第13話:12,000回転の咆哮
淑女の尊厳とは、硝子細工のように繊細なものですわ。
「……ふ、ふふ、……やっと、現れましたわね! 今度はこれで勝負ですわよっ! 私の宿敵……っ!」
私は震える手で、家宝の黄金の螺旋『ボーラー様』のグリップを握り締めていた。
草原のど真ん中で、再び立ちはだかる二匹目のウサギ型の魔物を前に、ドンと胸を張り今は静かなその魔物にドリルの先端を向ける。
「宿敵って、それただのウサギ型の魔物だろ……」
「……計測不能なレベルの執念を確認」
「カイル、ノア、聞こえておりますわよ! これは執念ではなく、相手を自身と対等に見るという……そう、好敵手ですわ!」
先ほどは無惨にもレオンによる『指パッチン』により、私の活躍と共に一瞬で無に帰された。だからこそ、一矢報うべく再び心を震わせる。
「ええ、確かに私は非力な淑女ですわ。けれども、私には唯一無二の解決策……そう、このドリルがありますもの!! リトニア家の代々の家宝の出番ですわ!!」
自信満々に私は言い放つ。先程までは試行回数が足りなかっただけ。落ち着いてやれば、私だってこの程度の魔物なら、何とか倒せる。
魔力の源を引き上げるよう、深呼吸をする。軍手を嵌めた指先から、バチバチと火花を散らす。カメオに魔力を流し、実体化させる。
――そして、巨大な黄金色のドリルを両手でしっかり構える。
「回りなさい! そして、私の元へと来るはずの請求書も、これまでの黒歴史も、全てを無に帰すのよ!! 私の涙ぐましい努力と共にッ!!」
――ガガッ、ガッ、……ドゥルンッ、ドゥルルル。
私の邪な熱が悪かったのか、駆動音が安定しない。
「……あら? おかしいですわね、魔力不足――」
改めて一定の魔力を注ぎ、宿敵を見据える――だが、予想外の挙動を見せる。
――キユィィィィン!
「ひゃっ! もう! いきなり何――」
『回せ! 穿て! うぉぉおお!!』
魔力不足かと思われた駆動音の後、ご先祖さまの声が響く。すると――。
――ギュウルウゥウイイイイッ!!!
『優雅に、エレガントによ』
『クッ、まだだ、まだ終わりは――!』
『これがッ、熱き鼓動――!』
唸りを上げる駆動音。
歴代開発者たちの咆哮。
――突如、私の中の魔力を一気に吸い上げていった。
「っ! 勝手に魔力を吸わないでくださいまし!! 聞いてますの!?」
手元のドリルを制御しようとする――だが。
『回せ!穿て!』
『――冷静に且つ優美に――』
『――ロマンと美学を忘れるな』
『行けえぇぇ!!!』
直後。――地獄の四重奏が戦場に響き渡った。
個性同士のぶつかりあい。
法則を無視した無法地帯。
――地獄の舞台が、幕を開けた。
「!? なんですの?!ご先祖様たちの荒ぶりはっ! ちょっ、摩擦力と回転数がとっくに限界を超えてますわ!!」
「ッ、おい、お嬢!とうとう脳回路までイカれたのか……!?」
「私にも分かりませんわよ!! って、うるさっ、煩すぎますわっ!! 一体何人のご先祖様の思念が込められておりますの!?」
「……警告。周囲数キロメートルの魔物の闘争本能を、ボーラー様の『騒音公害』で逆撫でた模様。――現在、お嬢様を『唯一の敵』として認識し、集結中です」
「は!? 悪い結果になっていますわ!!」
あまりの騒音に耳を塞ぎたくとも迂闊に手を離せず、私は焦りの声を上げる。ドリルへの魔力を遮断しようとしても勝手に奪われていくばかり。
私の身を守るべく、隣で魔力障壁を張り続けるノアのモノクルは静かに解析を続ける。
「解析結果が間に合いません。……不確定情報ですが、お嬢様の予算に対する執念と怒りにより、『ボーラー様』への過剰供給で、暴走状態を起こしています」
「つまり……?」
「……その四重奏には、集敵作用があるようです。魔導二輪車の原理と同じく、ただの公害音による二次被害です」
公害音という言葉に反応したのか、思い当たる節のあるカイルは苦々しい顔で「とんでもないじゃじゃ馬だな」と呟く声が聞こえた気がした。
――そして、魔物たちは地響きを立てて押し寄せた。ゴブリンやオーク、そしてウルフの群れ。その瞳には、かつてないほどの殺意が込められていた。
だが、今の私は止まれない。
ドリルの回転が速すぎて、止めたくとも止められないという、まさに自業自得な顛末だった。
「――ええいっ、もう、どうにでもなれですわ!」
「ドリルの魔力切れまで、制限時間あと1分……それまでどうか耐えて下さい」
「! それまでの勝負なら……! さあ、来るなら来なさい!! 今すぐ更地にして差し上げますわぁぁぁ!!!」
私はヤケクソでドリルを突き出しようとする。
だが、通常の威力の倍である、『24,000回転』という暴走を制御することなど、土台不可能だったのだ。
――ギュルルッッルウオオ!!
「ひゃあッ! や、やっぱり無理ですわ! ドリルが私を振り回していますわ――っ!!!」
「お嬢!? どこ狙ってんだ、標的は正面だぞ!!」
「無理ですわ! 物理法則が、私を拒絶していますのよおおお!!」
「残り45秒……あと少しで警報音が鳴ります」
暴走するドリルは魔物を貫くよりも先に、母なる大地に狙いを定めた。
――ズガガガガガ、ドォォォォォン!!
凄まじい轟音と共に、ドリルの先端が地表を抉っては、砕き割る。
その姿は「掘削ドリル」の正しい用途であった。
――コーン、ピコ……
「ひいぃいっ!! 止まってー!! 止まってくださいまし、ご先祖様ぁああ!!!」
――ドドドッ!!
魔物の群れが、直前まで迫り来る。
(もう無理ですわ!!ああ、最後に――もっと開発をしておけば良かったですわ)
――しかし、接触よりも早く、彼らの足元が「消失」した。
「……ギ、ギャオオオーー!?」
「グォオオーー!!」
「キャインッ!!!」
――ドカドカッ、ドサッ、ゴンッ!! ガッ!!!
偶然にも魔物の進行ルート上を穿ち、完全に地形そのものを破壊した。
結果、戦闘することなく陥没穴へと転げ落ち、退場していった。
「「「…………」」」
――静寂。
そして、いつの間にか止まっていた私のドリル。
制限時間は……丁度3分。
へにょりと草臥れ、力を無くした、暴虐の黄金螺旋。
あまりの展開に、誰一人として声も出せなかった。
――なんとも呆気ない結末に、私と護衛たちの間に、静寂が生まれた。
「ぷっ、……ククッ」
しかし、そこは安定のレオン。
彼だけは肩を揺らし、笑いを堪えきれないと小さく噴き出す。
「っ、ああ、失礼……はは、あまりにも常識外の破壊力で……ええ、それはもう、まさか、誰も地形破壊という暴虐を尽くすとは予想外だったもので」
レオンがそう言うのも無理はない。私は目の前の悲惨な光景。土煙が晴れた後に残ったのは、直径五十メートル、深さ二十メートルの、不自然なまでに綺麗な「円形の大穴」。
その縁で、焦点の合わない瞳で虚空を見つめる私の姿。
――カラン、
力なくドリルが手元から落ちる。初の実践戦闘、予想外な結果ではあったが、私は見事、勝利を収めたのであった。極度の緊張と、怒涛の展開に放心状態だった。
しかし、その油断をまるで見計らったかのように、その異常は起きた。私の全身を、人生史上初と言えるであろう、「絶望的な衝撃」が身体中に走る。
「――ッ!?!?」
声が出ないほどの、想像を絶する痛み。私の全身はビタン! と大きく痙攣し、そのまま固まる。
『24,000回転の超振動』それは、人類が到底その身に受けて良いものではなかった。
全身の筋肉がダイレクトに受け止めた代償に、私の腕、肩、背中、そしてなぜか足の指先に至るまで。過負荷に悲鳴……いや、雄叫びを上げ、パニックを起こしていた。
「……お嬢様? ……生存確認。……全身の筋肉が、24,000回転の余韻で『独立した生き物』のように波打っています。……非常に、不気味です」
「っ! ――ッ!!」
かろうじて息は出来る。しかし想像を絶する痛みに、言葉にならぬ声。パクパクと口を何度も閉じては開き、苦悶の表情を浮かべる。
クロードやカトレアが銅像のようにピクリとも動かない私の体を、横抱きにし持ち上げる。
「……お嬢、後は任せて休んでおけ」
共に来たカイルは私の状態を確認すると、運ばれて行くのを静かに見守る。その後に残ったのは、進行ルートの地ならしと、陥没した大穴。
そして、レオンは「ははは! もはや神の領域ですね!」と空気を読まない謎の称賛をまだ送っていたのを、私は知らなかった。
その後の客室内、ソファに寝かされた私の手を取るカトレアは、悲痛の顔を晒す。経典がどうの、女神の聖戦がどうのと呟く言葉を私は聞き流していれば、不意に顔にかかるクロードの影。
――私を覗き込むクロードの目は、笑っていなかった。
「本日より、私の確認なく、ドリルの使用は厳禁とします。そして、絶対に私たちの前へと出ようとはしない……良いですね?」
「……は、はひぃ……っ…」
こうして私の戦闘力を計測するという、愚かな行程は終了した。
私は全治3日の、呼吸をするだけで激痛が走る超絶筋肉痛へとデグレードされ、ベッドの上で、不気味にのたうち回る、謎の生物……綺麗に言えば、ワームのように固定された。
(……汚名をそそぐはずが、またしても、黒歴史(物理)が上書きされてしまいましたわ……)
もう二度と戦闘をしようだなんて愚かな行為はしまいと、地獄のような筋肉痛と共に、私の心へと深く決意を刻みつけたのである。
―――――――
ノアの観測記録(Log-013)
【事象】:黄金の螺旋『ボーラー様』の想定外起動(24,000回転)による物理的掘削および地形破壊。
【判定】:掘削面の状態は「鏡面仕上げ」。24,000回転の摩擦熱により、土壌のケイ素が一部ガラス化しているのを確認。『ボーラー様』達の地獄の四重奏による公害音の集敵作用(集団パニック)を検測。
なお、お嬢様は超振動の反動により、全身の筋肉組織が過負荷を検知。
【報告】:魔物の群れを物理戦闘なしで陥没穴へパッキング・無力化。実質的な戦闘能力計測は終了。
お嬢様は現在、超絶筋肉痛によりワーム状に固定。
……追記。「情緒がイカれたかと思った」との証言有り。カイルの胃痛に「リズム感」が加わる二次被害が発生したため、カイル愛飲の胃薬を補充します。
【活動報告 / 後書き用】
定期更新日は水・金の18時です。
【※調査団のパトロンになりませんか?】
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ご意見・ご感想も、ドリルを止めてお待ちしております。
(※この物語は作者の妄想・パッション・ロマンにて世界観や魔導具が構築されております。多少のご都合主義は、技術屋の愛嬌としてご理解いただけますと幸いです!)




