第10話:黒鉄の降伏勧告②
一方その頃、街の冒険者ギルド『鋼の拳亭』。
かつてない緊張感が荒くれ者たちの間に走っていた。
普段なら、酒の匂いと卑俗な笑い声が絶えないこの場所が、今は底冷えするような静寂に支配されている。
「おい、あの『黄金の凶器』を頭に冠した、とんでもねえ覇王の令嬢が乗り込んできたって話、マジかよ」
「いや、俺は『黄金の螺旋』だって聞いたが……まあ、どっちにしろヤバい奴には変わりないか」
「ああ、門番のガイツが腰を抜かしたらしいぜ。……連れもヤバい。中でもあの騎士は、一振りで一軍を屠る生ける攻城兵器。……その傍らに、機械みたいな坊主が控えているらしいぞ」
噂が熱を帯び、誰かが生唾を飲み込む音が響く中、ギルドの分厚いオーク材の扉がゆっくりと開かれた。
逆光の中に現れたのは、高身長に無駄なく鍛え抜かれた鋼のような体躯。噂通りの『覇者』を体現したオーラを持つ男、レオンだった。
ただならぬ威圧感を持つ彼が一歩踏み出すごとに、酒場に漂う安酒の匂いを一瞬で消し飛ばした。
「(な、なんだ……!? 空気が重てえ……! 息をするだけで肋骨が軋みやがる……ッ!)」
カウンターでジョッキを傾けていたベテラン冒険者の手が、ガタガタと目に見えて震え始めた。飲み干そうとした琥珀色の液体が、レオンの歩みに呼応するように波打つ。
そんな冒険者達を一瞥することもなく、目的地へと歩みを進めるレオンは、掲示板に貼られたそれを一瞥する。
彼の目に映るのは高額な依頼書や、難易度の高い討伐推奨の依頼紙ではなく、その隅っこにある一枚の稚拙な指名手配書だった。レオンの薄い唇が、底の知れない不敵な笑みを浮かべた。
「……ふむ。この私を、これほどまでに愚鈍な巨漢として描くとは。……この絵師、美的センスだけではなく、脳の演算能力が欠如しているとしか思えませんね」
「それに、この懸賞金……フッ、まあ、良いでしょう」
「(……あ、あいつ、懸賞金の額が安すぎると笑いやがったぞ……! )」
「(嘘だろ、通常の依頼の倍額あったぞ!?)」
「(命の価値が、違いすぎる……ッ!!)」
ざわめく冒険者たち、レオンに注視する視線。
そんな中、レオンの傍に付きそう一人の少年の姿があった。一切の感情を削ぎ落とした淡墨青色の瞳を持つ少年ーーノアが静かに前に出た。
ノアは依頼書を眺めているレオンを一瞥しただけで、興味はないと言うように受付嬢のいるカウンターへ一人で向かった。
「えっと……坊やは、彼のお手伝い……かな?」
受付嬢は顔を強張らせながらも、長年ギルドの受付嬢として仕事をこなして来たプライドを発揮させた。カウンターの下で震える膝をかかちりと合わせ、無機質な少年へとビジネス用の笑みを浮かべる。
だがノアは笑みを返すことなく、肩にかけられた焦茶の鞄の中を漁る。
「冒険者プレートかしら?」
「いえ、そちらではなく、『魔導具師』のライセンスです」
「魔導具師の……?」
「……ああ、ありました。こちらです」
ノアが出したのは、エヴリンが徹夜の果てに完成させた『魔道身分証』であった。
「坊や、その魔導具師ライセンスって……」
「……代理人のノアが、リトニア家当主の正式な依頼により、エヴリン・リトニアの情報照会を開始します」
受付嬢の声を遮り、カウンターテーブルへとノアがプレートを置いた。ギルド内に青白い幾何学模様の術式が展開される。
「権限、照合……動作確認を開始」
ノアが呟くように静かな声で、白銀の魔導板を鑑定台の挿入口へ滑り込ませる。
ギルドに備え付けられていた旧式の鑑定魔導具が、悲鳴のような高周波の駆動音を上げた。
内部の魔導歯車が、本来の許容回転数を遥かに超えて、ジリジリ、プスプスと異音を立て回り始める。
「(……な、なんだ!? 鑑定機の針が、振り切れて……戻ってこねえ!?)」
屈強な男達の視線がカウンターに釘付けになる。
目の前でこれから起こるであろう、『恐ろしい何かが起きる』という確かな予感が脳裏を過る。
恐怖で竦み椅子から立ち上がれない受付嬢。雑然としていた冒険者たち。
その誰もが息を呑んだ――その時だった。
鑑定機の真鍮製のスピーカーから、緊迫し静まる室内に、ざらついたノイズ混じりの女声が響き渡る。
『――警告。致命的設計欠陥を確認。』
温もりを全て剥ぎ取ったかのような冷たい響き。
それは、エヴリンが「せっかく身分証を作るなら、これくらい派手な演出がなくては!」と、寝不足のテンションで魔改造を施した音声であった。
自らの声をサンプリングし、わざわざ「インテリ系のお硬い令嬢っぽく」聞こえるようピッチを調整した無駄な拘りを発揮した、努力の産物。
(……というよりも、単なる深夜テンションのノリであり、ハイになったお嬢様の『遊び心』ですね)
『――コード・確認:リトニア・エステティクス、固有識別コードを検知。――記憶領域、魔導回路網の再定義を開始。10%……45%……100%』
「(な、何を……何を言ってやがるんだ、この機械は!?)」
全員が顔を蒼白にする中、鑑定機は「ガガガッ!」という物理的な破壊音と共に、最後のログを全出力した。
『全システム、リトニアを承認』
それは、エヴリンが「締めの一言は、これしかないですわね!」と、自身の魂全てを賭けたその場の勢いで録音した、エヴリン節の決め台詞。
絶望に光を失った目。悲壮なまでに顔を強張らせる男。神に祈るよう手を組む女。最大級の警報がその場にいる者達の脳内に駆け巡る。冒険者たちは神に祈った――。
だが、スピーカーから放たれたのは救いではなく、寝不足でハイになった令嬢の絶叫。
『技術は、爆発ですわぁああああああっ!!!』
パァーーーーンッ!!!!
物理的かつ概念的な破裂音は、理性をデバッグする一撃であった。鑑定機は真っ黒な煙を吹き出し、文字通り「爆発」して沈黙する。
――恐怖と混乱と混沌による、場の支配。
エヴリンの執念の結晶により、意図せずこの場にいる者達の正常な「精神と思考」の制圧を完了させていた。
誰もがこの場で起きていることが一体なんなのかは理解などとうに出来ない。
ここにいるのは『荒くれ者の冒険者』であり、『変態的な技術者』ではない。
未知なる恐ろしさ――それは、『未確認飛行魔物との遭遇』という衝撃を受けた心情に近しいものだった。
続く静寂。
誰しもが意識を遠くさせていた。
そんな時、レオンは彼らの周囲の様子をぐるりと見渡し、酷く残念そうに呟いた。
「しかし、このギルドは腑抜けばかりのようだな。何とも情けない……」
「……レオン。どうやら本命が来たようです」
ノアが指差した先、そこは二階へと続く階段の先。その奥から、熊のような体躯のギルドマスターが、顔面を蒼白にして這うように現れた。
「身分証明書の提示の完了。僕たちはリトニア子爵家の使者であると、身分証により証明されています」
ギルマスが彼らの前に対峙する。そんな彼らのやり取りを見守る冒険者一同。
「……ああ、それは確認させて貰った。……どうやら本物の使者だな、これを受けとってくれ」
淡々と言葉を交わす彼ら。ギルマスが胸元のポケットから出したのは、エヴリンに必要な新たな”身分証明書”、『鉄の紋章』だった。
「おや、これは貴方が求めていたものでは?」
「そうですね。……これにて、奥様からのお使いは完了です。レオン、お疲れ様でした」
ノアは事前に彼女の母親、エカテリーナ夫人により指示を受けていたのだ。
辺辺境のギルドへ行き、「万が一の為にギルドにてカードを受け取るように」と。それが彼らの護衛対象である、『エヴリンを守るための切り札』になるから、との事だった。
「……当該ギルドの、一時的な限定付き権限。お預かりします」
「まさか、これほどまでの化け物を送り込んでくるとは、辺境伯閣下も人が悪い……」
ギルマスの声は恐怖すら通り越し、天災を受け入れた者のような諦観に満ちていた。
ノアが鉄の紋章を収めたのを確認すると、レオンは満足げに頷き、ギルマスの肩を親しげに叩いた。
「……ノア、これはお使い完了のご褒美です」
レオンは流れるような動作で懐から一粒の飴玉を取り出す。エヴリンがリトニア家の料理人に開発させた、魔力補給用の特製の飴だった。
「……あむっ」
ノアが小さな口を開き、飴を食む。それは教育された魔導人形がエネルギーを補給するかのような、効率的で無機質な動作だった。飴を転がし、表情筋を一切動かさないまま、飴の分だけ少し舌足らずになった声で告げる。
「…ん、……ぶどう味。……糖分、充足。……脳内演算、正常化」
周囲との温度差に、ギルマスはただ自分の首がまだ胴体に繋がっていることを幸運だと思うしかなかった。
「……それで、リトニア家の方々が求める『古代都市』について、何を答えれば満足していただけますかな?」
ギルマスの声には、強者への敬意を超えた、深い畏怖の色が混じっていた。
―――――――
ノアの観測記録:(Log-010B)
【観測】:レオンが画力不足の指名手配書を「物理的な美学」の観点から嘲笑。周囲の戦意を完全に喪失・制圧することに成功。
【判定】:お嬢様が深夜テンションで魔改造した鑑定音声(爆発オチ)により、旧式鑑定魔導具のオーバーロードを確認。
【報告】:当該ギルドより、街の一時的な限定付き権限(鉄の紋章)の委託を完了。
……なお、レオンよりぶどう味の飴玉(魔力安定剤)の糖分供給を受ける。脳内演算、正常化。……記録、継続。
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