第19話:リトニアの助手①
巨大な錆納戸色の扉前。
ノアが扉に触れつつ魔力を流し込み、モノクルで淡々と解析作業を続ける。
試練であるかのように高く聳える扉を力技で出現させるには、少ない魔力を限界まで放出するしかなかった。
瓦礫撤去作業を行う彼らの姿を見守りつつ、その間に私はフェリクスに渡された栄養満点の果汁ドリンクで魔力回復を図る。
「ふう、生き返りますわ……流石フェリクスね。このパルパルの実って、あまりにも酸っぱくて普段は口に入れたくないものなのに。料理の腕は天才ですわ」
「まーね。大奥様には料理に関して散々ダメ出し食らったからねー。そこも無駄なく鍛えられたって訳」
(……そう言えば、フェリクスはおばあ様の別宅から来ていたのよね)
料理人としての腕を買われているとは聞いたけれど、リトニア家はちょっと特殊な家柄。使用人全員が護衛としての能力を何かしら持っていなければ、そもそも雇用されない。
(目は何処か虚ろと言うか……あれですわね。生気のなさと細身さは、うちの開発部門ほどではなくとも、技術職寄りのソレですわ)
しかし、彼もリトニア家の料理人であり、立派な護衛の一員。狩猟銃を野菜収穫用の籠に突っ込む、豪傑なおばあ様に「教育」されている。きっと何かしらの戦闘能力はあるのだろう。
(……うちの職員も、今頃は締切に追われている頃なのかしら……)
私はふと彼らの姿を思い出しながら、フェリクスに生温い視線を向けた。
ーー数十分後。
レオンが迎えにやってきたところで、私達は改めて洞窟の地に足をつける。
「ここら一体の瓦礫撤去はひとまず良さそうですね。しかし、この大岩の壁を崩せる威力を持つとは……流石、リトニアの家宝なことだけはある」
隣に並ぶ長身を見上げると、彼は私の髪に飾られたカメオを興味深そうに見つめ、笑みを浮かべた。
「非力なお嬢様では少々振り回され気味なのが欠点でしょうが」
「貴方はいつも自分基準で物事を考えすぎですわ!これでも一般女性並みの体力はありますのよ!!」
一般平民女性くらいには健康なのに、この古代遺跡に来てからどうにも微妙なズレを感じてしまう。それが魔力の揺らぎに関係するものなのだろうか。
(慣れない旅のせいかと思っていたけれど、やはりこの古代遺跡特有の魔力の影響なのかしら……。感覚的には誤差だけれど、魔力の安定がしにくい気がしますわね)
些細な違和感。技術者としては見逃せぬズレ。むず痒さは感じるが、現段階でそれを解明する術はない。
けれど、今は先にすべき問題が目の前にある。文字通りに聳え立つ扉を見上げた。
「……解析が終了しました。この扉は完全に沈黙しています。起動には膨大な魔力が必要ですが、僕の魔力を直接流し込めば、再起動は可能です。……お嬢様、どうされますか?」
ノアが無理ならば、絶対にここでどうするかなどとは聞かないだろう。
元より期待値の低かった調査現場。だが、目の前の未知ーーそれも、解明か可能かもしれないならば、答えは決まっていた。
(停滞気味だった調査が、やっと進むかもしれませんわ…!!)
期待に膨らむ胸。スパナに触れる、疼く指先。
――焦る気持ちを抑えるように、深呼吸を繰り返し、意識を切り替える。
調査員の責任者として、私は冷静に判断を下した。
「ノア、貴方に問題がないならお願いしますわ。……けれど、絶対に無理はしないでちょうだいね」
肯定の意を見せるノアは、巨大な扉に小さな掌をぴたりと添える。扉に浮かぶ紋章へと魔力の糸。魔力を注ぎ続ける小さな背中を、私は黙って傍で見守る。
(魔力量はまだ十全……問題は、起動するかどうか、不具合があるかによりますけれど……)
全員が見守る中、不意に騒めく魔力の揺らぎ。ハッとして私は意識を思考から切り離す。
ーーゴッ、ゴゴゴゴ……
遺跡全体が震えるほど振動。明らかな異常事態。
ノアの魔力を補給していた、巨大な扉に掘られた模様が、突如青白く光り出す。
ーーブワッ!!
「魔力の奔流!?……ッ、ノア!今すぐ供給を止めて!!」
吹き荒れる暴風と扉の閃光――静止の声を叫ぶ頃には、扉全体に青い光の脈動が走り始めていた。
「お嬢様、お下がりください!! 危険です!」
「!おい、お嬢をそこから動かすな!!」
前方を塞ぐようにレオンが立ち、クロードとカトレアが左右を固める。フェリクスとカイルは後方に控え、私を守るように囲い込む。
怒声、混乱、警戒ーーヒリつく空気が肌を刺した。
あちらこちらに光を伸ばす未知の魔力。私達は動かずその場で息を潜める。
(皆は、ノアは無事ですの……?)
眩む視界が収まる頃、それと同時に揺れも止まった。魔力の淡い光が視界から消えた。
目を凝らすように、幾度と瞬き目を擦る。するとーー。
ーードサッ。
崩れた音が耳に届く。
すると、誰かの小さな息を飲む音。
私は確認するように、目を開き扉の前へと向ける。
音の先ーー扉の前で、膝をつくノアの姿が映った。
「――っ! ノア、しっかりして!」
私を庇うようにして肩を掴んでいたカトレアの手の力が緩んだ隙に抜け出す。
私はノアに駆け寄り、向かい合い膝をつく。そして、ふらつく身を抱き寄せた。私の肩に額を寄せ、項垂れるノアが体重をかける。
「っ、そんな……っ、ノア! 意識をしっかり――」
力が入らない身体を支えるように、細い身を強く抱きしめる。
滅多に動じないその男、レオンまでもが眉間に皺を寄せていたーーだが。
――ぐぅ……ゅる……。
「……へ?」
間の抜けた空気音。
数秒の沈黙が場を支配する。
深刻そうな護衛たちの顔が、不自然なほどに凍りつく。
そしてーー全員の視線が、私へと向く。
「んなっ! わ、私ではなくてよ!? この空気で、お腹の音なんて……っ!」
――きゅぅ……。
「「「…………」」」
再び訪れた空気音。そして今度こそ私も口を閉した。
(一体誰ですの!?空気の読めないお茶目さんは!!)
誰もが互いを疑うように、しかし視線がチラリと私へ突き刺さる向ける中。腕の中で身動ぎを感じ、ハッとする。
ーーもぞり。
ノアは自身の腹に手を当てる。
皆がノアの手の先ーーお腹の辺りを見つめた。
恥ずかしげもなく「お察しの通りです」と言わんばかりに、コクリと頷く。
「……これほどに魔力が一気に持っていかれたのは、2年4ヶ月前の『全身シェイプアップ全自動機』以来だったので、油断しました。……報告、空腹状態(ガス欠)。栄養補給と数時間の休息で、直ちに回復するかと」
ーー犯人はノアの、空腹の音だった。
「そうか……」
「……ガス欠でしたか」
「燃費の問題か?」
皆の視線が私からノアへと向けられ、口々に言葉を放つ。
大きな問題ないだろう。そう言いたげに話をまとめる彼ら。やがて、まるでいつもの日常であるかのように、和やかな雰囲気で話し出す。
「貴方達……私があの空気をぶち壊した犯人みたいに引いていたの、忘れていませんわよ!! 覚えていなさい!!」
各々しれっとした顔でいるが、カトレアだけは私に寄り添い慰めてくれた。出来た侍女の献身と私の温情で、無礼千万な護衛達への怒りをなんとか堪える。
大きく息を吸い、長く吐く。そして、私はようやく脱力した。
「扉の魔力の補給は完了しました。……ですが、回路のどこかに致命的な不具合がある。……位置の特定は不可能です」
「そんなことより、ノア、貴方の方が大事ですわ! 無茶しすぎですわよ……」
自力で起き上がるほどの力はあると、そっと離れるノアに心配の目を向ける。
「でも、ありがとう。私の願いを叶えてくれて。……貴方は最高の、私の自慢の助手なのだから、しっかりと休んでちょうだいね」
ノアはレオンに大人しく抱き上げられる。フェリクスが栄養補給用の調理へ、ノアの看病にカトレアが付き添いでリトニア号に戻るのを見送る。彼らがリトニア号に入った後ーー私は青く光る扉を見上げた。
(完全に油断しきっていた……完全に見誤っていたわ)
扉の奥にある、何かを見定めるように、私は静かに観察を続ける。
(この扉の先は、未知の領域……油断禁物ね)
扉が、まるで「拒絶する意思」を持つかのように、そこに在った。
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ノアの観測記録(Log-019B)
【観測】:お嬢様の周辺にて緊急事態と認識される空気の急激な緩和を確認
【記録】:音源はお嬢様ではなく、僕の腹部より発生していました。
【結論】:原因は魔力枯渇による空腹状態(ガス欠)。
……優先対応:栄養補給。
【活動報告 / 後書き用】
定期更新日は水・金の18時です。
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(※この物語は作者の妄想・パッション・ロマンにて世界観や魔導具が構築されております。
多少のご都合主義は、技術屋の愛嬌としてご理解いただけますと幸いです!)




