閑話④:光の射す場所、あるいは絆創膏の約束(カトレア視点)
※今作は過去回想エピソードです。
当時:少女カトレア(10歳)と、お嬢様(7歳)
ーーそして、現在(16歳と19歳)へ。
リトニア家専属侍従兄妹がお嬢様に魂を捧げた、その「原点」の物語。
(閑話なので、明日の朝8時にクロード視点の方も投稿予定です。)
あの日、私は世界に絶望していました。
父母を亡くし、気のいい武器屋とポーション師の夫婦に引き取られたものの、外の世界はどこまでも冷酷でした。
当時から私達、兄妹の美貌は整っていた。それ故に、周りの女の子たちは私の顔を「男に媚を売っている」と蔑み、仲間外れにしました。ずっと年上のお姉さんも、どこかのお家のお母さんも。
まるで、親の仇を見るような目つきで、「この歳で誘惑でもするなんて」「なんてはしたな子なのかしら」。責め立てる声が影からそっと囁かれるのでした。
やがて、彼女達はじっと睨め付ける悪意と嫌悪の潜む目を向ける。顔なんてそう簡単に変えられるものではない。目立つこの顔が私は嫌いだった。憎しみすら持っていたかもしれない。だから私はいつも俯き、兄の背を盾にし縮こまって歩いていた。
ーーそれすらも、男性からの邪な視線を向けられることも少なく無かったけれども。
その日、私は久々に兄に連れられて買い物に出た。けれど、相変わらず視線から隠れることばかり考えていたせいで、転んでしまった。
何故私がこんな思いをしなければならないのか、何故私たちだけがこんな顔を持っているのか。泥だらけになった膝と、心の痛みに耐えかねて声をあげて泣いていました。
「……大丈夫?」
すると、鈴を転がすような、けれどどこか凛とした声。 顔を上げると、そこには私と同じくらいの年齢の、燃えるようなルビーの瞳を持つお嬢様が立っていました。
私よりも数個下の少女。こちらの様子を窺い見るように、三歩距離を取り視線を合わせるようにしゃがんでいた。きょとり、とした純粋な目とかち合う。
「……あなたの瞳、サイトグラスみたいで……その、キラキラして、綺麗ね」
思わずといったように、目の前のご令嬢は秘め事のように、小さな声で呟いていました。しかし私は、「また顔のことか」と、そう思っていたのです。
友達なんていない孤独な毎日を送っていたから、当時はそう捻くれた考え方をしてしまった。けれど、私がそう思ってしまうほどの環境が揃っていたのです。
「……貴女の瞳の方が、ずっと綺麗です……」
そして私はお世辞のように、しかし本心を隠すことなく返した。けれど、私はすぐに後悔したのです。お嬢様は寂しげに、けれど優しく目を細めて言ったのです。
「嬉しい。……私、お友達がいないの。こんなに目も吊り上がってるし、意地悪な顔つきですもの。みんな、私を怖がって逃げてしまうのよ」
お嬢様は私が怯えさせてしまわないかと、慎重に、まるで壊れ物を扱うように三歩の距離を保っていたのだと瞬時に悟りました。私と似ているようで、違う境遇の子。
私のように自身を憐れむばかりではなく、その小さな胸に不安と緊張を隠しながらも、泣きだす私に優しさを与えてくれた。見知らぬ私に、手を差し伸べるーー勇気のある優しい少女。
私には踏み出せなかったその距離を、お嬢様は自ら埋めてくださったのです。そして泥に汚れた私の膝を、高価な刺繍のハンカチで迷いなく拭い、小さなポーチから不思議な紙を取り出しました。
「……優しい瞳をしてるのに、泣いたらもったいないもの。
はい、これ。痛いのを封印する魔導具。
……普通のより、三分くらい早く治るはずよ」
「あり、がとう……」
「……うん、どういたしまして」
彼女が貼ってくれたのは、ただの絆創膏。けれど、私にとってはどんな高位魔法よりも温かい、救いの印でした。 周囲の嘲笑に晒され、同じように孤独の檻にいたお嬢様。
なのにお嬢様は、私を励まそうと、ちょっと困ったようにはにかんで笑ったのです。
(――ああ。この方は、私と同じだ。そして私よりもずっと、強くて優しい)
隣にいた兄も、その光景に打たれたのでしょう。無骨な拳をぎゅっと握りしめ、去って行くお嬢様の小さな背中を見つめていました。
その後、伝手を頼って子爵家に働きに出ることが決まった時、私は心に誓ったのです。 あの日、私の世界を照らしてくれた優しい手の温もりと、はにかむ暖かなあの笑顔を。二度と曇らせたくはないと。
「……お嬢様。本日のドレスの着こなしも、まさに女神の再来のようでございます。その鋭い眼光は、悪を射抜き、迷える民を導く慈愛の光……。
ええ、あの日、私の曇り空を晴らしてくださったその輝きを、このカトレアが世界の隅々まで説いて回りましょう」
ーーこうして私たちは、お嬢様と共に日々を過ごしています。
侍女という立場ではありますが、私は知っているのです。お嬢様がどれほど繊細で、純粋な心を持っているかを。いつかお嬢様に心から笑い合えるお友達ができる、その日まで。
私は彼女の三歩後ろから、そっと敬愛と親愛の言葉を述べ続けるのです。
たとえそれが、お嬢様をちょっとだけ困らせてしまうほどの、熱量だったとしても。
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(※この物語は作者の妄想・パッション・ロマンにて世界観や魔導具が構築されております。多少のご都合主義は、技術屋の愛嬌としてご理解いただけますと幸いです!)




