠慮したいところですわね……」
クロードの冷静な指摘に、私は素材からそっと手を引いた。
しばらくその場に留まり物色する。その後も浮かれる心は留まらず、市場を歩き回った。
◇
太陽も少しずつ真上に登る頃。
私は歩き疲れてゆったりと街を散策していた。侍従二人とそろそろ休憩をするかと話していたその時。ふと目を向けた商店の陰に、私は違和感を覚える。
「……あら?」
するとそこには、周囲の活気に溶け込むことを拒絶したような、異様な空気を纏う『怪しい三人組』が立っていた。
(何ですの、あの怪しげな男たちは。……そう言えば、さっき買い物の道中でも見かけたような……?)
私がじっと目を凝らしたその瞬間、三人組のうちの一人――もっとも深くフードを被った男と、バッチリ目が合ってしまった。
その時、クロードから共有されたお母様の警告。その存在がふと脳裏に過ぎる。
――ルストブルク周辺で確認された、『不穏な影』。
ドクリ、恐怖で心臓が跳ね上がった、その直後。
目の合ったままの男がニヤリ、と口角を上げたまま、私たちの前に立ち塞がる。
「Yo, Yo. 見つけたぜ、リトニアの迷い子。 ドリルを回して、予算を減らす不運な迷い子」
「…………は?」
男が突如として発したのは、呪文でも剣技でもなく――独特な詩とリズムであった。
私は訝しげに彼らを見つめる。
「あれは芸術歌唱の『ラッピング』。通称『ラップ』というものです」
「……パッキングではありませんのね」
クロードの補足に私は納得したように頷き見せる。だが――。
(表現法は日々進化しておりますのね……?)
私が考え込むその間に、男たちはいつの間にか魔道拡声器を手にしていた。
「お嬢様へ宣戦布告ですか。……良いでしょう。ここはお嬢様によるお嬢様の為の華やかな舞台会場です」
「さあ、正々堂々とお嬢様の福音が勝つか、それとも貴方たちが先に地へ伏せるのか……布教の時間ですわ」
一体どんな対抗心が芽生えたのか、負けじと侍従兄妹がどこからともなく、魔道周波機を設置した。
「ちょっと貴方達!!こんな街中で一体何を考えておりますの?!」
ズンズンと一定の音が腹の底に響く。
音に釣られ周囲がざわつき、様子を伺う。
そして、私たちと三人組を中心に群衆が円となり囲った。
「それでは参りましょうか、兄様」
「そうだな。先行は貴方たちで構いませんよ。……さあ、始めましょうか」
昼間の活気に満ちたジャンク通りは、一瞬にして舞台会場へと再定義された。
困惑する私。
歓声が上がり出す観衆。
私は口を開く。
「だから始めるなんてそんなことーー」
「予算は赤字、ドリルは空転。 お前の家系は、いつだって不運。お前の技術は、ここらで終結――!」
「ちょっと、勝手に始めないで下さる!?」
失礼な言葉から突如始まった歌唱。
歓声の声もやや上がり始めた。
(私の言葉を遮るなんて、話を聞かない人達ですわ!けれど……こっちも止まる気がありませんわよね)
ちらりと向ける視線の先。そこには対峙するクロードとカトレアが尚も不敵に笑みを湛えていた。
二人は彼らに言葉を返そうとマイクを構えた、その時――。
「――ちょっと待ちなぁ、フードの三下。 ウチのお嬢をディスるにゃ、100年早ぇんだよ」
喧騒を切り裂いて響いたのは、軽薄ながらも確かな芯のある声。
「貴方……!来るのが遅いですわよ!」
人混みを割って現れたのは、両手に食材を抱えたフェリクスだった。
尚、その後ろでは、文字通り「荷物の山」と化したカイルが、死にそうな顔でフェリクスの背中を追っている。
(やっとまともな助けが来ましたわ!これで、この不穏なバトルも止められますわね!!)
私は彼らの傍に駆け寄り、安堵の息を溢した。……だが、その期待は裏切られた。
「食材抱えて、お使い途中。 だけどスルーできねぇ、お前の無知。 お嬢のドリルは、空転じゃねぇ。 未来を穿つ、唯一の『正解』」
フェリクスはネギをマイクのように握り直し、流れるようなライムを刻み終えたのだった。
「って、貴方もなぜそんなに乗り気ですの!?」
「料理人とはいえ、リトニア家の護衛として、やられっぱなしっつーのも癪じゃん?」
私に向け笑みを向けるフェリクスの顔を見て、私は思わずぽかんと口を開けた。
普段は生気のない瞳に、僅かな炎が宿っていたのだ。
「それにしても俺って何でも出来て、マジでハイスペック寄りだよな」
不敵な笑みを浮かべて後ろを振り返った。
「……だよね? カイル君」
「いや、俺を巻き込まないでくれ……」
カイルが消え入りそうな声で項垂れ、胃が痛むのか唇を小さく噛んで震えている。
その悲痛な呻きが、期せずして「絶望の低音」として機能していた。
――――――――
ノアの観測記録:(Log-028A)
【観測】: 市場にて不審者による「ライミング攻撃」を確認。対抗措置としてフェリクスの食材を用いた即興反論を記録。
【分析】: フェリクスの軽薄な韻とカイルの胃痛による悲痛な呻きが、図らずも黄金比の低音として機能。
【結論】: ジャンク通りがライブ会場へ再定義。お嬢様の胃薬の消費量、およびカイルのストレス指数が限界突破。
……引き続き、この「不具合」を観測します。
【次回予告】
『第28話:ネギと霜降り肉のち、羞大成②』
お嬢「ドリルで穿ってハンマーで叩き直しますわ!!」
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