第6話:地下工房の邂逅と古代の声
団欒室での決意表明から数刻後。
私とノアはおじい様に連れられ、リトニア家の地下深く。厳重に守られた「特別工房」へと足を踏み入れていた。
ーーコツコツ、カンカン。
靴音が響く階段は、壁に均一に配置された光源。足元を月明かりのように優しく照らしていた。
(この階段、足元が見えにくいですわ……おじい様ったら、この雰囲気が男のロマンだなんだと言ってますけど……)
――節魔力と、予算削減。
そんな現実的な言葉がふと頭を過ぎる。だがこの件は深く考えれば考えるだけ、現実は優しくないものだ。私は何も気づいていないフリをして、階段を降りきり、おじい様の後ろに並ぶ。
「……ふむ、エヴリン。もうちと下がっておれ」
背を向けたまま告げるおじい様の声に従い、二歩下がってノアと並ぶ。
おじい様が、重圧すら感じる冷えた鋼鉄の扉についた円盤へ指先で触れた。――すると、何の変哲もなかった扉の表面に、波紋のように淡く光る設計図が描き出された。
魔力を注がれた魔導回路。円盤に仕掛けられた『個体識別魔力』のプログラムがおじい様の認証を行う。
ーーキリキリ、カチカチ。
正常に解錠の手順を踏む、無数の歯車の音。
――カチャリ。
歯車が噛み合いロックが外れた音が無機質に響く。重々しい金属音を奏でながら、扉がゆっくりと開かれた。
其処はリトニア家の「秘密」が詰まった、まさに叡智の工房。冷えた空気の中、部屋の奥に飾られるように鎮座しているのは、馴染みのない『球体』――御伽話の中だけの遺物が、台座の上にあった。
「ここは我が家で最も魔力耐性も高い部屋じゃ。……ノア、ここでなら遠慮はいらん。存分にその力で視てみるがよい」
「畏まりました。ーーそれでは、解析を開始します」
おじい様が合図を送ると、ノアは台座の前へと静かに歩む。今回、彼が呼ばれた理由はただ一つ。
(私やおじい様のような技術者の微弱な力――「4」や「5」という魔力量では、到底心臓部にまで届きそうにありませんもの。ここは解析のプロであるノアに任せる方がベストですわ)
とは言え、私もついその古代遺物という未知に触れたくなり、指先が先程からピクピクと動いているのだが。流石に空気を読んで、おじい様の隣で静かに見守った。
ノアは右目に装着した魔導具のモノクルの奥、淡墨青色の瞳を微かに光らせる。そして、迷いなく球体に触れると魔力を回路へ流し込んだ。彼の指先からは、糸のように細い魔力が、器全体を包み込むように広がっていく。
「…………モノクルの計測値に、異常なノイズが走っています。深い、そして暗く不明瞭です」
淡々としたノアの声。普段よりも僅かに硬く、どこか困惑を孕んでいた。
「お嬢様、この核は完全に欠落しています。ですが、回路の隅々に『強制帰還』のプログラムが焼き付いています。……どうやらこの頭部は、自身の『身体』が眠る場所を、明確に記憶しているようです」
「なんですって……!? そんなバカなことが……動力源もないのに? 一体どうやって?」
その言葉に、私は戸惑いと驚愕で上擦る声を漏らす。
だが、胸の奥に込み上げるのは、好奇心という名の熱。調律師としての本の本能が血液を瞬時に沸騰させる。ノアの手元を覗き込もうと、おじい様よりも前へ、勢い殺さず身を乗り出した――その時。
――チリッ。
動力源もないはずの球体から、小さくビリビリとした青白い光が走った。途端、一気にバシンッ! と激しい音を響かせ、スパークが徐々に大きくなる。
「きゃっ!!」
「危ない!! エヴリン、ノア、伏せるのじゃ!!」
「!っ、ノアは無事ですの!?」
その閃光は止まることなく広がりを見せる。スルスルと、まるで生きた蔦のように急速に伸びていく魔力の光。
「問題ありません。お嬢様、先代様! 早くここから避難をーー!」
ノアが私たちに鋭い声色で呼びかける。
――だが、その声も虚しく、空っぽの頭部から伸びる一筋の光が私に触れた。
途端に走る、強烈な衝撃と熱さ。
――バチッ!!
「いっ!! な、んですの!?」
正体不明の『何か』が私の中を暴くように、内側へと侵入してくる。逆流するように接続してくる何かの『強い意思』。
「自分の内側を土足で踏み荒らされ、中身を解析されている」という気味の悪さに肌が粟立つ。
「ーーっ! エヴリン!!」
自身の身を両腕で抱え蹲る私の元へ、おじい様が駆け寄ろうとする。だが、その直前、見えざる透明な壁によって阻まれた。
ノアが瞬時に展開した魔力による障壁。それはおじい様を傷つけることはない。危険域から遠ざけるための単なる足止めであった。
「……なりません、先代様。今は……お嬢様にも、古代魔導人形に触れることも危険です。……どうか、身の安全を」
「だが……っ! くそっ、どうにかならんのか!!」
悲痛さを訴えるおじい様の声。けれど私の意識は段々と薄まり、その声はどこか遠く響いた。険しい顔で焦りを見せるおじい様と、警戒を続けるノア。助けを求めるように、二人に視線を向ける。
――しかし、光は素知らぬ顔で私自身の中を暴き続ける。
『……適合者接続。――警告、核未検出……。代替動力…源ヲ捕捉。……座標未踏、古代遺跡……封印ヲ解除セヨ』
――突如、その器が言葉を発した。
「……座標? それに、封印ですって……?」
感情を一切削ぎ落とした、温度のない声が遺物から発せられた。私は言葉の意味を考えようとするが、そんな時間すらも奪うように、古代遺物は私の魔力を吸引し始めた。
――空っぽになるまで吸い尽くそうとする、器の意志。
「う、ぐっ……!」
「エヴリン!!」
強引な魔力の移動で吐き気を覚え、呻き声が漏れる。生命を脅かす存在に、冷や汗が背に伝った。おじい様が私の名前を悲痛な顔で呼ぶ。――けれど。
「……っぐ、っ、私の魔力が……っ……!」
言葉を返す余裕もなかった。急速に体温が失われ、血液を抜かれるような感覚。意識はあるのに身体が硬直していく。視界までが、魔力切れのランプのように、チカチカと白く点滅し始めていた。
「お嬢様、僕の魔力を経由してください」
私の肩に、体温がそっと添えられた。――ノアの掌だ。
「いくらお主でも危険過ぎる! ノア、離れるんじゃ!」
「……出力固定、放出します……」
彼自身も導線に繋がれ、不快さを感じている筈だ。それでも、彼の表情は一切変わらない。
私と古代遺物の頭部が繋がる魔力の導線。頭部を自身の膝の上に置き、私と向かい合うノア。そして、私の身体を「媒体」にして、ノアの魔力が新たな導線のように内側へと滑り込んでくる。
(ああ、これならいけますわ……)
じわじわとノアの魔力が、私に流れ込んでくる。枯渇しそうになっていた魔力が、私の中へと注ぎ込まれる。心地よい温度。落ちかけていた意識がゆっくりと浮上していく。
(ノアの「10」という、規定最大値の魔力がなせる力技、ですわね……)
私の足りなかった魔力がノアの魔力で満たされ、ノアの魔力が私の血液へと変換されていく。そうして、媒介された巨大なエネルギーが『古代魔導人形の空っぽな器』へと注ぎ込まれていく。
閃光が工房全体を包み込み、石壁には幾何学的な座標軸が投影された。
光が収まり、静寂が戻った工房で、ノアは涼しい顔でペンを走らせ、投影された座標をすべて手帳に書き写していく。
私は並々ならぬ疲労にどさり、と膝を突き、肩を上下に揺らし呼吸を乱していた。いつの間にかノアの障壁も消え、おじい様が駆け寄って来ては私の身を抱き寄せる。
「エヴリン、ああ、すまぬ、わしがついておりながら……」
「大丈夫ですわ、おじい様……ノアが助けてくれましたもの……」
息も絶え絶えに、私は疲労により脱力したままであるが、大切な祖父にそんな悲しい顔をいつまでもさせてはいられない。
おじい様に身を預けつつ、震え冷たくなったおじい様の手をぎゅっと握る。やがて、私の拙い笑みを見て、ほっとしたようにおじい様は安堵の息を漏らした。
「……先代様、お嬢様。解析が終了しました。……場所は北北西……。シギル辺境の古代遺跡地で確定です」
「シギル……ああ、あの古代遺跡か…………」
そんなに近くに内部のパーツもあったのか。おじい様は何処か悩ましげな顔をしていたが、何か納得したのか、それ以上の言葉を紡ぐことはなかった。
「お嬢様、この球体は確かに貴方の魔力を『適合者の鍵』として認識し、眠っていた座標データを出力しました」
「……鍵。使い勝手のいい道具扱いなのは、一部の貴族連中と同じなのね。……けれど、そんなことはどうだっていいわ。その挑戦、どーんと受けて立って差し上げますわっ!!」
荒々しい息を整えるように深呼吸をする。そしてーー虚勢と意地で立ち上がる。
(今だってまだ手は震えてるし、膝だって笑いそうですもの……恐怖心が無いとは言えませんわ)
それでも、私はこの未知の技術を解明したい。
(……開発現場では、こうした事故だって何度も経験したもの)
危険度が高い事も頭では分かっている。だが、私は技術者であり、リトニア家の血を引く者だ。
(こんなところで臆してばかりいては、その先に私たちが求めるものはない。……何度打ちのめされたって諦めなければ、いつか届きますわ)
台座に再び置かれた、空っぽの頭部を見つめ直した。
暴れん坊で、無機質な、古代遺物ーー。
「さあ、出発の準備を急ぎますわよ! ……絶対に、ぜーったいにこの子の心臓を見つけ出して、私の手で再起動して差し上げますわっ!」
私は胸を張り、声を高らかに告げる。
これが、私が古代魔導人形との初の出会い。そして、私の運命を変えた最初の夜の出来事である。
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ノアの観測記録:(Log-006)
【事象】: お嬢様の微弱魔力(4)による古代遺物の起動と、僕の魔力のパスを確認。
【判定】: お嬢様は、僕の暴走する魔力を制御できる唯一の「精密弁」である。
【結果】: お嬢様は「セットアップ」の宣言を完了。
……予備のレンチを100本用意します。
【活動報告 / 後書き用】
7話まで、毎日18時に投稿を行う予定です!
しばらくは「タイトル詐欺(?)」のような展開が続くかもしれませんが、ぜひその変化もお楽しみください!
【※調査団のパトロンになりませんか?】
「面白い」「続きが気になる!」と思ってくださった皆様、ぜひブックマークや【星】での評価をお願いしますわ!作者のモチベーションという名の魔力は、皆様の評価でチャージされます。どうかエヴリンたちの物語を応援してください!
ご意見・ご感想も、ドリルを止めてお待ちしております。
(※この物語は作者の妄想・パッション・ロマンにて世界観や魔導具が構築されております。多少のご都合主義は、技術屋の愛嬌としてご理解いただけますと幸いです!)




