第9話:辺境の洗礼と、あるいは覇王のドリル
アステリア共和国の最辺境、『ルストブルク』
その地に住まう者たちは、この日、新たな歴史が刻まれるなど――想像だにしていなかった。
――馬車の揺れという名の檻に囚われていた、淑女としての屈辱。
公開処刑の煉獄から、ようやく生還したエヴリンは、ほっと息を溢した。
――地に足がつくという、あまりにもささやかな幸福。
だが、そのささやかな願いは――あっさりと踏み潰された。
後に語り継がれることとなる
【黄金ドリルの災厄】。
その幕が、今まさに静かに上げられていった。
ーーそれは、唐突にやって来た。
殺伐とした空気の漂う東門の前、一台の異質な鉄塊、『リトニア号』が静かに滑り込んできた。一団が降り立った瞬間、場の空気が凍りつく。
ーーその異変を察知したのは、ベテラン門番のガイツだった。
「(……一体なんだ、この底知れぬ禍々しい気配と、異様に重くざらついた空気は……)」
この道二十年のガイツの背に、氷の柱が走る。腰元の剣が、主の恐怖に呼応するように、カタカタと震え始めた。
「(……なんだこの圧……武器まで震えてやがる……死の前触れか……っ!)」
ガイツの視線は、集団の中心――エヴリンに縫い止められた。
一見すると小柄などこにでもいる貴族子女。白哲のように冷たい肌、戦火を思い出すような緋色。
『黄金の縦ロールは、もはや【黄金のドリル】という重武器にしか見えなかった』
――ガイツの目に映るその立ち姿は、歴戦の死戦を潜り抜けた猛者の風格を醸し出していた。
車酔いで焦点を失ったその瞳は、ガイツには「冷徹な静寂」に見えていた。
ーーそんなガイツの内情など知らないエヴリンは、恐怖と被害妄想で、表情は完全に凍りついていた。
(えっ、ちょっと待って!? あの門番さん、剣の柄に手をかけていましたわよね!
えっ、見間違い……?
辺境の人は初対面の令嬢にさえ、容赦がないなんて、だいぶ気性が荒すぎやしませんこと!?)
混乱と恐怖に、震えそうになる手を抑え、エヴリンはスカートをぎゅっと握り締める。
『胃のむかつき』と、新たな『黒歴史』、それを刻んだばかりの彼女は、判断を鈍らせていた。
そして、なけなしの意地を張る。
(大丈夫……大丈夫ですわ。トップが怯えていたら、示しがつきませんもの……)
ルビーの瞳へ熱を点火させ、ガッと鋭い目を見開いてみせた。
(……今こそ、淑女としての品格を見せる時……行きますわよっ!)
『リトニア家令嬢、秘技【淑女の完璧擬態】』
背筋をぐんっと伸ばし、なけなしの胸を張る。
垂直そのもののような、鋼鉄の姿勢。
震える手から力を抜く。
ピンと伸びた指先。
ーーガイツの目には、それが「いかなる不意打ちも許さぬ、完全なる静止」に映った。
「(……っ、なんだ……この漲る闘志……ハッ、まさか!
さっきの威圧は、ただの小手先調べだったとでも言うのか……っ!!)」
ガイツの鼓動が早鐘を打つ。
至近距離に映る令嬢の眼光は、かつてないほど鋭く研ぎ澄まされる。
「(ーーいかなる不意打ちも、瞬時に叩き潰す構えか……っ!)」
ーーエヴリンは震えを止めるため、小さく「フンッ」と鼻を鳴らした。
「(鼻で笑った、だと……!?
この俺の警戒など、まるで羽虫の羽音ほどにも、感じていないとでもいうのか……っ!)」
ガイツの視界では、魔力を吸い込むドリル(縦ロール)がキラリと陽光を受ける度、
「死へのカウントダウン」が迫っているように感じていた。
(女は何度も打ちつけられた鋼の度胸……そして、釘のように真っ直ぐと図太い根性ですわっ!!)
エヴリンの恐怖による、歯の根が噛み合わぬ音。
ーーガイツの耳には高周波の駆動音に聞こえた。
そして不意にエヴリンの視線がちらり、と彼の動脈を射抜く。
「(っ!……はっ!まさか、『次は、戦場で会おう。その時は手加減してやらん』……という意味かっ!?)」
そんな、一触即発の「死線」が火花を散らす極限状態。ガイツは息を詰めた。
ーーしかし、その静寂をあまりにも軽快な、場違いなまでの明るい声が叩き割った。
「あれ、そっちのお嬢様!その縦ロール、めちゃくちゃかっこいいっすね!
先端の巻き具合とか、すごく鋭利で強そうっす!
街の鍛冶屋でも、そんな見事な『螺旋』はなかなかと拝めないっすよ!」
声の主は、ガイツの隣にいた新人門番テオだった。
彼は恐怖に顔を青くする男を余所に、純粋に輝く瞳でエヴリンの金髪を凝視している。
(……なんですって!? 私の呪物ドリルヘアを、『カッコイイ』ですって!?)
ーーその瞬間、エヴリンのパニックした脳内は、別のベクトルの暴走を見せる。
自分の美意識を否定し続けてきたこの呪いが、まさか辺境の地で「芸術」として認められるなど、有り得ないことであった。
平凡でありふれた外見の青年による、想定外の全肯定。
エヴリンの荒地という内心に落とされた一滴の水。
(しかも、この方……「見事な『螺旋』」だと言っていたわね。リトニア的な……いいえ、時代を先取りしすぎた故の感性。
……そう、究極の審美眼の持ち主ですわね!? )
そんな内心と裏腹に、表情はマイナス四十度のまま。不器用である意味器用な彼女の、凍てついた声は乱れること無く落ちる。
「…………ええ。リトニアでは最新技術の所謂『モード(武装)』、というものですわ。
貴方、なかなか……いえ、見る目が素晴らしくあるようですわね」
冷たい声の奥に潜む「賞賛デレ」を、ガイツは「戦士としての器を認める冷酷な宣告」と受け取り、さらに顔を白くする。
ーーそして、そのエヴリンの背後から、影のように一人の男が歩み出た。
「……ほう、テオと言いましたか。中々と面白い『審美眼』だ。螺旋の真意にまで気づくとは、実にいい人材ですね」
エヴリンの斜め横に立ったレオンが、テオと対峙する。獲物を見定めた肉食獣のような不敵な笑みをその薄い唇に浮かべる。
平凡な青年――だがレオンは、その“奥”に興味を抱いた。
「その鑑定眼に免じて、命が惜しくなければ後でじっくり聞かせてもらいましょうか。お嬢様のドリルの『論評』とやらを。……ええ、骨の髄まで“じっくり”と」
「あ、自分、そういうの得意っす! ぜひお願いしますっ!先輩っ!!」
レオンの放つ「死の勧誘スカウト」を、テオはただの「お誘い」として軽やかなその場のノリで快諾する。
ガイツが「やめろテオ! それは死の宣告だ!」と心の中で叫ぶ中、一行は悠然と門を潜り抜けていった。
後にガイツは、この日のことを【絶望に煌めく黄金ドリルの災厄】として、語るのである。
ーーそしてエヴリンは彼との死闘の末、街へ入る。
門番達の視線が外れた瞬間、張り詰めた極度の緊張が途切れ、ふにゃりと脱力する。
エヴリンの止まっていた震えが、一気に全身へと駆け巡る。
虚勢という盾を崩したその背は僅かに丸まり、力んで上がり気味だった肩は落とされる。
その後ろ姿は、完璧な淑女から、平凡なただの少女に戻っていた。
(……ふぅぅぅうう……っ! なんとか、なんとかギリッギリ、お淑やかな令嬢を演じきれましたわ……!!)
母による教育という、過ぎる厳しい修行の日々。あの時の努力の成果が発揮された。
安堵と自信に、エヴリンは上機嫌にふふふ、と笑い声を漏らす。
その横ではノアが手帳に事実を刻んでいた。
「お嬢様。……門番の心拍数、トラウマ領域へ移行を確認。……精神的貫通デバフ、完全成功です。
……顔色『死相』。……速やかな糖分補給タルトを推奨します」
こうして一行は、辺境に「覇王の再来」という特大の誤解を残したまま、宿場町へと消えていった。
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ノアの観測記録:(Log-009)
【対象】(門番):お嬢様の「緊張」により、辺境の精鋭を無力化に成功。
【武装評価】:溢れる魔力が髪に馴染み、周囲に“ドリル(武器)”と誤認させる効果を確認。
【特記】:お嬢様のポーカーフェイス(フリーズ)。治安維持能力、物理で上書き中。
……更地化まで、残り72時間。記録、継続――※局所的発生、既に確認済み。
【次回予告】
『第10話:地獄のピット作業と、あるいは黄金の魔女(前編)』
お嬢「ドリルで穿ってハンマーで叩き直しますわ!!」
【活動報告 / 後書き用】
定期更新:水・金 18時
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作者の魔力は、皆様の評価でチャージされます。
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※本作は作者の妄想・パッション・ロマンで構築されています。
多少のご都合主義は、技術屋の愛嬌としてご理解いただけますと幸いです。




