第12話:とりもちバズーカの試射
「見ていなさい! このバズーカ砲の真の威力を、とくとお見舞いしてやりますわよっ!」
私の両腕に抱えられるのは、幾度となく試行を重ねた、執念と飽くなき技術への情熱の結晶――通称『とりもちくん』。
我がリトニア商会が誇る『魔道具』という既製品の限界を超えた、私専用の『とりもちくん・改』。噴出威力は推定10%向上。だが、そこで予算が赤字近くなるという、涙無しには語れないエピソード付きだ。
「徹夜と涙と努力……そして、私の切実な予算管理との死闘の結晶ですわ……!!」
私は、愛おしくも憎たらしい、ツルリとした黄色い円筒を震える手で撫で上げる。
「……まさに涙の結晶ですわ。主に物理的な意味で」
私の悲痛な独白が静まり返った草原に響く。
すると間髪入れず、カトレアがシルクのハンカチを目元に当てて横滑りに割り込んできた。
「お嬢様は安価な廃棄寸前のもち米をお買い上げになり、日夜ご自身で捏ねておられたのです。……ああ、なんと尊い再利用なのでしょう……!」
感極まったカトレアの隣で、クロードが遠い目をして頷く。
だが、そんな感傷など一切鑑みない男が一人。レオンである。
「涙の味がする兵器とは、それ程にお嬢様が技術を注がれた逸品だと仰りたいのですね。予算と偏愛的な美学を天秤にかけ、最終的に『安価な暴力』を選択したその狂気、嫌いじゃありませんよ」
「何ですって!? 貴方ね、こっちはお母様の『管理』という名の戦場を戦い抜いてきたのですわよ! 無慈悲にバッサリ切らないで下さいまし!!」
脳裏をよぎる、開発予備費を巡る予算議論の記憶。
廃棄寸前のもち米を粘着罠に転用したいという私の主張に、完璧な淑女である母が引き攣らせたあの顔。
(勝敗に関しては勝ち取ったはずなのに、何故か試合に負けたような、妙なあの敗北感……。令嬢として正しい姿ではないのだと、改めてお母様に教育し直されましたわね……)
しかし、今はそんな思い出に浸る時間ではないのだと頭を小さく振り、気合を入れるように私は前方にある切り株をビシリと指差した。
「いい、カイル? 標的はあの切り株ですわ。……さあ、『とりもちくん・改』! 私たちの屈辱を、粘着力に変えて解き放ちますわよーーっ!!」
私はまるで規律に煩い、天才狙撃手のように、集中力を一点に集約した。
脳内では既に、完璧な弾道がシミュレートされている。重力、風速――そして私はスナイパー令嬢としての、仮面を被る。
最速で、迅速に。そして的確に、精密に照準を合わせる。私の『規律』という全てを計算に入れ、慎重に、引き金を引いた。
「――えいっ!!」
ぽむっ! という愛らしい発射音。
放たれたまろやかな白い弾は――切り株から五メートルも離れた無実の地面を虚しく叩いた。
――……ぺしょっ
「…………あら?」
ちょうどそこにいたアルミラージが、降ってきた謎の液体に「きょとん」としている。
「っな……! い、今のは試射! 試射でしてよ!? 本番はここからですわ! ――とりゃあ!!」
―― スカッ。
「えいやぁあああ!!」
―― ぺしょり。
理論は完璧。だが、現現実は無情。
正確無比なはずが、弾は虚空を蛇行し、無関係な草原を汚染し続ける。
沈黙が場を支配し、標的のアルミラージはもはや私を脅威と見なさず、優雅に毛づくろいを始めた。野生なのに危機感がまるで見えない。
「……道具はいい。出力も、粘着剤の粘度も文句なしだ」
私の横で銃を構えることもなく、私の内なる狙撃手としての師匠――カイルの非情な宣告が下された。
「だが、お嬢。肝心の『中身』……つまり射撃センスが絶望的なまでに死んでる。逆に、あの弾の被弾範囲で『どうやったら当たらないのか』と感心さえする」
「たまたま物理法則が私を拒絶しているだけですわ!!」
悔しさに震える私を差し置いて、クロードが深い溜息をつく。
「……ノア、介入を。このままでは日が暮れるまで草原が暗黒の海に沈みます」
「了解。……お嬢様の命中期待値、0.003%を検測。……強制介入を開始します」
「ちょっ、まっ……!」
(ダメですわ、この家で技術的に正論を叩きつけられたら、私に拒否権などありませんわ……っ)
慌てて私が静止の声を上げようとする間もなく、ノアがモノクルをカチリと鳴らす。
視界が塗り変わる。指先に冷たい感覚が走る。敢えて可視化された魔力の糸が、私の手首、肘、肩を強制的に固定した。
「ぐぬぬ……っ! 確かにこの方が手っ取り早いですけれど……いつか、きちんと借りは返してもらいますわよ!!」
「お嬢様、抵抗はエネルギーの浪費です。……カイル、矯正を」
「ああ。……お嬢、脇を締めろ。死ぬ気でその構えを体に刻み込め」
カイルが強引に私の腕をねじ曲げる。
もはや私は意思を持つ魔道具師ではなく、リトニア家が誇る最高級魔導具を保持するための『生体固定台』だった。
「……着弾予測、完了。……風速補正、0.1ミリの狂いもありません。……今です」
ノアの合図と共に、人差し指が機械的に引き金を跳ね上げる。
――ズドォォォォォン!!!
衝撃が肩を襲い、特大弾が空気を引き裂く。
「……キュッ!?」
逃げる暇もなく、アルミラージは巨大な粘着の繭に包まれ、地面に完全固定された。
「や、やりましたわ!! カイル! 見まして!? ついに私の渾身の一撃で見事、討ち果たしましたわよっ!!」
自由を取り戻した私は、自分の実力のように両腕を上げて飛び跳ねる。……だが、余韻に浸る間もなかった。
「……素晴らしい『魔導具』ですね、お嬢様」
レオンが、いつの間にか私の背後に立っていた。その手には、抜かれた形跡すらない大剣。
「まあ、私ならば『ねちょねちょ』させる手間や剣すら要らずに――」
パチン、と軽く指を鳴らした。その瞬間――
――ドガァアアアン!!!!
「……一瞬で消去して差し上げますが?」
轟音と共に、魔物の背後にあった巨大な岩山が粉々に粉砕され、瞬時に更地へと変貌する。
あまりにも過剰で、あまりにも無慈悲な、『理屈を超えた純粋な暴力』。
「「「…………」」」
――沈黙。
レオンが組み込んだ、数日に一度きりの「ハッタリ」技である、『緊急時最大出力モード《オーバードライブ》』が火を噴いて見せたのだ。
見届けるのは私と護衛たち。そして、爽やかな笑顔を浮かべるレオン。
べっちょりと固定された逃げ場なき哀れなウサギは、爆風の余波だけで泡を吹いて気絶している。
「……やり過ぎだ、レオン」
「それは失礼。お嬢様ご自慢の開発結果を披露しただけなんですが」
「……ふ、ふふ……ええ、よろしくてよ」
草原に、私の乾いた笑いが虚しく響く。
呆れつつも生温い目を向けるカイルの視線が胸に深く刺さった。
(――けれど、いつか必ずや、この屈辱を晴らしてみせますわ!)
一つ目の計測を終えた結果の、戦力外通告。
『とりもちくん・改』をより立派な『魔導具』へ改良する決意を固めた日であった。
「さあ!! 次こそ私の真の出番……行きますわよ! 『ボーラー様』!!!」
淡く光を放つカメオが、強く一度だけ瞬いた。
―――――――
ノアの観測記録:(Log-012)
【確認】:広域拘束用魔道捕縛器『とりもちくん・改』の実戦試射、お嬢様の命中期待値0.003%(演算上の期待値を下回る「物理的拒絶」)を確認。
【判定】:外部制御による強制命中を執行。なお、レオンの『緊急時最大出力モード』の無駄遣いによる地形破壊を確認。
【報告】:粘着性能は「極めて不快」なレベルで良好。……お嬢様の射撃デバッグに大幅な修正の余地有り。
……追記。カメオの発光強度の増加を検測。監視強度を引き上げます。
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(※この物語は作者の妄想・パッション・ロマンにて世界観や魔導具が構築されております。多少のご都合主義は、技術屋の愛嬌としてご理解いただけますと幸いです!)




