第8話:猛犬の晩餐会②
お待たせしました、8話の後半です。
全体的にマイルド表現を目指しました。
簡潔に言うとすれば、車内は『地獄絵図』でした。
「ふ、ふふ……いい速度です。ほら、お嬢様、見てください、景色が……まるで光の帯に……」
隣で伏せるカトレアが顔を青ざめさせていた。この異常事態による興奮と身にかかる過重負荷により精神までも崩れていた。
「世界が……、世界が流動している……。すべてが……過去へと……」
ソファに身を沈ませ項垂れるクロードまでもが正気を失った言葉を放つ。
その前で、私はぞわぞわと這い上がる不快感に、ふるふると子鹿のように震えた背を丸めていた。
私の中身ーーシャッフルされた胃の中から、逆流しようとする虹色の濁流という名状し難い『巨大な覇気』を感知し、鉄の意志で喉元の防波堤を必死に食い止めていたのだ。
ーーそこで、ふと、私の脳裏をよぎるのは、優雅に微笑むはずの私の『肖像画』
謎の発光体に包まれて「検閲済み」の文字で埋め尽くされる最悪の未来予想図が脳裏にそっと浮かんでは消える。
(……ここで、口を割ったら私の人生は『我が家の禁書扱い』として、黒い歴史の闇に刻まれてしまう……!)
喉元まで迫る熱い「何か」、私は全神経を熱く煮えたぎる胃に集中させる。ここで決壊を許せば、私の貴族令嬢としての人生は霧散する。
(……そして、『口から虹を吐く悲劇の乙女像』として末代まで語り継がれてしまいますわ……!!)
ーー子孫の皆々様に一族の黒歴史を『上書き(デバッグ)』するための、修正布を用意させるわけにはいかない……絶対に!
不快感がじわじわと胃から喉へ、ぐるぐると煮えたぎる腹の底からの波に、意識を一点集中させた。
( ……はああああああ……っ、!!
唸れ! 【淑女の非力な腹筋】……ッ!!!)
直後、ようやくリトニア号が平原へと飛び出し、猛烈なスキール音と共に急停車し、最後の「慣性の暴力」が、私の必死な祈りと括約筋を無残に粉砕した。
――グオンッ、……キキィィッ!!!
扉が開いた瞬間、私は車内から身を転がすように這い出る。そしてーー
ーーガサガサ……ズシャッ
森の茂みに入り込んだ瞬間、崩れる身。地面に膝と両手をつき、無様な姿勢を取る。
ーー物理法則との聖戦、敗戦の瞬間だった。
(……ああ、……さよなら、……私の……キラキラした、……バラ色の令嬢人生……)
規制エフェクトを撒き散らす私の隣、ノアが水で濡らしたタオルをそつのない動きで差し出してくれる。
移動中も絶えず魔力を供給し続けていたはずなのに、呼吸一つ乱れていない。私のヒロイン力さえ、完膚なきまでに敗北を認めていた。
(私を主人公に据えた物語だったのだとしたら、不遇の黒歴史を刻みつけたまま、今この瞬間に幕を閉じるのだわ。……私の品格と共に、すべては今、地の底へと落ちたの……)
(ふ、ふふ……うふふ………終わった、完全に終わったわ……完敗よ)
この物語はノアがヒーローであり、唯一無二のヒロインなのかもしれない。そんな馬鹿な事を考えてしまうほどに、今の私は正常な判断が出来なかった。
「お嬢様の精神的被害拡大……。……カイル、今日はいつもより五秒早かったです。……記録、更新します」
「正直すまなかったとは思っている」と、後にカイルは言っていたらしいが、謝って済むのなら、その無駄な運転技術をバグと認めて速やかに消去してほしい。そして、私のこの日の記憶ごと封印して欲しい。
そんな惨状を他所に、全長十メートルはあろうかという猛毒の大百足を前にして、レオンが爽やかに歩み寄る。
「やれやれ、私の主を不快な振動で汚染するとは。……その存在そのものが、この世界の『重大な演算ミス』という事ですね。……さあ、私の剣で、寸分の狂いもなく、物理的に消去して差し上げましょうかーー」
私は大地に突っ伏したまま、空虚な瞳で遠くを見つめ、乾いた笑いを漏らし続けた。
規制エフェクト(謎の発光体)を撒き散らす私を、淡々と介抱してくれるノア。その機械的な優しさが、私の心に刺さって痛い。
(……ありがとう、ノア。不甲斐ない主人でごめんなさいね。でも大丈夫、この後すぐに隕石が落ちて、皆の記憶が消えるから……。そういうエンディングだもの、そうでないと私の心が救われないわ……)
そんな現実逃避を脳内で繰り返している間にも、レオンは大剣を引き抜く。ガラン、と重厚なロックが外れる音が響いた瞬間、懃懃無礼な『魔王』が目を覚ました。
「この刃が下す『物理証明』を前にし、逃れられるとでも? ……さあ、絶対的な『物理法則』を前に、絶望をーー」
――ブォンッ!
一閃、鋼鉄より硬い外殻が、紙細工のようにバラバラと音を立てて両断される。あまりに過剰な、そして無慈悲な一撃。
(……ああ、私の魔導具、やっぱり出番ありませんでしたわね……)
その圧倒的な蹂躙を眺めているうちに、先ほどまでの恐怖などどこかへ霧散してしまった。そして、レオンの規格外な強さを改めて突きつけられていれば――。
「……カイル、これは食用になるでしょうか?それともお嬢様の新たな開発素材に?」
「見るからに食用に向いてないし、パーツの素材にしてもショボすぎる。というよりも、そんなものを食ったら、今度は毒でお嬢がリバースすることになるぞ」
(……この温度差、一体どうなっていますの? 今、確実にシリアスなシーンが来るところでしたわよね!? 強敵の骸を前にして、何かこう、意味深な独白とかが入りそうな空気でしたわよね!?)
ようやく私の「キラキラ」が止まったその時だった。森の奥からオークの群れが押し寄せてくる。
「……チッ、数が多いな。お嬢、馬車の中に入ってろ」
怒涛の勢いで展開が切り替わる。カイルが面倒そうに舌打ちし、長身の銃を構え、シリンダーを回す。
ーーガチャン、
その言葉と無機質な音を合図に、リトニア家の悪魔たちが動き出した。レオンは、自身の身長ほどもある無骨な大剣を、まるで指揮棒か何かのように軽々と肩に担ぎ、獰猛な笑みを浮かべオークの群れの中心へと「特攻」をかけた。
――ブォンッ、ドォォォォン!!
レオンの軽やかな一振りで、先頭のオーク数匹が文字通り「肉塊」となって吹き飛ぶ。
対照的に、ノアは私の傍らで、すっと無機質な瞳を細めた。彼の手元から伸びる見えない魔力糸が、二体の「盾を持った人形」を操る。
人形たちが瞬時に展開し、巨大な盾を掲げた瞬間、そこからは物理法則を無視した強固な『魔力障壁』が築かれた。襲いかかるオークの棍棒や矢は、その障壁に触れた瞬間、パチンと虚しく弾け飛ぶ。
(レオンはただの動く災害だし、ノアのはもはや移動要塞じゃありませんの…… )
カイルの銃声が正確に獲物を抜き、レオンが大剣で蹂躙し、ノアの人形が完全な安息圏を築く。身内の暴力の嵐を呆然と見守っていた、――その時。
そこへさらに、クロードの投じた魔導爆弾が容赦なく森の一部を消失させ、その爆風の中、カトレアが優雅に扇を振るえば、広範囲に散布された『痺れ香水』が生き残りの神経を瞬時に焼き切っていく。
「……それ、完全なオーバーキル……ですわよね……? 」
私がタオルで口元を押さえたままポロリと本音を溢し、身内の暴力の嵐を呆然と見守っていた、ーーその時。
(うちの使用人の規格仕様書、一体どういう記述になっておりますの……!?)
――ガリッ!
車体の背後から、心臓を直接爪立てるような嫌な音が響いた。反射的に視線を向ければ、そこには薄汚れた斧を握りしめたオークが一体。
こちらを小馬鹿にするようにニタニタと下卑た笑みを浮かべて立っていた。その斧の刃先が、リトニア号の装甲を無残に削り取っている。
――ギリッ、
耳障りな金属音が、私の鼓膜へ突き刺さる
ーー瞬間、私の脳内には走馬灯のように様々な記憶が駆け巡った。
おじい様とお父様が心血を注いで設計し、お兄様が寝る間も惜しんで磨き上げた、家族の想いが詰まった大切な『リトニア号』
――キュるっ、
私の耳元で、世界が崩れ壊れるような嫌な音が反芻する。
――キュルリ……
私の『お守り』から、掠れた重低音がノイズのように混じる。
「……よくも……、……」
ーーキュルキュルッ!
熱き鼓動を受け取る魔回路。私の核からぶわりと魔力が溢れる。
これは単なる傷ではない。私たち一家の愛と努力。そして積み上げられた高度な魔導技術の結晶。ぐらぐらと燃え上がる怒りの衝動は、ついに怒髪天を貫き『理性が音を立てて弾け飛ぶ』
ーー「冒涜」
「よくも、私たちの美学を傷つけてくれましたわね……ッ!!」
ーーギュルルルルッ!!!!
特注軍手をはめた私の手が、リボンの結び目へと伸び、『カメオ』をガッと掴む。
『ーー回すのだーーッ!!』
轟々と燃え上がる殺意に満ちた魔力供給を受け、その「形状」を放棄した。
『己のドリルを!!心のままに!!!』
ーーキュィイイっ!
ご先祖様の意志も、殺意に上乗せさせ、私たちリトニア家の熱き思いへと同期させる。
『力の限り!!!!ーー回せ!!!』
「ドリル、展開っ!!!!」
――ギユィィィィィィィン!!!
質量を持った黄金の螺旋が、死を告げる唸りを上げて、私の手元に具現化する。超高速回転を始めるドリル。私の狂気、そしてーー無慈悲な凶器。
「 塵一つ、魂の一欠片すら残さず! 最大火力で粉砕して差し上げますわぁあああ!!!」
ーーズシリ、
重厚さを感じる、『黄金の螺旋』
私は巨大なドリルを両手で持ち上げ、大きく振りかぶり、淑女の仮面を破り捨てる。その様相は、凶暴さを孕んだ「悪役令嬢」。
勇ましい戦士のごとく、戦場の中心へと駆け出す。
そして、『黄金の螺旋』が、オークの群れを『塵』へと粉砕していくーー
……はず、だった。
ーースパンッ!!!!
「おや、お嬢様。その飾りを質量兵器へ具現化するとは。
……効率を捨ててでも『回転による貫通』に特化させたその形状、狂気的で嫌いじゃありませんよ」
私がその一撃を叩き込むコンマ数秒前。レオンが涼やかに、そして無駄に爽やかな笑顔を向けて最後の一体を真っ二つにしていた。
あまりにも無慈悲な殲滅劇。私の超高速ドリルは、空しく空を斬り、獲物を失ったまま虚空を削り続ける。
「……お嬢様。ドリルの回転数が、毎分一万二千回転を記録しました。非常に、合理的です……記録しました」
ノアがパチパチと無機質な拍手を送り、手帳にその「空振りのデータ」を書き加える。あまりにもあっけない出番の終了に、私はその場に膝から崩れ落ちた。本日二度目の敗北だった。
同時に、先ほどまで猛威を振るっていたドリルも力を失い、その場でへにょりと情けなく萎む。
私たちの真の敵は、もはや車体を傷つける魔物などではない。味方による圧倒的かつ無慈悲な「過剰戦力」そのものだった。
最強の騎士、元暗殺者の狙撃手、そして、魔力チートな人形師に、爆弾魔の執事と、毒薬調香師の侍女ーー。
「こんな過剰戦力で進んだら、古代遺跡に着く前に打ち切りエンド一直線ですわ……!!」
ーー平原に響き渡る、魂の絶叫。
それは、物語のパワーバランスが崩壊し、役割としての正当な危機感であった。
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ノアの観測記録(Log-008-B)】
【分析】遭遇から60秒以内に全個体を「沈黙」させることに成功。
【評価】レオン様の介入速度が想定より0.5秒早く、お嬢様の攻撃機会を奪取。極めて「合理的」かつ「無慈悲」な殲滅を確認。
【計測】『超絶回転・螺旋穿孔VⅢ(ぶいすりー)ー極ー』の質量兵器化を確認。回転数:12,000rpm突破。先端速度:音速到達。……実戦投入における「殺意」の熱量は計測不能。
【結果】お嬢様の精神的パッキング(理性)の完全崩壊を確認。
女性には、誰しも人には言えない検閲対象があるのだと学びました。……生存戦略上、最も「合理的」です。
【活動報告 / 後書き用】
定期更新日は水・金の18時です。
【※調査団のパトロンになりませんか?】
「面白い」「続きが気になる!」と思ってくださった皆様、ぜひブックマークや【星】での評価をお願いしますわ!作者のモチベーションという名の魔力は、皆様の評価でチャージされます。どうかエヴリンたちの物語を応援してください!
ご意見・ご感想も、ドリルを止めてお待ちしております。
(※この物語は作者の妄想・パッション・ロマンにて世界観や魔導具が構築されております。多少のご都合主義は、技術屋の愛嬌としてご理解いただけますと幸いです!)




