第18話:チープな円盤と女神像の真実①
「お嬢様、此処のダンスフロアが今回の最終目的地ですね」
カトレアが地図に記された赤線の囲いの中にある、広々としたダンスフロアへと窓から目を向ける。
安全確認の為にレオンを中心とした護衛達が先行し、車内にはカトレアと私、そしてフェリクスの三人で待機となった。
「で、ここまでの成果って結局ほぼ空振りなんでしょ?」
「歴史的価値はあるのだけど、壁が崩れていたり、そもそも『無い』ものもあったから、なんとも……といったところですわね」
我が調査団には魔術師がいない。しかし、「最強護衛騎士の彼らなら、才能がピンチによって開花するのでは?」と、つい非現実的な夢想をしてしまう。
カトレアは緩む口元を指先で押さえ小さく笑い出す。だが、向かいにいるフェリクスの反応は、やや冷ややかだった。
「あーね……あの人の魔力、確か『8』だっけ。量はあっても、出せないんじゃ宝の持ち腐れっしょ。……でもさ、お嬢サマみたいに夢見てる方が、現場の感覚に寄るよりは良いかもね?」
すかさずフォローを入れるあたり根は悪くないのだろう。現場で横に並ぶ、作業員仲間のように雑に扱う節はあるが。
言葉の端々からにじみ出るその「身内感」。毒気を抜かれるのは私の方だった。
「回路については昔、気になってレオンに直接聞いてみようとしたのだけれどーー」
私は回想混じりにその時の会話を口に出す。
「物理的には最強だけれども、魔術回路があるかどうか気になった時に、訓練後のレオンに声をかけようと駆け寄ったのだけれど……」
『……おや、お嬢様から何やら不浄な気配が』
「って、まだ何も言っていない私の頭を掴んでそのまま持ち上げられましたのよ! まるで振り子時計のように体を揺らされ、最後に下ろされて……しまいには、」
『ふむ、お嬢様の頭の中からはコイルのようなカラカラとした音も何も聞こえないですね? バグでしょうか……中身にネジや歯車でも突っ込めば治りそうで安心しましたよ』
「ーーって、失礼を通り越して傍若無人すぎませんこと!? もうっ、頭蓋骨粉砕されないようにしばらくは安全ヘルメットを脱げませんでしたのよ!!」
「お嬢サマって、ほんとバカ……」
ーー数十分後。
ノアからの呼び出しがかかる。待機組の私たちも、ダンスフロアへの一歩を踏み出す。
中央にぽつんと鎮座する女神像が目を引いた。
等身大の人間と同じサイズ感を誇るそれは、経年劣化を思わせる。ひび割れが至るところに浮かび、笑みを浮かべる表情がどこか物悲しげに映る。
台座に立つ若き女性は、片手を天へと向け杖を掲げていた。何かに勝利したのか誇らしげでもある。そして、胸元にパッと見ても分かるほどの違和感を、私は口にする。
「この女性の像、胸元に何か飾りをしていたようですわね」
「お嬢様くらいの手のひら大の円盤状のものですね。……ふむ、凱旋を迎える聖女……いや、戦神でしょうか?」
レオンと私は立ち並び、女神像らしきそれを囲う一同。触れても叩いてもやはり何かあるようには思えない。やはり、新たな発見は無いのだろうか。ぼんやりと像を見上げ、私はつい溜息が無意識に溢れる。
(ここまで来て手詰まり……というのも情けない話ですけれど、そろそろ引き上げ時期なのかしらね)
「カイル、クロード、君達の出番だ。お嬢様がお望みだぞ」
不意にかけるレオンの言葉、意識の遠くなっていた私は油断にぴくりと肩を跳ねさせる。完全に気が抜けていた。いけない、と頭を左右に軽く振り、私はまだ何も指示を出していないと軽く睨みつける。
だが、レオンはそんな私を横目に不敵に鼻で笑い飛ばす。
「目の前のことに集中するのは良いことですが、一度落ち着いて周りをよく観察するのもまた現場監督としての観察眼では?」
「……確かにそうですわね。こっちの像ばかり気になってしまっていたけれど……あっちの調査もしてみる価値がありそうですわ」
私たちのやり取りを見守っていたカイルとクロードが私たちの前へ出る。と、二階のテラスへ続くであろう左手にある扉の調査を指示した。
「では、そちらは2人に任せて私は反対側から調査をーー」
「いや、お前が調査しても迷子になるだけだろ」
レオンへと視線で釘を差すカイルは溜息を吐く。いつの間にかカイルの隣にいたフェリクスは、何か慰めの言葉でもかけているのだろう、二人でいつものように軽口を叩き合っている。
(私もあんな風に気楽に振る舞えるお友達が欲しいものですわ……)
友人がいない私からすれば、そんな他愛のないやり取りも羨望の対象にはなる。自分で言っていて悲しい事実であるので口には出さず、少しばかり羨望の籠った眼差しを送りながら見守っていた。
すると、準備を整えたのか、カイルは扉の前へと位置を取りその場で静止した。
(先ずは落ち着いて気配を読む、といった所かしら?)
前髪を一つに束ね、パチンとスパナ型ピンで留める。確保された視界、顔立ちの整った素顔が露わになる瞬間。浅く息を吸い集中を高める、同時に気配が研ぎ澄まされて行く。ーーカイルの戦闘モードに入る前兆。
(これが、警戒ーー流石、プロは違いますわね)
見守る私も気を引き締めるように両手を組み、僅かに力を入れて握りしめる。
「……現場は久々なんだがーー『規律』に則り、実行する」
スッと気配が研ぎ澄まされた。瞬間ーー時間がゆっくりと流れ出す。
片足の踵を軸にし、コンパスのようにその場で円を描き、演舞のように体の向きが変わる。
だが、歩みはぎこちなく、カチリ、カチリと時計の針を刻むように進む。
角度を微調整するように、膝のクッションを完全に殺し、上半身だけが水平に高速スライドしていく。
それは生物特有の「揺らぎ」が一切排除された、低スペックな演算で無理やり位置を合わせるような、生理的な不安を誘う異様な光景。
「……最小限の動きと最短距離で、目標に照準を合わせるための――伝説の護衛戦術歩法。
これが、『多角形・タクティクス』だ」
重力を無視して「平行移動」する彼の姿。まるで座標指定のバグのようで、思わず全員の視線が固定される。そして彼はそのまま扉の奥へと吸い込まれていった。
(カイル……あんなに整った顔立ちをしていながら、やっていることは「座標を合わせ損ねた操り人形」ですわ。せめて普通に歩いてくだされば、クールなイメージが保てたでしょうに……。)
私はハンカチでそっと目尻を拭う振りをする。フェリクスが膝をついて笑い転げる。その横で、クロードは至って真面目な顔で手帳にペンを走らせていた。
「……驚きました。あの不自然な歩行による『重心移動の完全固定』。あれなら、不安定な足場に仕掛けられた感知式爆弾の感圧を、理論上は三割軽減できます。……勉強になります」
「あるのかよ!実用性!……嘘だろ」
真面目なカイルにあのような奇妙な技を吹き込んだ犯人はフェリクスだった。だが、それを全肯定するクロードも同罪だ――と、一同の心が重なった瞬間であった。
テラスを捜索する二人を見送り数刻後ーー。埃まみれで戻ってきた。
「それで、この円盤なんだが、明らかに罠らしきダンジョン産の宝箱の中に入っていた」
カイルが、指先で器用に「黄金の円盤」を弄んでいる。
「何ですの?何かのお宝……にしては、その……随分とチープな作り、ですわね?」
私の手のひらに収まる程度の大きさの銀色の薄い円盤。
(何かしら、領内で行われる平民たちの競技で使われる、表彰時に貰えるような、些細な幸福というメダルのような……)
呆れ混じりに私は円盤をさまざまな角度から観察するように見る。
(遺跡の謎がますます深まりますわね……。いうかこれ謎じゃなくて、もはや遊びなのではなくて?)
いくら観察しようと、何か文字が浮かんでいる訳でもない。空に浮かし透かしとやや唸っていれば、隣にすっとカトレアが寄ってきた。
「お嬢様、そちらの円盤、女神像の窪みと同等の大きさのように見えますが」
「あら、本当。カトレアの言う通りね……それなら、ちょっと試してみようかしら」
女神像の胸元にある不自然な窪み。私は手元の円盤をその窪みへと軽く当てはめ、そして押し込む。ガチャン!とパズルがハマった様に響く音と確かな手応え。ーーしかし、像はピクリとも動かなかった。
「……ん? 噛み合わせは正解のはずですのに、一体何故……?」
目の前の台座に触れ、導線を確認するよう指先でそっとなぞる。軽く指で叩いたり、導線が切れていないか目視する。すると、台座の裏側で、内部を流れる魔力の微かな「詰まり」を感知した。経年劣化で油の切れた歯車が悲鳴を上げているようなノイズだ。
つまりは、円盤という「鍵」は差し込まれたが、内部の「閂」が錆びついて動かないのだ。
「ノア、私の工具箱から『調律用ハンマー』を出してちょうだい」
「畏まりました」
このハンマーの魔導回路を調整したお兄様曰く、『この特注ハンマーで調律すれば、対象が魔導回路なら不具合すらも『正常』へと書き換わり、淀んでいた魔力が一気に駆け抜ける』と自信あり気に笑っていた一品。
私は手元でハンマーをくるりと一回転させる。集中力を高めるよう、呼吸を整えつつ魔力を魔導回路に流し込む。そして、視線は台座の「特定の一点」に定め、扉をノックするよりも力強く、ハンマーを叩きつける――。
――カンッ!
澄んだ金属音が響いた瞬間、ハンマーから放たれた魔導パルスが、固着していた回路を「正解の道」へと叩き込んだ。
「ふう、これで起動しますわね。あとは魔力を台座に流せば……ん?」
ーーゴゴゴッ
「この音……っ!皆さん、何かが起動しましたわ!」
各自に警戒をさせるよう、私は声をかける。そんな中、私たちの足の裏を伝い全身へと響く重き振動が続く。思いの外、揺れが強まり思わずふらつく。私の背をクロードに支えられながら、僅かに腰を落とす。
そして、地面が擦れる音が鳴り響き、カラクリを作動させた女神像が、台座ごと後方へスライドした。
(……“当たり”、ですわね)
胸の奥から湧き上がる好奇心に、思わず口元が緩む。
その足元には、リトニア号が3台は横並びに入りそうな程の大きな扉がそこにあった。やがて、その扉は左右へと開く。冷気と土の匂いがぶわりと一瞬辺りに立ち込める。
その奥には――暗闇の中へと続く通路があった。
「隠し通路ですわ!!」
「この先の地図データは一切ありません。……お嬢様、前に出過ぎず、慎重な行動を心がけてください」
空振りの調査続きからの、新発見。真っ暗な地下トンネルのような空洞に、不安がない訳ではない。けれども、先に続くスロープを見つめ、私はノアの忠告にしっかりと頷き返す。
「さあ、未知の解明へ向け――いざ、参りますわよ!!」
こうして私たちは、古代の秘密へと続く第一歩を踏み出した――。
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ノアの観測記録(Log-018A)
【歩行データ】: 演算バグのような「多角形戦術歩法」により、不安定な床の感圧を三割軽減し、チープな鍵の回収に成功。
【調律作業】: 錆びついた古代回路に対し「物理打撃による正常化への書き換え」を敢行。
【探索状況】: 物理が全てを解決し、地下通路を出現。
「情緒」と「常識」は地上に置いていくことを推奨。……観測を続けます。
【活動報告 / 後書き用】
定期更新日は水・金の18時です。
【※調査団のパトロンになりませんか?】
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ご意見・ご感想も、ドリルを止めてお待ちしております。
(※この物語は作者の妄想・パッション・ロマンにて世界観や魔導具が構築されております。多少のご都合主義は、技術屋の愛嬌としてご理解いただけますと幸いです!)




