第15話:空腹の絶望と反省①
「…………干し肉、三枚しか入ってないんだが。これをどうしろと?」
カイルが食糧庫の袋から引きずり出したのは、ネジやバネの山だった。規律正しい彼は、その「異物」を前に、至極真っ当な正論を突きつける。
そう、食糧庫スペースには本来あるべき食料ではなく、私が「使うかもしれない」と詰め込んだ予備パーツが、山のように収納されていたのだ。
「……だって、予備のコイルを置いていくなんて、技術者として耐えられませんでしたの! そ、それにカイル、貴方もこの曲線美を見れば分かるはずですわっ!」
「それは流石に分からん」
声に出さずとも伝わる無愛想な顔が私を向いている。前髪という分厚いカーテンの奥から、射抜くような鋭い視線が突き刺さるのを感じた。
「素晴らしい判断です、お嬢様。貴女の演算通り、この限られた省スペースでこれほどの収納技術を発揮なされるとは……実に効率的で、一分の狂いもございません」
フォローの化身、クロードがレンチの山を慈しむように見つめた。
(やはり、彼に渡した認識阻害メガネが、現実とは異なる映像を映し出しているのではないかしら……)
彼は私に一体どんな理想を抱いているのか、時々不安になる。だが、プロの収納技術を持つ彼に褒められたのは、純粋に嬉しい。
(……とはいえ、流石にそろそろ現実を見るべきですわね)
カイルの無言の圧に、冷や汗が背筋を伝う。
「私の軽率な振る舞いで皆を食糧難にさせるなんて、本当に申し訳ないわ……せめて半分だけでも減らすべきでしたわね」
当時はこれでいけると思っていたのだが、成人男性――それも護衛の食事量は予想外に多いらしい。これは完全に自業自得の極みだ。
(……はあ、やっぱり私はダメね。いくら血が騒ぐからといって、欲しいものばかり優先して、肝心なものを見落とすなんて。お兄様なら、こんな失敗はしないのに。)
身の置き場がなくなり、小さな身をさらに縮めて項垂れる。視線を落とし、反省の意を込めてスカートの裾を握り締めた。
すると、やり取りを静かに見守っていたレオンが、慰めるように私の肩にぽんと手を置く。
「!あ、あのね、レオン。私は決してあなた達を蔑ろにするつもりなんて……」
「――シッ……お嬢様、少しばかりお静かに」
直後ピシリ、固まる私の身体。
レオンの放つ緊迫感に、全員の警戒度が跳ね上がる。
暫しの無言が続く――しかし。
「……おかしいですね。先ほどから、この遺跡の静寂を切り裂くような『重低音』が等間隔で鳴り響いているのですが」
整った顔立ちがこちらへ向けられる。彼は真剣な表情で何かを探るよう視線を彷徨わせる。
「新種の魔物の鳴き声でしょうか? それとも……おや、失礼。
心なしか、貴女の胃袋のあたりから一番強く響いているようですが?」
ちらりと、私の腹部を見ながら、自身の腹を優雅に押さえて問いかける。爽やかな、それでいて酷く不敵な笑みを浮かべた。
「私はてっきり、未踏の階層に巨大な魔物でも潜伏しているものかと思いましたが……フッ、とんだ勘違いだったようですね」
その瞬間、私の脳内回路は真っ白に焼き切れた。先ほどまで殊勝に反省していた心根は、一瞬にして「極大の羞恥」という名のオーバーロードによって上書きされる。
「んなっ、ななっ、なんですってー!?」
私はカッと目を見開き、震える指先でレオンを指した。
「私が心から、胃壁に穴が開くほど深く反省していた矢先に、乙女の繊細な心を土足で踏み荒らすような無礼な口ぶりを聞くだなんて、最大級に失礼ですわよレオンっ!
誰が、未踏階層の地殻を粉砕し、生態系を根本から書き換えて全滅させるような、絶望の魔獣の最終兵器級の咆哮ですってー!?
お腹の音がドリル12,000回転の重低音バイブスだなんて、一言も認めてよろしくありませんわよっ!!?」
「……いや、お嬢。慇懃無礼なレオンでも、流石にそこまでは言ってない。どんな過剰な被害妄想が実行されているんだ……」
カイルが深々と溜息をつき、呆れ果てた視線を私に向けた。銃口は相変わらずレオンに向いているが、その指先は主のあまりの暴走に、わずかに力を失っているようにも見えた。
私はぐっと言葉に詰まり、キッとレオンを睨みつける。さっきまでの落ち込みを吹き飛ばすには十分な威力で、代わりにあるのは顔が火照るほどの羞恥心だ。
やらかしたことへの反省と、この侮辱は別問題である。対峙する男は何食わぬ顔で、愉快さと揶揄いの混じった瞳で見下ろしてくる。
そこへ、過保護な侍従兄妹がスッと私の前に入ってきた。
「……食料など、代替案でどうにでもなります。お嬢様、貴女の判断には一分の隙もございません。……レオン。食料の不足程度で、お嬢様の情熱を否定するな」
「そうですよ、レオン。お嬢様がお腹を空かせているのなら、心もお腹も満たされる甘いお菓子をお出しすれば良いのです。
……ああ、それでもお肉を所望されるのであれば、このカトレア。たとえ火の中水の中、どこへでも一狩りに参りましょう」
擁護の言葉が些か物騒だが、いつもの事だ。深く気にしてはいけない、と私は無言を貫き通す。だが、流石に従者にここまで肩を持たれるのは情けない。
それ以上に、カトレアの物騒な発言に私は目を剥いた。いくら彼女が毒を操り、自身の三倍もある熊を仕留める実力者だとしても、妙齢の女性なのだ。
そんな危険なことを頼むくらいなら、レオンを派遣……いや、彼は極度の方向音痴だ。帰ってくる手間を考えれば、どちらにせよ森林災害(人災)を心配せねばならない。
「ですが、流石にこれでは調査の続行は不可能でしょうね。ここは一度、街へ戻る方が安全でしょうか」
カトレアの正論に同意しようとしたその時、魔導車のエネルギーを補充していたノアが、懐中時計を手にしたまま静かに現れた。
「予定通り、そろそろ到着時間になります」
ーーブロロロ……。
重厚なエンジン音が通路の入り口から聞こえてきた。視線の先には、サイドカー付きの魔導二輪『アース・ストライカー』。
(一体なぜ?アース・ストライカーが……?)
ライトの逆光でよく見えず、私は目を眇める。
「どーも、ども。食糧配達に来ましたよーっと。」
跨っているのは、黒い革ジャケットを羽織り、赤毛を靡かせた我が家の料理人、フェリクスだった。
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ノアの観測記録(Log-015)
【観測】お嬢様、食糧庫を予備パーツで埋め尽くし、干し肉三枚のみを残存させる
【分析】空腹により腹部から重低音を発生。レオンが魔物と誤認しかける事案を確認
【対応】事前報告によりフェリクスが追加物資を搬入。兵站は正常化
……お嬢様の判断基準に「可搬重量」と「食料優先度」の概念追加を『要検討』
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(※この物語は作者の妄想・パッション・ロマンにて世界観や魔導具が構築されております。
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