第20話:強制セーブと再装填
――ドゴォォオオン!!
衝撃音が深く振動する。洞窟内の全ての音を上書きする轟音が腹の底へ響いた。レオンに「物理的な人工兵器」として振り回された私(の巨大ハンマー)が、扉に直撃した音だ。
私の視界は目まぐるしいほどの情報の波に襲われ、脳内処理が追いつかず、感情の制御も不能。しかし、私の意識外では、緩やかに変化が生じ、確実に“直っていた”。
噛み合っていなかった古代の魔導回路が、私の巨大ハンマーからの「強烈な振動」によって目覚める。滞っていた魔力詰まりは解消され、回路は安定し、強制的に「再定義」された。
そして、ついに正常の要件を満たした。
「……な、直り……ましたわ……。あとはこれ、を……押せば、開きますわね……」
息も絶え絶えな私とは対照的に、レオンはまるで子供のように無邪気な笑みで、カトレアの前に私を降ろす。青ざめたカトレアにより『硬直ベルト』を外され、私はプルプルと震える指で扉を指差した。
「ああっ、お嬢様……!何という素晴らしいご活躍……!献身的なお姿、それに見事な取っ手姿……!!新たな歴史を刻まねばーー」
安定のカトレア節。彼女のブレなさも真っ直ぐであった。熱の篭った瞳を向ける彼女の背後には、淡い魔力の光を帯びた、再起動した巨大な扉がそびえ立っていた。
「……お見事です、お嬢様。これぞリトニア家が誇る物理デバッグ、『叩けば直る』の極致です」
いつぞやの『とり餅』のように、べっちょりと地面に張り付く私の身を、軽々と抱き上げるクロード。そして。賞賛の言葉に私は、誇らしげに頷こうとしたがーー
「ーーしかし、扉を開くのは今ではありません。内部で未知の防衛機構が起動した場合、今の魔力が枯渇したお嬢様とノアでは、詰む可能性が極めて高い。
……一旦、本陣の奥様へ緊急報告をし、指示を仰ぐのが合理的です」
ピシリ、と固まる私の半端な笑み。言われた事が、即座に理解出来ず、フリーズした。
だが、今はそんな場合ではない。ふるふると痛みではなく、私の怒りが身を震わせた。
「な、ななっ、何を仰いますの!?目の前で未知の技術が、私を呼んでいるんですのよ!!
ほんのちょっとくらい、挨拶くらいさせなさいっ!!」
こんないい場面でお預けを食らうなど、私にとっての嫌がらせか拷問でしかない。
「あっ、ちょっと!クロードったら、このっ、離してくださいます!?」
足をバタつかせ、両腕を振り回し、お転婆と言われる不作法で暴れようとした。だが、元より軟弱な私の魔力は欠乏しており、「生まれたての小鹿」程度の出力しか出ていない。
「もう!離さないなら、這ってでもあの扉にーー」
強行的に休息させられそうになり、せめてと言葉で対抗しようとした途端、目の前の冷たい気配に私の勢いは再び硬直しーークロードの瞳が、感情を排したシステムログのように無機質に輝く。
「お嬢様、ここで一旦『休憩』を挟みますか?」
「……っ!い、嫌ですわ!それに、少し休めばすぐに復活――」
壊れた蓄音機、あるいは悪質なバグのように繰り返される問いかけ。私の視界の端で、クロードの右腕に嵌められた時計――魔道具『立体台詞箱』が淡く光る。
直後、空中に半透明の選択画面が展開された。
【 休憩しますか? ▶[ はい ] [ イエス ] 】
「ちょっと、クロード! このコマンド、[ はい ]と[ イエス ]しかありませんわよ!
拒否権という名のパッチはどこに隠したんですの!?」
「……おや。失礼いたしました。では、こちらの選択肢を――」
【 休憩されますか? ▶[ はい ] [ イエス ] [ 監禁 ] 】
「監禁ってなんですの! 選択肢は進化しても倫理感が壊滅的ですわ!!」
「お嬢様、早く選択を。……それとも、今すぐ奥様をここへお呼び(強制召喚)しますか?」
「何という禁じ手を……っ!……分かりましたわ!大人しく休みますわよ! 」
私がやけくそで空中にある「はい(イエス)」を叩く。その瞬間、プツリと緊張感が切れ、全身の力が抜けた。
「……ああ、……足が……腕が……全身の筋肉が、悲鳴を上げていますわ……」
泥だらけで地面にへたり込む私。一気に脱力して思うように動けず、よろよろと上半身まで崩れそうになる。
そして、私の魔力枯渇に同期するように、トレードマークである縦ロールまでもが「へにょん」と情けなく項垂れさせていた。
「お嬢様、ノア……。これをお使いくださいまし!」
カトレアが震える手で取り出したのは、毒々しいほどに輝くネオンピンクの小瓶。リトニア家秘蔵の魔力回復薬――『Re:ポーションD』。
「な、なんですのそのポーションは……?やけに光っていて怪しいですわよ?」
「魔力・筋肉痛・僅かながら体力の回復……現場作業員に効果は確認させましたので、どうぞご安心を。お嬢様が飲みやすいようにイチゴ風味の味付けになっておりますわ」
「まさか……これ、カトレアが調合したポーションですの!?」
「ええ、ですから品質に問題ございません。……ただ、素材の都合で在庫はあと僅かですが」
そう微笑むカトレアに対し、「逆に大丈夫なのか?」と疑心的な視線を向けるカイル。私も概ね同意する。カトレアのポーションは効果が高い。腕は信用できるのだが――
「即時回復の効果は保証しますが、もちろんリスクは御座います。……魔力過多による魔力酔いがございます」
「それって、魔力が馴染むまで数日は動けないのではなくて!?」
「ええ、ですが、馴染むまでに凡そ3日……ですが、たったの3日でございますわ。そこさえ我慢出来るのなら、お嬢様の望む結果は得られるかと」
(たったの3日と捉えるべきか、それとも……いいえ、どうせお母様への報告結果待ちだわ)
「ああ、それと、実はもう一つございまして」
「まだあるの!?」
「お嬢様。これを服用するには、リトニア商会のレギュレーションに基づいた『気合の注入』が必要です」
「……アレを、今ここで……? 貴方、正気なの……?」
「ええ、音声出力によるリズム固定で暴走抑制……つまり、ただの水になりますわね」
「そんなことをさせておいて結果がただ水って、正気じゃないわ!!」
「お嬢様、何事にもリスクというものはございます。……準備はよろしいですか」
ごくり、私は固唾を飲む。
笑みを浮かべたまま一切瞬きをしないクロードの目が、私を静かに捕捉する。隣には、期待の眼差しを送るカトレアの姿。
「やるしか、ありませんわね……。ああっ、物理法則よ、私の羞恥心を圧力で消し去って……!!」
『気合いの注入』、それは、相手の掛け声に合わせた、強烈な意思表明。
クロードが私の横に並び、拳をグッと握る。ちらりと視線を合わせ、腹を括った私は真顔で頷く。すうっと大きく息を吸う、違いの呼吸を合わせる。
そして――まるで闘技場で伝説のランカーを応援するような熱量でクロードが叫ぶ。
「元気ぃぃいいい!!」
「いっぱぁぁあああああいい!!!」
叫びに合わせ、私も続いて叫び返した。
ーー地下迷宮に響き渡る、執事と淑女の絶叫。
ぐいっと瓶の中のポーションを一気に煽る。その刹那、魔力がデス・ドライブ級の加速度で供給され、エネルギーが駆け巡る。
呼応するように、『ボーラー様』がカメオ状態のまま、暴力的なドリル起動音をギュイギュイ鳴らし、発光する。
「……ふぅ。……はぁ。……死ぬかと思いましたわ……」
魔力は戻った。だが、尊厳という名の『乙女心』は、永遠に失われた気がした。
私は一体どこへと行くのだろうか。人生が迷子すぎる。レオンよりも方向音痴かもしれない。
子爵令嬢がヒロインの物語が世に出ていたら、私なら間違いなく禁書として、工房の薪の燃料としてくべているに違いない。
(通路警戒中のカイル)
「……お嬢、強制セーブさせられた挙げ句、あの絶叫儀式だろ。不憫すぎて、見てるこっちの胸が締め付けられる。……誰か、あの不憫ログ、消してやれ……」
(扉監視中のレオン)
「……ほう。お嬢様を『はい』か『イエス』で追い詰めるクロードの術策、実に……観察のし甲斐がありましたね。……あの必死な形相、後でスケッチしておきましょうか。……フッ、未来永劫語るべきリトニア家の栄誉ある姿絵となりそうだ」
(リトニア号の影のフェリクス)
「……マジでバグり散らかしてるっしょ。お嬢サマの尊厳、最悪すぎて見てらんないわー。……っていうか、ノア君。アンタはなんで飴玉一個でスマートに回復してんの? タイパ最高すぎか?」
(フェリクスの影に隠れたノア)
「……フェリクス。僕は飴で十分です。……あのような、エネルギー変換効率が悪い(極めて恥ずかしい)儀式にリソースを割くのは非合理的ですので。
……データとして保存する価値もありません」
「私の黒歴史がまた増えましたわー!!! ああ、もうっ、何でいつもこうなりますのー!?」
お嬢様の「再起動」は完了した。しかし、心には消えない「元気いっぱい」という名の刻印が、情報の暴力のように刻み込まれるのだった――。
人生という名の物語において、最も恐ろしいのは「詰み」ではなく。記録だけが残り、逃げ道のない「強制セーブ」である。
ーーーーーーー
ノアの観測記録(Log-020)
【観測】クロード、「はい/イエス/監禁」の強制セーブ選択肢でお嬢様を拘束
【分析】カトレア製ポーション+羞恥ボイスコマンドにより魔力回復、尊厳はロスト
【確認】お嬢様の尊厳(乙女心)の重篤な損傷を確認
……フェリクス製『炭酸味の飴』にて応急処置中。……しゅわしゅわ。
【活動報告 / 後書き用】
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(※この物語は作者の妄想・パッション・ロマンにて世界観や魔導具が構築されております。
多少のご都合主義は、技術屋の愛嬌としてご理解いただけますと幸いです!)




