【幼少期編】第2話:十歳、存在証明と父との約束
私たちのように魔術回路を持たない人でも扱えるようにと、先人の技術者たちは考えた。
先人たちは魔力や魔術を研究し、魔術師だけの力ではなく、誰もが利用できる技術へと発展させてきた。そうして生まれたのが、魔導工学と魔導具である。
◇
蒸気の噴き出すシュッという熱気の煙が立ち込める、我が家の工房。
人の言葉よりも、私の耳に馴染むのは金属音だった。
一つ一つが規則正しく機能を果たす、魔導回路から鳴る生命の音。
効率が悪ければ調整し、音が少し不安定なら回路を調律するのが当たり前の世界。
十歳の私にとって、家の中ではその「理論」は正当に評価されていた。
――転機は十歳の頃。
その日、珍しく工房に外部の職人たちが入っていた。
――カチ、っ、カチ……
(……あ、魔導回路の音が引っかかっている。ズレてるわね)
ほんの僅かな違和感。けれども確実に、その音を私の耳は拾い、歪に響いていた。
魔導回路の詰まりの音。その異音から、私の脳内に正しい計算式が浮かび上がる。
そして、ポーチの中に入れた工具へと向かい、動き出す私の指先。
けれど、不意に父のある言葉を思い出し、一度は動きを止める。……けれど。
――ガタン
不具合が現れた瞬間、私の衝動はもう止まらなかった。
「失礼します。……この音が聞こえませんか? そう、ここが原因です。この接続では負荷に耐えられません。――ですから、この回路を並列に組み直すべきです」
一歩踏み込む私の身体。
そして、自然に手が動き続けていた。
止まらぬ思考回路。
止まらぬ数式と言葉の羅列。
私は周囲の気配が凍りつくのも構わず、本来あるべき姿へと「修正」しようとする。
やがて、不具合を直し、私なりの正解を叩き出した。
――だが。
「エヴリン。控えなさい」
父の一声が工房に響いた。
それは静かで、しかし私の心に波紋を落とした。
視線が交わされる。その瞳を見つめ、私は思い出す。
「表立ってはいけない」――父の言葉が浮かんだ。
こうして行動を止められたのは、初めての事だった。けれども私は、父に向かって言葉を告げる。
「ですが、不具合が――」
「それでもだ。……ここでは順序がある。そして、立場がある」
場所ごとのルールは理解はできる。
でも、やっぱり心の中では納得ができない。
他人と私の感情のズレは、どう直せばいいのか、私にはわからなかった。
◇
――それから数週間後の、ある日の夜。
夕食の時間をとうに過ぎた頃、私は慌てて食事をとった。その後に私は家族との時間を過ごすため、団欒室に入って行った。
この頃の私は一日中工房に篭りっきりであった。気まずげな表情の私に、家族は呆れ混じりの、けれど親愛のこもった眼差しを向ける。
「遅かったわね、エヴリン。また遅くまで工房に篭っていたのでしょう?」
「ちょっと手が止められなかったんですもの。……けれど、キリのいいところで切り上げて来ましたわ」
「……もう、お父様と同じ言い訳をしないの」
私の言い訳の言葉に、お母様の溜息が零される。気まずさについ視線を逸らした。するとその先に映るのは、暖炉近くのソファに座っていたお姉様たちの姿。
柔らかな囁き声でくすくすと笑うのがひっそりと聞こえ、ますます顔を苦くする。そして、お姉様たちの向かいに腰掛けていたお兄様が技術書から目を上げ、目が合った。
「まあ、エヴリンのそういう所はすぐには変わるものではありませんから」
「でもね、そう言って甘やかしてばかりはいられないわ」
「その気持ちはよく分かりますが、最近はちゃんと夕食を食べるようになったじゃないですか」
助けを求める私の縋る視線に気づいたのか、兄からの援護の言葉が母に向けられる。私はほっと一息吐いて、半歩だけ下がる。
(今はちょっとだけ、お母様のお相手を頼みましょう……)
そして、私の肩に乗る自作の魔導具、「ピィちゃん4号」をそっと指先で撫でた。
これは私が暫く工房に篭りっきりだった理由。これは私が制作した伝書鳩の魔導具だった。
(それに、今言わなくては決心が揺らぎそうですもの)
兄に「努力の証だ」と褒めてもらえた、私なりの成果。私は肩に止まるこの子を伴い、奥に座るお父様の前に歩みを進めた。
父の前に立つ。手元の回路図から私の方へと視線を向けられた。
「どうした、エヴリン」
「……お話が、あります」
緊張でスカートをぎゅっと握りしめる。
それでも、どうしても今、伝えたい思いがあった。
父は私を、一人の技術者として見てくれていると、そう信じていたから。
一つ、呼吸を置いて、私は口を静かに開く。
「お父様。私、『魔導具師』の国家資格を受けたいのです」
今のままでは、開発現場では「手伝い」の範疇でしか作業に加われない。けれど――私は、誰かの補助で終わりたくはない。
だから、私は一人の技術者として、資格を手にしたかった。
「私が私として生きていくために必要な、『存在証明』なのです」
――ピュイ。
肩に乗る小鳥が小さく鳴いた。この青い羽を持つ鳥に生命はない。
それでも私は、いつかこの子を本当の意味で生かせる日が来ると信じていた。
「魔導具は私の存在証明です」
前を向き、胸を張る。
「そして、私を守る唯一無二の武器であり、盾になると信じています」
私が言葉を告げた、その後。無言が場を支配した。
互いに動きも止め、見つめ合う私と父。
しかし、その空気を動かすように、父が私の肩に手を伸ばした。
そして、「ピィちゃん4号」を手に乗せ検分する。
「……」
誰もが口を閉ざし、私たちの様子を窺う。
緊張で速まる私の鼓動。
そして、検分を終えた父は、ふっと笑みを零した。
そこには技術者ではなく、一人の父親としての顔があった。
「立派になったな、エヴリン。期待している」
不器用で無骨な、温かい手が慈しむように私の頭を撫でる。
「おとう、さま……ありがとう、ございます……っ!」
私は父の足にしがみつき、堪えきれずに半べそをかいた。
これが私が決意を告げた日――。
こうして私は自身の矜持と価値を証明すべく、国家資格を目指したのです。
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※本作は作者の妄想・パッション・ロマンで構築されています。
多少のご都合主義は、技術屋の愛嬌としてご理解いただけますと幸いです。




