第10話:地獄のピット作業①
門番ガイツとの死闘(とエヴリンだけが思い込んでいる心理戦)を終え、
ようやく辿り着いた『黄金の蹄亭』。
そこは辺境の荒々しさを残しつつも、リトニア号を収容できる巨大な魔導ドックを備えた、この街随一の宿だった。
ノアとレオンは冒険者ギルドへ古代遺跡についての情報を。
そしてエヴリン率いる居残り組は、魔導ドックにてリトニア号の点検を行っていた時のこと。
「……私の……私のリトニア号が……なんてことですの……っ」
私は膝をつき、震える指先で車体後方の「その箇所」に触れていた。そこには、下劣なオークの斧が刻んだ、深すぎる傷跡が走っていた。
リトニア家の誇りである「鏡面装甲」一点の曇りもなかったはずのその肌に、泥臭い魔物の悪意がコンマ数ミリの深さで食い込んでいる。
「……致命的ですわ。……ああ、この傷から命が漏れ出している音が聞こえますわ……っ!」
震える指先を装甲に押し当てる。
冷たい金属の感触だけが、唯一、私の「正気」をこの世界に繋ぎ止めてくれる錨だった。
私は死んだ魚のような目で傷跡を凝視したまま、音もなく立ち上がった。
ーーその瞬間、
周囲の空気が、私の絶望に呼応するように絶対零度まで凍りついていく。
「配置、出力調整、魔導回路の再結合……。
そして致命的なのは、削られた塗装の断面がコンマ五ミリ単位で不揃いなことですわ。
……カイル、ここを『正常化』いたしますわ。手を貸しなさい」
ーーその言葉に、カイルは戦慄した。
戸惑いと僅かな疑心を浮かべる技術者達の姿など一向に見えない。まるでここは私の工房だと言うように、軽やかな足取りで歩き回り始めた。
(……マズい。お嬢の『修復規律強制執行モード』は一度始まったら、
この場にいる誰も、生きて帰れる保障がないだろうが……
クソっ、これじゃ、どんな規模の被害を受けるか、分かったもんじゃない……っ!)
エヴリンとの距離が離れ、背を向けている今しかない。
(こいつらを救うために、一体俺には何が出来る……?)
迷う時間は惜しいとばかりに、一般人程度の戦闘力しかない彼らの前へと一歩踏み出す。
(お嬢を止められる戦力と、まともな倫理観を持つ者……この場には、俺だけだ。……冷静な判断をしなければ……)
カイルは一人の男として、荒波立つ心中でぐっと覚悟を決めた。
(……この災厄を生き残る唯一の最善策ーー『規律』の時間だ)
その顔つきは戦場に赴く戦士のような悲壮感を漂わせ、即座にジャケットを脱ぎ捨てる。
「お前ら、死にたくなければ今すぐ道ーーじゃねえ、工場の全エリアを迅速に開けろ!!これは『災害』だ、緊急避難命令だと思って最速で動けッ!!」
カイルの必死すぎる形相と並々ならぬ気迫に、工場長をはじめとする屈強な技術者たちは言葉を失った。
その気迫に押され、工場長はガタガタと震えながらも――やがて、鍵を差し出した。
ーーそんな修羅場の光景を、少し離れた場所で点検を終えたエヴリンは、実に微笑ましげな表情で見つめていた。
(……あら、カイルったら。何やら職人達と熱心に語り合っておりますわね。あの気迫、私に負けず劣らずの情熱を感じますわ……!)
真摯に工場内を点検する姿に、職人たちは何か思うところがあったのか。普段以上の気迫、あるいは技術者としての魂を感じ取ってくれたのか。
工場長をはじめとする現場の男たちは、まるで私の熱い共鳴に心打たれたと言わんばかりに、「どうぞ! お好きなだけお使いくださいッ!!!」と、活気に満ちた声で、迅速に工場の全エリアを差し出してくれた。
中には私の情熱をより強く感じとり、顔を覆って泣き崩れている者たちもいたけれど……。きっと彼らの職人魂が、私の熱意を受け取ったのか、同じ技術者として、悲しみの涙を流してくれていたのかもしれない。
(……ああ、なんて誠実な人たちなのかしら。私の悲しみを理解してくれるのは、こうした同志達だけね……)
「感謝いたしますわ、皆様。あなた方の誠意に応えるべく、一切手を抜かず、仕事に励みましょう」
「クロード、カトレアは周辺の警戒(資材調達)をお願いね」という私の命を受け、二人の影が音もなく街へ向かうのを確認し、私はリトニア号に向き合う。
「さあ、始めますわよ。……まずはこの、無惨にも削れたこの傷跡を、均一に削り取って差し上げますわ!!」
避難した職人たちの耳に届くのは、工場のシャッターの向こうから響く、
お嬢様の怪しげな高笑いと、カメオが「ギィン!」と不吉な回転音を上げ始める異音であった。
ーー資材調達に向かったカトレアとクロード。平和な市場においてはあまりに異質、かつ不穏だった。
「……この魔鉱石は、硬度が理想よりコンマ二低いですね。却下です。代わりに、こちらの金剛砂を――仕上げの『致死量』として採用しましょう」
「兄様、そちらの樹液の粘度はどうかしら? 私の『定着剤』に耐えうるポテンシャルがあるかどうか……。ふふ、楽しみですわね」
クロードが掛けている「認識阻害の眼鏡」は、もはや何の意味も成していなかった。
カトレアもまた優雅な手つきで、物騒な名がついた薬草をカゴへと収めていった。
ーーその頃、背後の露店街では、商人たちが悲鳴に近い囁きを漏らしていた。
「……おい、今の二人、もしや暗殺ギルドの……?」
「ただの客か……いや、関わらねえ方がいいな……」
「マジかよ!標的は誰なんだ……!?」
畏怖の空気が広がり、商人たちはガタガタと震えながら、逃げるように店を畳んでいく。異質な二人に巻き込まれぬよう、街ゆく人々は砂埃を舞わせ、脱兎のごとく道を開け、静かに避難を開始するのであった。
ーー工場の深部。
エヴリンが、必死の形相でバフグラインダー片手に、車体の魔導回路を書き換えていた。
「(どうか、繋がって! ここで回路が焼き切れたら、修理代で私の隠し財産が消滅してしまいますわぁあ!)」
焦燥と魔力が極限まで高まったその時、彼女の意図に反しそれは静かに反応を示した。装飾品は、主人の修復への執念に呼応し、「ギュルルルル!」と咆哮を上げ、火花を散らす。
ーーそして、
黄金の光を点灯させた次の瞬間、視界を奪うほどの暴力的な発光が放たれた。
「ひぃっ!? お、お嬢様、何をご立腹で……ッ!?」
『いけぇ!そこじゃ!!よし、きたァっ!!』
『カメオ』から、けたたましい声援が上がる。
工場長は聞き覚えのない老人の声が、どこから聞こえるのかと恐怖と混乱に腰を抜かす。
「な、なんだ、どっから爺さんの奇声が……?……いや、それよりも、あの『黄金の光』は一体なんだ……!?」
最新式のゴーグル越しに、工場長の目には
――必死に装甲を調整し、バフグラインダーを振るうエヴリンの姿が映っていた。
工場長は後に語る。
「世界の摂理をバフグラインダーで捻じ曲げ、すべてを粉砕し再構築する【災厄の黄金魔女】」として、いつまでも脳裏に焼き付いているんだ、と。
「……それにしても、あのカメオ(ドリル)、とんでもない『じゃじゃ馬兵器』だな。
……おい、お嬢、もうそれくらいで勘弁してやってくれ。宿の壁まで鏡になって、街の奴らが自分の顔に驚いてひっくり返るぞ……」
傍らでちゃっかりと、リトニア製の魔導ゴーグルをかけていたカイルが、魂の抜けたようなツッコミを入れる。
だが、今の彼女には聞こえない。
「おーっほっほっほ! 見ていなさい、塵一つ残さぬ鏡面仕上げにして差し上げますわよ! やってやりますわぁあああ!!!」
エヴリンの高笑いと、カメオから鳴り響くドリルの回転音と謎の老人の声が、もはや「神託」のように工場内に響き渡る。
完璧なまでの「規律」によって統制された作業空間から、辺境の常識を遥かに超越した、眩すぎるほどの鏡面反射が放たれ始めた。
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ノアの観測記録(Log-010A)
【観測】 聖域(リトニア号)の損壊によりお嬢様の情緒が臨界点を突破。
「黄金の螺旋」……装飾品に擬態した『ボーラー様』が自律行動を開始。
発光と共に声援を送る異常事態。
【判定】 恐怖により工場の全権を無血開城。お嬢様は「情熱の共鳴」と誤認しているが、実態は単なる「広域災害」と同義。
【報告】背後で市場が崩壊。被害規模、現在も拡大中。
……お嬢様の隠し財産を守るため、店主の絶望を「値引き」として処理しました。
【活動報告 / 後書き用】
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※本作は作者の妄想・パッション・ロマンで構築されています。
多少のご都合主義は、技術屋の愛嬌としてご理解いただけますと幸いです。




