第8話:猛犬の晩餐会②
お待たせしました、8話の後半です。
全体的にマイルド表現を目指しました。
簡潔に言うとすれば、リトニア号の車内は『地獄絵図』だった。
「ふ、ふふ……、いい速度です。景色が……まるで光の帯のよう……」
「世界が……、世界が流動している……。すべてが……過去へと……」
ソファに身を沈める侍女カトレアと、項垂れたクロードの侍従兄妹が、正気を失った言葉を放っていた。私はそれを聞きながら、ぞわぞわと這い上がる不快感に、ふるふると小動物のように震えた身体を丸めていた。
(い、いけませんわ……)
私の体内――攪拌された胃の中から、逆流しようとする虹色の濁流という名状し難い『巨大な覇気』を感知していた。鉄の意志で喉元の防波堤を必死に食い止める。
そこで、ふと私の脳裏をよぎるのは、優雅に微笑むはずの私の『肖像画』。それが、謎の発光体に包まれ、「検閲済み」の文字で埋め尽くされていく憐れな姿だった。
喉元まで迫る熱い「何か」を食い止めるように、私は全神経を胃に集中させる。ここで決壊を許せば、私の貴族令嬢としての人生は霧散する。
不快感がじわじわと胃から喉へ、ぐるぐると煮えたぎる腹の底からの波。それを食い止めるべく――意識を一点集中させた。
( ……はああああっ、!!唸れ! 淑女の腹筋……ッ!!!)
その直後――。
――グオンッ、キキィィッ!!
リトニア号が平原へと飛び出した。
猛烈なスキール音と共に急停車し、「慣性の暴力」が私の腹筋を無残に粉砕した。防波堤の決壊寸前の我が身。ひたすら無心。
そして扉が開いた瞬間――車内から身を転がし、森の茂みに入り込んだ。
――ガサガサ……ズシャッ!
地面に膝と両手をつき、無様な姿勢を取る。
(……ああ、さよなら。私のキラキラした、バラ色の令嬢人生……)
――物理法則との聖戦、敗戦の瞬間だった。
それから、数分後――。
ノアがタオルを差し出してくれた。その顔はいつも通り変わりなかったが、どこか優しさを秘めていたように思わせた。
(この物語はノアがヒーローであり、唯一無二のヒロインなのかもしれないですわ……。私のヒロイン力さえ、敗北を認めていますもの)
「ふ、ふふ……うふふ……。完全に終わったわ、私の完敗ですわ」
「お嬢様の精神的被害拡大。リトニア号の速度はいつもより五秒早かったです。……記録、更新します」
カイルは後に「正直すまなかったとは思っている」と、言っていたらしい。だが、謝って済むのなら、その無駄な操縦技術を速やかに改善してほしい。
ひと段落着いた頃、私たちはその場から立ち去ろうとしたが……。
――ズシンッ、ズルズルッ……。
「……ノア、何やら大きな物音が近づいていませんこと……?」
「お嬢様。お気をつけください。……大型の魔物が出現しました」
「何ですって……!?」
ノアと私は並んで茂みの中から平野をこっそり覗く。全長十メートルはあろうかという猛毒の巨大蛇が、レオンを静かに捉えていた。
『シャアアアアッ!!』
「身形が大きいだけの下級魔物ですか……」
勢い良く地面を這う大蛇。土煙を上げ、巨大な魔物の身体がレオンに向かい突進する。
――ドシンッ!!
だが、寸前でレオンは最低限の動きだというように、軽やかに身を捩り躱す。その先にあった木々が巨大な胴体により薙ぎ倒されていった。
「レオン、さっさと倒せ。お嬢の護衛が最優先だ」
「分かっていますよ。やる気は然程出ませんが、物理的に消去して差し上げましょう――」
(やる気の問題ではありませんわよ!?……それに、私の魔道具もまだ改良中ですし、迂闊に援護も出来ませんわね)
まだ残っている不快感と現実的な思考が交差している間にも、レオンは大剣の柄に手をかけていた。そして、剣帯の背に固定されたロックが外れた瞬間、大剣を軽々と振り抜いた。
――ガチャンッ。
懃懃無礼な『魔王』が目を覚ました。
「この刃が下す『物理証明』を前に、逃れられるとでも?――ひれ伏せ」
――ブォンッ!
威嚇するように大きな口を開け、牙を見せつけ迫り来る巨大蛇。だが、レオンはそれを去なすこともなく、ただ一閃した。
『シャ、アァ……』
遠くでバラバラと崩れる魔物の姿。あまりに呆気のない、終戦だった。圧倒的な蹂躙を眺めているうちに、先ほどまでの恐怖など、どこかへ霧散してしまった。
そして、レオンの規格外な強さを改めて突きつけられていれば――。
「……カイル、これは食用になるのか? それともお嬢様の新たな開発素材に?」
「見るからに食用に向いてないし、パーツの素材にしてもショボすぎる。というよりも、そんなものを食ったら、今度は毒でお嬢がリバースすることになるぞ」
普段通りの光景に、私は思わず茂みから飛び出し声を上げた。
「その情緒、一体どうなっていますの!? 強敵を倒した直後ですわよね!?」
「お嬢様、落ち着いて下さい。まだ安静にされていた方が良いかと」
私の情緒まで乱れ、つい声を荒げてしまう。ノアに宥められながら、息を整えていた時、再び遠くから何かの音が聞こえ出す。
――ドッドドドッ!!
あの騒音が目立ったのだろう、森の奥からオークの群れが押し寄せてくる。
「まだ居ますの!?」
「……チッ、数が多いな。お嬢、馬車の中に入ってろ」
カイルが面倒そうに舌打ちし、長身の銃を構えシリンダーを回す。
――ガチャン。
その言葉と無機質な音を合図に、リトニア家の護衛たちが各々動き出した。
ノアが私の傍らで二体の「盾を持った人形」を操る。人形たちが私たちを近づけさせまいと、前後に一体ずつ配置し私たちの身を守る。
「『魔力障壁』展開――お嬢様、この中から出ないでください」
「わ、分かっていましてよ!ここから出ませんわ!!」
私と、ノアを中心に魔力が盾を媒体に円形に展開された。襲いかかるオークの棍棒や矢は、その障壁に触れた瞬間、パチンと虚しく弾け飛ぶ。
(実戦っていきなり始まりますわね……。事前に聞いてはいましたけれど、やっぱりちょっと怖い……ですわ)
怒涛の展開に内心焦り小さく恐怖する私は、大人しく見守っていた、――その時。
――ガリッ!
背後の車体から、嫌な音が響いた。反射的に視線を向ければ、そこには薄汚れた斧を握りしめたオークが一体いた。
それは私の視線に気づくと、小馬鹿にするように、ニタニタと下卑た笑みを浮かべて立っていた。斧の刃先が、再びリトニア号の装甲を削り取った。
――ギリリッ。
耳障りな金属音が、私の鼓膜へ突き刺さる――瞬間、私の脳内には走馬灯のように様々な記憶が駆け巡った。
おじい様とお父様が心血を注いで設計し、お兄様が寝る間も惜しんで磨き上げた、家族の想いが詰まった大切な『リトニア号』。
――キュるっ。
私の耳元で、世界が崩れ壊れるような嫌な音が反芻する。私の『お守り』から、小さな金属音がノイズのように混じる。
――キュルリ……。
私の核からぶわりと魔力が溢れ、カメオの魔導回路が熱を帯びた。
「……よくも……」
ぐらぐらと燃え上がる怒りの衝動が一瞬にして沸騰し、理性が音を立てて弾け飛ぶ。
――キュルキュルッ!
「よくも、私たちの美学を傷つけてくれましたわね……ッ!!」
私たち一家の愛と努力に対する――冒涜だ。
――キュィイイっ!
特注軍手をはめた私の手が、リボンの結び目へと伸び、『カメオ』をガッと掴む。
『己のドリルを! 力の限り!! 回し――穿て!!!』
ご先祖様の声に激励され、私たちリトニア家の熱き思いへと同期させる。轟々と燃え上がる怒りの魔力を受けたカメオは、その「形状」を放棄した。
「ドリル、展開っ!!!!」
――ギユィィィィィィィン!!!
私の手元に具現化した、超高速回転を始める『巨大なドリル』。ご先祖さま達の狂気、そして――無慈悲な凶器。
「魂の一欠片すら残さず! 最大火力で粉砕して差し上げますわぁあああ!!!」
『ドリル』を大きく振りかぶり、淑女の仮面を破り捨てる。その様相は、凶暴さを孕んだ「悪役令嬢」だっただろう。
だが、そんな見てくれなど気にもせず、私は勇ましい戦士のごとく、戦場の中心へと駆け出した。
そして『ドリル』がオークの群れを粉砕していく――はず、だった。
――スパンッ!!
目の前に銀色の一閃が走り、オークがバラバラと崩れる。
「おや、お嬢様。その飾りを質量兵器へ具現化するとは。……効率を捨ててでも『回転による貫通』に特化させたその形状、狂気的で嫌いじゃありませんよ」
私がその一撃を叩き込むコンマ数秒前。レオンが涼やかな笑顔を向けて、オークを真っ二つにしていた。
あまりにも無慈悲な殲滅劇。私の超高速ドリルは、空しく空を斬り、獲物を失ったまま虚空を削り続ける。
「なっ、何でこうなりますのーーー!?!?」
あまりにもあっけない出番の終了に、私はその場に膝から崩れ落ちた。同時に、ドリルも力を失い、その場でへにょりと情けなく萎む。――本日二度目の敗北だった。
最強の騎士、元暗殺者の狙撃手、そして、魔力チートな人形師に、爆弾魔の執事と、毒薬調香師の侍女――。
私の真の敵は、無慈悲な味方による「過剰戦力」だった。
「こんな過剰戦力で進んだら、古代遺跡に着く前に打ち切りエンド一直線ですわ……!!」
――平原に響き渡る、魂の絶叫。役割としての正当な危機感であった。
――――――――
ノアの観測記録:(Log-008B)
【観測】: 『超絶回転螺旋穿孔V-III―極―』。回転数:12,000rpm突破。
【武装】: レオンの介入速度が想定より0.5秒早く、オークの殲滅を確認。
【補足】: お嬢様の精神の完全崩壊を観測。女性には、誰しも人には言えない『検閲対象』があるのだと学びました。
……生存戦略上、最も合理的です。記録、継続。
【活動報告 / 後書き用】
定期更新日は水・金の18時です。
【※調査団のパトロンになりませんか?】
「面白い」「続きが気になる!」と思ってくださった皆様、ぜひブックマークや【星】での評価をお願いしますわ!作者のモチベーションという名の魔力は、皆様の評価でチャージされます。どうかエヴリンたちの物語を応援してください!
ご意見・ご感想も、ドリルを止めてお待ちしております。
(※この物語は作者の妄想・パッション・ロマンにて世界観や魔導具が構築されております。多少のご都合主義は、技術屋の愛嬌としてご理解いただけますと幸いです!)




