エヴリンの独白①:現場監督の矜持、あるいは夜の帳。
急遽差し込み(予約忘れ)の為、17時半投稿です。
本編は本日18時に投稿されます。
[魔導車の片隅にある作業スペース]
◇
「今日も散々な目に遭いましたわ……」
魔導バズーカの整備と調整の手を止め、ふぅと深い溜息をつく。
小瓶から取り出したのは、レンチの形をした「リンゴ味の飴」。
口の中に広がる甘さに、少しだけ尖っていた思考が解きほぐされていく。
◇
――カトレアについて。
彼女がこれほど献身的なのは、彼女自身が心優しい女性だからだろう。
気配り上手で笑顔も優しく、しかし、私の成長を止めるようなそんな甘さはない。
私が幾度となく開発に明け暮れ、その度に倒れたって、彼女はそれを全力で叱りはするのだ。
(……私だって時には反省しますわ)
過度な賞賛の言葉と共に、私の罪悪感をちくちくと刺しながらも、最後には必ず応援してくれる。
失敗を繰り返してしまっても、カトレアは呆れずに、何度だって寄り添ってくれる優しい人。
私を淑女に仕立てる、まさに侍女の鏡。
(……あの怪しい布教活動だけは、ちょっと止めて欲しいのだけれど)
嘘をつかず、恐怖をすることもなく、私という人間を真っ直ぐに見てくれる。
歳の差が四つしかないせいか、私にとっては頼れる姉のような存在。
私の「末っ子気質な甘えん坊」な部分も含めて、彼女にはすべてお見通しなのだ。
(……何だかんだ言って、一番甘いのはカトレアですわね )
二人きりの厨房で「内緒ですよ」と笑って、こっそりイチゴを配ってくれるのは、私と彼女だけの秘密。
◇
――クロードについて。
今の彼からは想像もつかないだろうけれど、クロードはなんだかんだ言って、カトレアを心配してリトニア屋敷へ来たのだ。
妹思いな彼は、私がそばにいない時は、必ずカトレアを視界に入れている。
まだ青年になる前の彼が、幼いカトレアを背負って屋敷を訪れたあの日。
ビクビクと震えていた私に、彼は優しく手を差し伸べてくれた。
(あの日の光景は、今でも忘れませんわ……)
私の兄の面影と重なった、クロードの「兄」としての表情が妙に印象的だった。
それから数年が経った今。
彼は『完璧』に私を仕立てようとする癖に、『完璧な令嬢になれない私』を蔑みはしなかった。
(ただ優しいだけではなく、常に正しさを求めて理想を現実に変える力……素直に尊敬しますわ)
彼の仕事ぶりはいつだって丁寧で、完璧を目指す志の高さ。
口だけではない、何年も継続するその努力の力は本物だった。
(主従としての距離感は勿論のこと、執事としての矜持は誰よりも強いですわね)
今では行き過ぎたスパルタ教育を施す鬼執事。
だが、私が完璧な淑女として、どこへ出ても誰からも侮られないようにと、彼は常に私を守り続けてくれている。
◇
――レオンについて。
(レオンは時々、本当に分かりませんわね……)
そもそも思考の前提が私とは大分ズレた持ち主だ。元より凡人の理解を求めていないタイプ。
言葉を交わすだけでは彼の本音は引き出せない。けれど、その背中を見れば分かる事もある。
何者にも臆することのない絶対的な自信と、揺るがない心の強さ。
他人に興味がなければ、彼はその存在を視界に入れることすらしないだろう。
だが、彼はこの調査団の面々を、確実にその「視界」に収めている。
(私への過剰な期待と強すぎる思想だけは、ちょっと……いえ、だいぶ難はありますわね)
時には慇懃無礼な物言いで神経を逆撫でしてくるし、私のせっかくの見せ場を瞬殺して台無しにされ、私は幾度となく嘆いたけれど。
(だからと言って、嫌いではありませんわよ)
それでも、彼が私の技術者としての腕を買い、信じているのは間違いない。
まだ未熟な私を、彼は「未来の私」に期待して、待ってくれているのだ。
(だから、私はいつかレオンの期待に応えてみせますわ)
それに、あの腹立たしい笑顔をひっくり返して、ギャフンと言わせてやりたい気持ちもある。
いつか必ず、彼の期待を上回る魔道具を叩きつけてやりたいと、私は密かに願っている。
◇
――カイルについて。
彼は多くを語らない。
それは好き嫌いの問題ではなく、彼の中にある明確な「規律」に則った上で、言葉の必要性を冷徹に判断しているのだろう。
彼は誰よりも「契約」を重視している節がある。
普段は屋敷の護衛任務が主なので、私個人としての付き合いは然程なかった。
だが、それでも彼がこの一団における貴重な「常識人」であることはすぐに察した。
(……まあ、あの荒すぎるドライブテクニックだけは、到底『常識』の範疇には収まっていないのだけれど……)
あの時の縦揺れ地獄は今でも忘れられない。たまに夢にまで思い出す。
けれど、そんな事は些細なこと。
現に彼は、私の無茶な新兵器テストや、ドリルでの大惨事にも律儀に付き合わされている。
私たちの突飛な行動が彼の言う「規律」に反するたび、彼は呆れ混じりに苦言を呈してくる。
それでも私が彼を信じているのには、確かな理由がある。
どれほど嫌味を言われようとも、私の背後に忍び寄る「微かな敵意」を、彼は誰よりも速く察知する。
そして、精密なその指先で確実に摘み取ってくれることを知っているからだ。
(けれど、そろそろ彼の胃薬のストックと、もっと効果の高いものを見繕わなければいけませんわね)
◇
――フェリクスについて。
先日増えた新たな護衛兼料理人のフェリクス。
彼もカイルと同様に、私と個人的な交流はまだそれほど盛んではない。
時々魔導コンロの調子が悪いと、厨房に顔を出した時には見かける程度の、顔見知りの使用人の一人。
(でも、フェリクスの得意とするデザート類は絶品ですわね……)
特に私の大好物である「苺のタルト」は、彼の特製レシピでリトニア家に正式採用されていた。
普段は食べられたら何でも良いと、単なる補給目的に無機質な食事をするあのノアすらも、フェリクスの料理を食べる時だけは妙に食が進んでいる。
それ程にフェリクスの料理には、誰もを完全魅了するだけの確かな腕前がある。
(塩分過多だの糖質制限だの口うるさい所はあるし、ちょっと冷たい所はあっても、場の空気を整えるのが上手いのよね)
いつかまた彼には、苺をふんだんに使った新作レシピを考案してもらおうと、こっそり背後から念を送っている。
◇
――ノアについて。
あの子と私の魔力の相性がいいことは、以前から分かっていた。
それはリトニア家に来てからの事。魔力量の多さであの子は人知れず苦労していたから。
年が近い私と共にいる事も多く、私付きの従僕となり、工房に籠る私のそばにいた。
いつからか私の助手として、魔道具作りのサポートや情報整理として活躍してくれるようになっていた。
けれど、先日のテストのように「魔力で人を操る」なんて、本来はさせるべきではないこと。
あの子自身の為。 いつかのための「絶対の切り札」として、私たちリトニア家が本来ならば守るべき存在だ。
(それを十一歳の少年に任せてしまうなんて、情けないばかりですけれど……)
私は決めている。あの子を、決してただの『道具』にはさせない。
戦いの中で、あの子の心が摩耗してしまう前に、私がその隣で笑い続けなければならない。
あの子にはいつか、笑顔でいてほしいという、自身のエゴであり願いを持っていた。
◇
そして――私は、間違いなくこの中で一番「最弱」。
バズーカ一発さえまともに当てられない。
誰かに助けて貰わなければ、簡単に倒れるお荷物かもしれない。
けれど、私には私にしかできないやり方がある。
魔導具師として。そして、彼らの「現場監督」として。
家族から一任されたこの役目を、責任を持って全うする。
それが、エヴリン・リトニアという一人の人間としての矜持だ。
――彼らが望まないのならば、私たちが彼らを守る。
それができるのは、私たちリトニア家の人間だけなのだから。
◇
「お嬢様、そろそろ就寝のお時間ですよ」
「……ええ、そうね。今日は終わりにするわ」
「今夜はお嬢様のお気に入りの香りにしましたよ。さあ、おやすみください」
カトレアに手を借り寝支度を済ませ、魔導車内のソファに横になる。
枕元には『ボーラー様』を添えて、ブランケットを被った。
「おやすみなさい、皆」
――こうして夜は静かに更けゆく。
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