第17話:遺跡の静寂、あるいはリトニア号の影。
カイルが一人、アース・ストライカーの整備点検を兼ねて車体を磨いていた。
その影を踏むように、するりとフェリクスが現れる。
「……お前、まだ起きてたのか」
背後からの馴染みのある気配。警戒すべき相手ではないと、カイルは視線も上げず手を動かす。
「そ、ちょっと眠れないし。カイル君は今はこっちの整備中ー? 不備がないかメンテしとかないと、それ、すぐにダメになりそうだしねー」
「何かあった時に使えなかったら、それこそ無駄だろ」
会話を続ける意思を示すように、作業の手を止めたカイルは腕を組み、規律正しい姿勢で壁に背を預ける。
フェリクスはへらりと気だるげな笑みを浮かべたまま、やがてカイルの隣、人一人分の距離を空けてしゃがみ込んだ。
「……ねえ、カイル君。アンタさ、自分の立ち位置、どこまで理解してんの?」
不意に告げられた言葉に、カイルは訝しむように視線を静かに向ける。その話題の意図がまるで掴めない。
足元に落ちていた石を何となしに拾えば、ガリガリと地面を削る不規則で不快な音が響く。カイルは目を向けることもなく、暗がりの通路の先を見つめた。
「……ああ。俺達は彼奴らと違って、直接お嬢に選ばれて雇われた訳ではないからな」
「そう、俺は大奥様経由からこっちの奥様に派遣された身。そしてアンタは大旦那様経由でしょ。つまり、彼奴らからすると、俺たちは外部の人間って訳」
その言葉には、リトニア家の狂信的な忠誠心とは一線を画す「契約関係」の重みがあった。しかし、その声に冷たさはなく、ただ事実だけを口にしている。
「だから、俺らがちゃーんと、あのイカれた狂信者どもを止めつつ、無事、お嬢サマの安全と心の平穏ってやつを守んなきゃならないって言うのにさ。カイル君ってば、ちょーっと自覚が足らないんじゃない?」
カツン、と石で地面を叩く小さな音。そこには二つのドリルを左右対称に描いた、『あの女の子』のデフォルメされた絵が描かれていた。
前髪のカーテンがわずかに揺れ、それをちらりと流し見たカイルは、図星を突かれたかのように口を閉ざす。
「……ま、あの人らの暴走を、俺達みたいな常人が止めようとするなんて、確かに無謀だけど」
「常識人かどうかはさておき、実力では特に騎士のレオン……あいつは規格外だからな」
肩を竦め溜息を漏らす。実力ではトップクラスの火力を誇るのだ。近距離戦ならば彼の右に出るものはいない。そのメイン火力を補助する他の護衛たちを止めるにも、数でも二人だけでは不利だ。
嫌な現実に今度は二人揃って溜息が落ちた。それに頭を悩ませているのはこれだけではないと、フェリクスが続けた。
「俺は現奥様から、『ノアの報告だと、エヴリンの栄養管理と追加物資の護衛が足りないみたい。貴方、手も空いてるし適任よね?』って、笑顔で詰め寄られてここに来てんの」
これが社会の闇だと言いたげに、虚空を見つめる瞳から光が徐々に失われていく。
「現場の決定権握ってるあの人に言われたら、俺みたいな一介の料理人は『ハイかイエス』しか言えないっつーの。料理人なのに片手間に護衛も兼任しろとか、とんだブラック企業だと思わない?」
フェリクスは、規律にうるさいカイルなら「契約外の労働」に同情してくれるかと思ったが、カイルは淡々と答えた。
「現奥様の判断は常に合理的だ。お前の隠密技術と調理スキルを同時に運用すれば、リソースの最適化に繋がる」
「……あー、もう。アンタも技術馬鹿あっち側に染まりかけじゃん。最悪。……アンタ、暗殺者時代からお人好し過ぎじゃね?」
毒されたカイルの『正論』に、フェリクスはまるで苦いものを噛んだかのように、顔をわずかに顰める。
かつてより交流のあった二人。それはリトニア家に雇われるよりも数年前のこと。しかし、それを今この場で語る気はないと口を閉ざすカイル。
フェリクスは退屈そうな顔を隠さず、手元の石をぽいっとその場に捨てた。
「ま、給料分は働くけど。でも、無駄なリソース使ったり、命張ってまで盾になるつもりはないから――まあ、その時になったら考えるけど」
フェリクスはそう言い捨て、小さな溜息と共に「よいしょ」と声を漏らし、立ち上がる。その言葉に返答は不要だと背を向け、己のテントへと足を向ける。
「……分かっている。だが、契約している以上、俺は最善を尽くすだけだ」
「ほーんと、そーゆーとこ頑固だよね」
フェリクスが呆れたように鼻を鳴らした。
「今回は調査って事っしょ? 本来ならお屋敷内か工房で大人しくしててくれりゃ楽なんだろーけど……」
両手を組み、背をぐっと伸ばす。すぐにだらんと下げられた腕。磁石に引かれるように、変わらない猫背は振り向かない。
「特大の好奇心旺盛な所と、お転婆なあのお嬢サマじゃ、『鳥籠』の中は狭すぎたんだろーね」
そこだけは同情しなくもない、という心の内を表すかのように落とされたフェリクスの声。心の内を明かすことはないが、反論すべき言葉もないと、カイルは沈黙で肯定を返す。
フェリクスの虚ろな瞳は、深夜の遺跡の闇を見つめる。カイルは車体に寄り掛からせた愛用武器へと視線を落とした。
――互いに向ける視線の先は違えど、守るべき『対象』は同じだ。
「……この遺跡調査、何が出るか分かんないから、気ぃ引き締めときなよ。なーんか、やな予感ビンビンするんだよねー……」
フェリクスが呟いたその予感は、タイパを重視する彼の直感が捉えた、この深淵に潜む『致命的なバグ』の予兆のようだった。
彼の言葉を静かに聞き入れたカイルは無言で、愛用武器のシリンダーを一度だけ、重く回した。
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(※この物語は作者の妄想・パッション・ロマンにて世界観や魔導具が構築されております。多少のご都合主義は、技術屋の愛嬌としてご理解いただけますと幸いです!)




