【幼少期編】第3話:十四歳、擬態の淑女と平和の翼
今では、誰もが扱える生活に役立つ『魔道具』と、専門職が扱う高度な道具『魔導具』が、この国の暮らしを支えている。
その両方を開発できる技術者には、『国家一級魔導具師』の資格が必要だった。
だから、私は日々、勉強を積み重ねていた。
◇
――リトニア家の令嬢は、少しおかしい。
十四歳の頃の私は、そんな噂話を耳にした。けれど、私は紅茶のカップを握りしめながら聞き流していた。
当時は母の教え通り「淑女」として振る舞おうと必死だった。人と話す時は失礼がないか、怖がられないか。
令嬢としての仮面を被るようにと、絶えずシミュレーションを繰り返していた。
「エヴリン様。どうやら庭園の噴水の調子が悪いようでして……」
馴染みのない侍女の声に静かに頷き、私は庭園へ向かう。
(淑女らしく、穏やかに)
歩き方や姿勢。そして表情にも強く意識をする。
(お母様が仰っていた通りにすれば、少なくとも悪印象にはならない筈ですわ)
それでも、私の悪い癖……強張る表情と、緊張を誤魔化すような指先の落ち着きのなさは変わらずにいた。
◇
庭園に集まるのは、顔馴染みのない使用人たち。私はその輪に入るように歩を進め、彼らの傍に辿り着いた。
そこにあったのは、勢い良く飛び出る噴水の異常な水圧。それを見つめる彼らは、私にとっては好都合であった。
声をかける前に、私は深く息を吸う。
「――あの、少しよろしいかしら」
驚かさないようにと静かに声をかけた、その瞬間。全員の視線が私に集まった。
緊張が走り、空気が強張る。それが分かってしまうから、余計に息苦しい……けれど。
――カチッ、カチ、カチ……
(……ああ、やっぱりズレてるわ)
不規則に響く音が、私の耳に入ると息詰まりも消えて行った。
そして、私の思考はその異音を確認すると、途端に切り替わる。
――構造を解析するように検分をし、脳裏に数式を並べ立てる。そして、修正の手順を再確認し、淡々と作業を行い始めた。
「ねえ…ちょっと、お嬢様のドレス……」
ドレスの裾についた泥跳ね。水浸しになるグローブ。けれど――。
「……聞いた通り、ちょっと変わり者だよな」
周囲の視線も、淑女としての品格も、最早どうでも良くなっていた。
(バルブの締め付けが甘いですわ。一体誰がこんな杜撰な管理を……ああ、ここをこうして、この回路を――!)
気づけば噴水は元通りに……いや、以前より高く美しく、予想よりも水を勢いよく噴き上げていた。
「……え」
「こんなに、水圧高かったか……?」
呆然とする使用人たち。
それを見て、私ははたと我に返る――が、時既に遅し。
(――ああ、またやり過ぎてしまいましたわ……)
淑女としての「擬態」は、不具合という「現実」の前ではあまりにも脆かった。
結局、私は諦念と自覚に再び胸を詰まらせることとなる。
「エヴリンお嬢様……あの……」
「……調整、し直しますわ」
「お願いします……」
その後、改めて淑女としての振る舞いを叩き込まれた。母親からの愛情は感じる、けれど、私の至らなさが身に染みてほんの少し苦い思い出となった。
◇
――そして同年の冬。
私は十四歳という若さで、『国家一級魔導具師』となった。
必要だったのは知識だけではない。開発した魔導具そのものが試験対象だった。
その評価の後押しとなったのは、私の努力の結晶――制式名称「トッピーちゃん8号式」、通称『ピーちゃん8号』だった。
彼女は手紙だけでなく、人と人を繋ぐ配達員へと進化した。
事故率ゼロに近い精度を誇る彼女は、今や世界中を飛び回り、人々の思いを運んでいる。
そうして私の技術は、平和を象徴とするものとして認められた。
これが私の誇りであり、ささやかな祈りを込めた『魔道伝書鳩』であった。
しかし、この『魔道具』の役目はそれだけではなかった。
――リトニア家は、軍事開発には決して加担してはならない。
私たちは「世界を変えてしまう異質な技術」を悪意に取り込ませないよう、王家と「制約」を交わしている。
これは私たち一家の常識であり、信念であり、矜持でもあった。
技術を愛する者が世界を壊さないための決定的な一線。私はこの技術力で、国に認められたのだ。
◇
――そうして私は、十六歳になった。
世間からは『悪役令嬢』と呼ばれながらも、『国家一級魔導具師』として、今日も工具を手に取るのですわ。
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※本作は作者の妄想・パッション・ロマンで構築されています。
多少のご都合主義は、技術屋の愛嬌としてご理解いただけますと幸いです。




