間幕③:唯一の常識人、あるいは敗北(家令リチャード視点)
視点:家令リチャード
この物語唯一の常識人。
出発前夜の、屋敷の巨大な魔導ドックの中。
彼の前には、完成したばかりの魔導車が、月光を浴びて鈍い銀色の光沢を放っている。
「……これを『馬車』と呼ぶには、私の人生経験が少なすぎるようですな」
リチャードは銀盆の上の書類――山をなす領収書の束を見つめ、静かにこめかみを押さえた。
リトニア家の男たちのロマンと熱い涙と、お嬢様による内装デザインのそれは、実に膨大な予算が投じられていた。
「魔導車はまだ領内と辺境地に数台しかない貴重品、王家へも献上したものだったが……この仕様は明らかにその域を超えた「怪物」ですね……」
(リトニア家は、代々ちょっと毛色の変わった人柄の方々ばかりだとは知っておりましたが……)
チラリ、リチャードは車体を見上げ、そして深々と溜息を零し肩を落とした。
例えば、窓を見れば『マジックミラー』と呼ばれる、外からは中を反射しない特殊なガラス板。その素材自体は高価ではないものの、加工自体が至難の業。
つまり、人件費をふんだんに使用した、想定外の痛い出費であった。
(魔導具師としての「お転婆」さは矯正不可能……。奥様、これが「淑女教育の敗北」という事でしょうな……)
そして、最も理解に苦しむもの。お嬢様が心血を注ぎ調整された「二畳の精密緩衝コンテナ」であった。超高性能サスペンション付きの鋼鉄金庫だ。
「……エヴリンお嬢様。これにかかった魔導回路の費用、私はどのような顔で王宮へ報告すればよいのですか? 『お嬢様の大切なお土産入れ』と、正直に書けとでも?」
陸を走る『暴走馬車』。カイルが「相棒」として操縦桿を握り、クロードがサブを務めるその爆走速度は、常人の感覚からすれば「規格外の自滅兵器」以外の何物でもなかった。
リチャードが苦しむ胃痛に苦悩すると同時に、護衛たちが次々とドック内へと入ってきた。中には必須の装備類もあるだろう。しかし、一部の者達は嬉々として、自身の「私物」を運び込んでくる。
「リチャード殿。この『拡声器・改』を、屋根に固定してもよろしいでしょうか? 辺境の賊に、お嬢様の『福音』を大音量で届けるために、是非とも搭載したく」
レオンが、『音響兵器』にしか見えない白い筐体を抱えて現れた。異様な威圧感を放つ得物が、レオンの逞しい肩へ装備されている。
「却下です。それは音響兵器であって、調査備品ではありません。エヴリンお嬢様の『福音』は、貴方のその無駄に良い声だけで十分でしょう」
「おや、私の声を褒めて頂けるとは。リチャード殿にそう褒められるのは悪い気がしませんね。それならば、尚更搭載の許可を……」
「なりません。そちらの『拡声器』は、お嬢様の工房横に設置されている倉庫へと、迅速にお戻しを」
レオンへ「今回は収容出来るスペースもまだ狭いとのことです」と追加して伝えると、渋々とと言った体で倉庫へ引き返す。彼の後ろ姿、背負われた大剣ごとリチャードは視界に映し、視線だけで見送る。
(熟練の武器職人と、お嬢様たちが心血を注ぎ「調整」を施した、最新鋭の魔導武器……でしたか)
未だ改良中のその「牙」。多彩なギミックを秘めているようだが、実践で抜く機会がそう多くない事を、心内で静かに願った。
「……レオン殿、その得体の知れない『牙』は、くれぐれも加減を。リトニア号の修理費の領収書など、私は二度と見たくありませんので」
「はは、善処します。……まあ、こいつがヘソを曲げた時のために、別の牙も予備として積み込んでありますから、どうぞご安心を」
未知なる遺跡への「保険」という名目で、『拡声器』ではなければ良いのだろうと、さらなる重量物を積み込もうとするレオン。リチャードは、ただ静かにこめかみを押さえた。
(あれもこれもと、何でも詰め込もうとするは止めて頂きたい所なのですが……)
気をとりなすように、荷物リストに目を通し一息つこうとした所。ズルズル……と地を擦る音と、ガシャガシャと何かを打ち鳴らし金属音。ーー大きな皮袋を引き摺る少年、ノアの姿が目に映る。
「……予備のレンチ、100本。……あと、ぶどう味の飴玉、20キロ。……積み込みます」
ノアは自身の背に飴玉入りの白く大きな袋を背負い、手元には大きな皮袋が握られていた。あまりの重さに皮袋を引き摺り、一人で来たようだ。
「……ノア。飴玉は、エヴリンお嬢様の魔力安定剤として計上しましょう。ですが、レンチ100本は……。まあ、この車が爆走中に空中分解した場合の修理用として、許可せざるを得ませんな」
リチャードは少年一人の手には余るだろうと、ノアの傍に寄り、大きな皮袋を預かる。小さな頭がぺこり、と小さく会釈したのを見て、目元を静かに和らげた。
『リトニア号』に各自荷物を詰め、漸く作業が終わっただろうかと周囲を見渡す。すると、ドックの奥では、カイルがもう一台の『怪物』の前に居た。魔導二輪車、『アース・ストライカー』の車体を布で丁寧に磨く姿。
(お嬢様からすると、機動性の高さに喜ばれているようですが……アレの速度やエンジンの騒音には、少々参りますが)
爆走すれば魔導エンジンが騒音を放ち、魔物を引き寄せるデメリット仕様。未だに静音機能は調整中の「集敵チャイム」である。
「……リチャード。このサスペンション、いくらか硬くしていいか? 」
普段から無愛想なカイル、その口元が僅かに緩んでいた。彼はこの二輪車の速度に魅了され、何かある度に理由を付けては乗り回すほどには気に入っていると、報告でよく上がっている。
「……お好きになさい。貴方がその怪物で、エヴリンお嬢様を置き去りにして消え去らないのであれば。――ちなみに、その魔導二輪車については、今回はお預けになりますので、ご承知を」
「……そう、なのか。……承知した」
カイルは心なしか小さく項垂れた。リチャードは、哀愁漂う彼からそっと視線を逸らした。
(クロード様やカトレア様の教育だけでも、私の胃壁は既に限界値に達しているというのに……)
リチャードの心労は、溜息が付けない程に食傷気味だったのだ。
(これほどまでに『個性的』な方々が護衛とは。何事もなく、平和に調査が出来るといいが……)
お嬢様がどうか無事に帰還出来ますように。ただその一言だけを願い、リチャードは胸に手を静かに当てる。
滲む観念と、優しいその祈りは、夜風に乗って静かに消えていった。
見た目は幌馬車、中身は魔導車。
制式名称『リトニア号-Mark.33-』、通称『リトニア号』
【活動報告 / 後書き用】
ストックがある限り、水・金の18時に投稿を行う予定です。
閑話は朝投稿、本編は夜投稿です。
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(※この物語は作者の妄想・パッション・ロマンにて世界観や魔導具が構築されております。多少のご都合主義は、技術屋の愛嬌としてご理解いただけますと幸いです!)




