【幼少期編】第1話:五歳、悪役令嬢の定義と再定義
魔力は誰もが持っていた。けれど、魔術回路を全人類が持っている訳ではなく、『魔術回路』を持つ者だけが『魔術』を使えるという、そんな世界であった。
◇
洗礼式の儀が行われるために、五歳の私は王都の地へと降り立った。
レンガや石造りの建物が整然と並び、白亜を彩る小ぶりな花々。緑に溢れた、優美で洗練された街並み。――そんな季節の頃の話。
あの頃の私は、鉄と煙の立ち込める雑然としたリトニア領の辺境とは、まるで違うその光景に圧倒されていた。
少女らしく、レースたっぷりな愛らしくも清廉な白いドレス。品格も格式もある一般的な正装。
「可愛らしいわ、エヴリン。大丈夫よ、胸を張って前を見なさい」
「……はい、お母さま」
けれど、当時の私にとってはどうにも不格好で、家族の褒める言葉も幼い耳には素通りして行った。
片田舎で育ったが故に交流が絶望的に少なかったこと。そして、人見知りな性格も相まり、不安と緊張で顔は強張る。それを表に出さぬよう、小さな両手をきゅっと握るだけ。
「ご機嫌よう、リトニア夫人」
「ご機嫌よう、パール夫人」
「そちらの可憐なレディもご挨拶しても良いかしら?」
「……っ、は、はい。……ご機嫌よう。リトニア家の三女、エヴリンです」
母との練習通りに出ない言葉。
「まあ、緊張しないでも大丈夫よ?挨拶、上手に出来ましたね」
母の友人である夫人の言葉や表情は、私の硬くなった心を柔らかくしてくれた。けれど、同年代の前ではどうしても緊張が優ってしまう。
しっかりしなければと焦るほどに、目つきは鋭さを増し、口元は硬くなる。そして――。
「睨んでるのか? な、なんだよ、その生意気な目付き……!」
(生意気な目? お母様は、愛らしいと微笑んでくださったわ)
「あら、意地の悪い顔ですこと……やだ、怖い」
(意地の悪い顔? お父様は、素敵だと言ってくれたわ)
「あなた、まるで――悪役令嬢みたいだわ」
――悪役令嬢……?
ぐちゃぐちゃの脳内と言葉、感情……混乱する心。
(どちらが嘘で、どちらが本当なの?)
柔らかな心に突き刺さったまま、傷がじくじくと痛んだ。そんな洗礼式の儀の日。
◇
――それから九歳になった私は、ずっとあの疑問に囚われていた。
『悪役令嬢』
見た目なんて、そう簡単に変わらない。けれど、印象は変えられる。
私は淑女の鑑と言われる母に鍛えられ、少しずつ笑顔を増やしていった。優しい風貌の姉たちと何度も練習を重ね、会話も前より吃らずに言えるようになった。
けれど、他人の評価は変わらなかった。
そして、不意に訪れた――再定義。
――カチリ。
脳内に響く、ピースの嵌まった音。
(他人の言葉に、どうして私が傷つかないといけないの?)
胸の痛みを誤魔化すように、作業台の上に置いた飴玉を口に含んだ。
「……ああ、そっか。どっちも不正解で、どっちも正解……そういうことなんだわ」
大人は言葉を選ぶ。けれど、子どもは違う。
思ったことを、そのまま口にする。
(ただ、それだけのこと。それは理解している、でも――)
だからこそ、その一言はまっすぐ胸に刺さった。
◇
それから数週間後。私は他家とのお茶会に来ていた。
「やだ、この魔道具、壊れてない?」
「お茶が出てこない……?詰まりかしら?」
不意に聞こえてきたのは、そこの使用人の困った声。給仕用に使っていた魔道具だった。
「あの……そちらの魔道具、よければ見せていただけますか?」
「え?それは、構いませんが……」
「……私、リトニア家の三女なので、お手伝い程度の技術しかありませんが……」
「!リトニア家のお嬢様でしたか。それなら頼もしいです。あの、実はさっきからボタンを押しても出て来なくて……」
私は魔道具を観察させてもらう。そして、これならば直せると確信した。
ちらりと向けられる母の視線。けれど、私が頷き見せれば、呆れは滲んでいたが、笑顔で返された。
(よし、許可は出たわ……)
私は直し始めた。そして結果的に修理をしきった。使用人たちからは笑顔で感謝の言葉を告げられる。
(失敗しなくて良かった……。でもまた不具合が出たら、困るわよね?)
私は今回の不具合について、一つ一つ順番に説明した。
専門的な言葉は避けて、できるだけ分かりやすく伝えたつもりだった。
「……丁寧なご説明、ありがとうございます」
「リトニア家のお嬢様は、ご聡明でいらっしゃいますね」
けれど、返ってきたのは、少し困ったような笑みだった。
(分かりやすく説明は出来たはずなのに……)
何がいけなかったのか、私には分からなかった。その後、少しもやついた心を抱えながらもお茶会は何事もなく終える。だがーー。
「あの子、ちょっと怖かったよな」
「なんか圧があってさ」
帰り際、同年代の間で密やかに交わされていたのは、以前と変わらない評価だった。
相手の言いたいことは頭では理解できる。
真摯に対応した所で、安易に評価が変わるとは思わない。
けれど、心では納得できない。
不具合があるのならば、試行回数を増やす。工学と同じこと。
「止めてしまえば、変わりませんもの……諦めないわ」
それはもどかしく、私の『理屈』を大いに掻き乱した。
「……そう、頭では分かってるのに、上手くいかないわね」
印象が変わらない。ならば、私は他のことを伸ばせばもしかしたら、認識が変わるかもしれない。
「私は私の得意なことを、伸ばしたら良いのね」
――こうして九歳の私は、人ではなく、油の染みた魔力回路図とロマン溢れる工房を、自分の居場所にするようになったのです。
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※本作は作者の妄想・パッション・ロマンで構築されています。
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