第15話:救世主のシェフ降臨②
ーーブロロロ……。
重厚なエンジン音が通路の入り口から響いてきた。視線の先には、サイドカー付きの魔導二輪『アース・ストライカー』。
(一体なぜ? アース・ストライカーが……?)
ライトの逆光でよく見えず、私は目を眇める。
「どーも、ども。食糧配達に来ましたよーっと」
跨っていたのは、黒い革ジャケットを羽織り、赤毛を靡かせた我が家の料理人、フェリクスだった。
「……お嬢様が食料を捨ててパーツを詰め込んだ時点で、既に奥様へ報告し、追加物資の手配をしておりました。貴方がたの肯定を待っていては、この調査団は空腹というバグで全滅しますから」
ノアが淡々と告げる中、フェリクスは魔導車の背後に二輪を止め、ふうと一息ついて歩み寄ってきた。
ゴーグルを外し、首をボリボリと掻きながら歩み寄るその姿は、お世辞にもリトニア家に仕える料理人の姿には見えない。
ジャケットの下には着古したコックコート。首元のボタンを二つ外し、猫背でダラリと歩くその姿は、まるで深夜残業明けの社畜のようだ。
だが、肘までまくり上げられた前腕には、薄い火傷の跡。料理人としての職人性が見受けられる。
「……あーね。ノアくん、マジで仕事早すぎっしょ. 俺、リトニア家の兵站完全に舐めてたわー」
その身から漂うのは「隙」ではなく、徹底して無駄を削ぎ落とした「合理性」という名の静かな気配。
「フェリクス! ああ、私たちの救世主! アース・ストライカーが聖なる騎馬に見えますわー!!」
「……お嬢サマ、それマジでやめて。アンタほんと、周りに甘やかされすぎでしょ……。
クロードさんも、アンタならこれ乗れる身体能力あるのに、お嬢サマの傍を離れないから結局俺が運ぶ羽目になるんすよね。移動のタイパ、マジで最悪すぎなんですけど」
ぐさり、と正論の刃が私の胸に突き刺さる。
流れ弾が飛んでいったクロードは微笑んでいるが、眉をぴくりと跳ねさせ、こめかみに青筋を浮かべていた。
現場に漂い始めた一触即発の空気を察知し、カイルが慌てて口を開く。
「……フェリクス。お前、よくそのじゃじゃ馬を乗りこなしてこれたな。並の操縦士だと、制御しきれずに今頃溝に突っ込んでたぞ」
カイルが感心したように、あからさまな称賛を呟く。だが、フェリクスはその意図を百も承知で、鼻で笑い飛ばした。
「出力をバカの一つ覚えみたいにフルスロットルにしないで、通常運転に絞れば余裕でしょ。ほんと、燃費も魔力のコスパも悪すぎ」
「……っ」
これにはカイルも言葉を詰まらせ、私と並んで情けなく口を噤む。
「……貴方のような、賑やかな方が来て下さるとは意外でしたが、リトニア家に仕えるものならば納得ですね。
まさか、ただの料理人が古代遺跡に運搬するわけにはいきませんから。」
レオンの言葉には納得感しかないと私は同意に頷いた。この場へ至るまで、遺跡内は数少なくとも、私の見てきた範囲では魔物がちらほらと顔を出していた。
だが、私が危機の場面になることも無く、瞬く間に皆が片付けてしまうので、あまり分かっていないが、ただの料理人が来ていい場ではない事くらいは分かる。
「ま、各所で魔物の処理は辺境伯の領主様の采配で片付けられてたし。入口までは護衛も付けてくれてたからね、余裕余裕ー」
飄々とした口調で受け答えをしつつも、フェリクスは手際よく『魔導キッチンユニット』を引き出した。
「それじゃ、お喋りはこのくらいにして……仕事しますかっと」
その瞳は、光の一切を反射せず、週休二日制(物理)と有給休暇(概念)を徹底的に「掃除」されてきたかのような、「死んだ魚のように虚ろな色」を湛えていた。
「あ、そうだカイル君。まだ入り口に荷馬車置いてあるからさ。残りの食材、『アース・ストライカー』使って運んできて。よろしくー」
「……は? なんで俺が。お前が今、それに乗ってきたんだろ」
「だって、あのジャジャ馬を全開で回すなら、カイル君以外に乗りこなせないじゃん。タイパ考えたら、アンタが行くのが一番早いでしょ。俺はさっさと飯作って定時で上がりたいわけ。
……ほら、早く行かないと、俺のめっちゃ美味い飯、冷めるよ?」
よく回る口に、だがしかし動かす手つきも止まる様子も一切なく、同時並行で作業をこなしていく。
ほかほかと湯気の立つ鍋、温かなスープを作っているのだろう、甘くも塩っぱい食欲の唆る匂いが漂う。
食欲を刺激する匂いを漂わせながら、フェリクスが顎で二輪を示す。カイルも、流石にこれ以上は言い返せず、ぐっと押し黙った。
「…………チッ。お嬢、規律通り『最速』で戻る」
カイルはひったくるようにキーを受け取り、シートに跨った。
「お待ちなさい、カイル! 貴方、加速しすぎたらダメですわよ!エネルギー源の魔力の残量も消費が激しいのだから、ここは温存ですわ!」
「……ぐっ、……了解」
カイルは慣れた手つきでエンジンを吹かすと、阿吽の呼吸で遺跡の入口へと向かっていった。
その姿を一瞥していれいれば、私の鼻腔を擽る香ばしい肉の焼ける匂いに、くんと小さく鼻を鳴らす。
透き通る黄金色のスープ、色とりどりの野菜が煮込まれた、自慢のポトフ。
更には柔らかなパンにサラダと、先程から主張を告げる香ばしいお肉という、何日ぶりかの豪華な食事がテーブルの上にズラリと並ぶ。
これには私だけではなく、護衛たちの顔にも安堵の表情が浮かんでいた。
「あ、カトレアさん、アンタのサラダはノンオイルっしょ? 美容にいいやつ用意してきたから。ほら、レオンさんも座りなよ。ここなら安全っしょ」
「おや、お誘いありがとうございます。
……ですが、フェリクス。この『特製ポトフ』とやらは、人間が摂取しても問題ない規格なのでしょうか?
お嬢様の繊細な胃袋が淘汰されてしまわないか、実に心配ですよ」
レオンが爽やかな顔で失礼な懸念を口にすると、フェリクスは深い溜息を吐いた。
「 俺の特製ポトフ、魔道具なんて使ってないし、完全手作りだから、どんなに『繊細』で『高貴』な胃袋でも、食べ過ぎなきゃ問題なしってこと」
二人の賑やかなやり取りを聞きながら、熱々のスープを黙々と食べ進める。しかし、私は目の前におかれたフェリクス特製の苺タルトに目が釘付けになっていた。
「. ……あ、お嬢サマ。糖分はその皿以上は禁止。
調味料の過剰摂取は健康のコスパ悪いし。定時までに仕事終わらせたいから却下で」
「……フェリクス。お嬢様の栄養バランスへの配慮、感謝します。ですが、そのねじりんネギの味噌漬けと苺のタルトは、あと三分の二までは許容範囲ではないでしょうか?」
クロードが真顔で交渉を始めると、フェリクスはさらに深く溜息を吐いた。
「あー、マジ非効率。クロードさん、その無意味な交渉自体が相当無駄っしょ。食事については俺、折れる気ないんで。残業ノーセンキュー派なんで付き合う気ないっすよ」
「でもあと一切れ!一切れだけ追加を……!!だって、フェリクスの苺タルトはどの料理人のよりも格別なんですもの!!」
この調査期間でずっと我慢していた苺のタルト。私の食欲という執念深さは、こんな一言では諦めきれない。
「……はあ、ほら、お嬢サマ、そっちのタルトはあと一切れだけ。これでマジ終了だからね」
呆れつつも、仕方ないとばかりに深々と溜息を溢し、私の好物を追加してくれた。
「はあ、幸せですわ……!苺は正義!糖分も大正義ですわ!!」
カイルに引き続き、ようやく現れた常識人の仲間入りである。ただし、目が死んでいた。
そして――甘味は甘くとも、彼の態度は一切甘くないということを、私はこの後、嫌というほど思い知ることになる。
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ノアの観測記録(Log-017B)
【観測】 料理人フェリクスが魔導二輪で合流。不足していた兵站(主に糖分)の補給を確認。
【分析】 フェリクスの「タイムパフォーマンス」重視の言動により、調査団内の非効率な慣習が一時的にデバック。
【結論】 調査団に「常識人」が続投される。
お嬢様の精神状態は、苺タルトの摂取量に正比例して回復。……引き続き観測します。
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