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不憫な悪役令嬢は、ドリルで常識を穿つ! 〜国家一級魔導具師が、古代遺跡を調査しますわ!〜  作者: 雪見もち子


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第5話:家計管理の鎖

昼過ぎ、私は戦場――もとい、団欒室へと向かう。




私の決意を示すかのように、意気揚々と扉を開ければ、そこには現在リトニア家にいる家族達が揃っていた。



そして、普段はおばあ様と共に別邸へと住んでいる、諸悪の根源であるおじい様が、まるでお通夜のような顔で着席している。



(これはまるで「抜き打ち検査が来ると知った直後の、隠し事だらけの整備工場」の空気感のようですわね。まあ、残念ながら、私はそんな現場に立ち会ったことはないのだけれど……)



朝から通気口に逃げ込んでまで私との接触を回避しようとしていたおじい様も、昼過ぎにはやっと捕獲し、逃げ場のないこの場所では観念したようだ。



「古代の魔導人形アーティファクト・ドールじゃが……数年前、ふと思い立って倉庫の煤払いをした時に、片隅に埃を被った箱があっての」



リトニア家の倉庫は、主に魔道具や工具、ガラクタさえもあちらこちらに押し込まれ、時に点在している。各自担当の倉庫を、定期的に煤払いを行うのは当たり前のことだ。



「その中に、重さといい形といい、ばあ様の漬物石に最適な『石』が転がっておった。それがまさか、古代遺物の『頭部』だとは露ほども思わず、そのままばあ様に渡してしまったという訳じゃよ……」



おじい様のお話を聞きながら、つい焦りそうになる心を鎮めるべく紅茶を口に含む。鼻腔を抜ける爽やかなハーブの香りが、張り詰めていた緊張感をしっとりと解いていく。程よく抜ける力にほっと安堵の息をつく前、引っかかりを覚えた。



――ふと過ぎった、とある言葉に疑問が浮かぶ。



「……おじい様、嫌な予感がしますわ。その『石』が古代遺物の頭部だと判明するまでの間、おばあ様はいったい何を……何を漬けていらしたの……?」



冷静を装うように、静かに問いの言葉を述べる。けれど、私の動揺を表すかのように、カップの中の琥珀色の水面が、微かにゆらゆらと揺れる。



「うむ、ネギを味噌に漬けておったな。ただのネギじゃなく、ねじりんネギじゃ」



「おじい様……! あの国家の至宝を、まさかの塩分と発酵物で不当な漬け石になさるなんて……ッ!技術者としての倫理までネギと一緒に漬けてこられたのかしら!?」



ねじりんネギ――それは地中の石をドリル状にねじりながら粉砕して育つ、もはや「土木作業」と揶揄されるほど。だからこそ、重量も見た目よりはある古代遺物の頭部は「都合の良い重石」として機能してしまったのだろう。



( 確かに、おばあ様特製の味噌漬けは格別ですけれども!!だからと言って、漬物石にするなんて……!!)



――ガシャンッ!



カップを受け皿へと置く際、度重なる怒りでつい手元が狂い、磁器が荒く置かれる音が響く。即座に、お母様から絶対零度の視線が突き刺さった。



(でも、国家の至宝が乳酸発酵の危機に晒されていたなどという衝撃的な事実を突きつけられて、平常心でいられる魔導調律師チューナーがこの世にいるとでも?いいえ、おりませんわ!

乱れた魔導回路の旋律を正しく整えることを使命とする私にとって、それはただの冒涜ですものっ!)




しかし、命の危機を感じるほどの冷気に当てられた私は、音速でカップから手を離した。行儀良く膝の上で手を揃え、借りてきた猫のように粛々と首を垂れる。



その背後で、ノアが「お嬢様の怒号および衝撃波、過去最高出力を更新。……記録します」と無慈悲にペンを走らせていた。



隣に座るお兄様はノアの静かな呟きを拾い、やや呆れた面持ちで溜息を溢し、肩を落とすと私の方へと視線を向ける。



「エヴリン、お前の気持ちはよく分かるが、一旦落ち着け」



「ですが、お兄様……!」



「今はそれより、もっと大切な話があるだろう? ……今回どうしてこの古代遺物の調査の話が王太子殿下から上がったのか、とかな」



お兄様の言葉が、オーバーヒートした私の脳を急速冷却する。



( 確かに、頭部が我が家にあることは陛下も承知のはず。でも、なぜ今更になってあの王子の命により、その調査が始まったのか……)



嫌な予感が脳裏に過ぎる。私はおじい様の言葉を聞くべく、静かに見守った。やがて言いにくそうに、渋い顔をしたおじい様が重い口を開いた。



「非常に言いにくいんじゃがな、あの御仁……陛下は、ご家族との夕食の際、いつもより深酒をしたようでの。その席で、王太子殿下にその存在をうっかり漏らしてしまわれたらしい。

……あの御仁のスピーカーには、昔からまともな遮断回路ブレーカーが付いとらんのじゃ……」



予感の的中。おじい様ががっくりと肩を落とし深い溜息を溢す。同時に私達一家は思い当たる節があるというように静かに項垂れ、続いて溜息をついた。



(……やっぱり、元凶はやはり陛下でしたのね…… )



本来なら、不完全な遺物の存在を知るのは陛下とおじい様くらいのものだったはずだ。陛下も、魔導具好きの息子アルフレートに知られたら最後、しつこく解析をねだられると分かっていて、あえて黙っていらしたそうなのだが。



(運悪くそれを聞きつけてしまったのが、我らが王太子殿下。 「頭部があるなら、リトニアに中身コア、或いはそれに付随する部品パーツを探させる。

そのついでに現物の精査もさせよう」と、陛下の失言を即座に「国家規模の調査依頼」へと昇華してしまったという経緯でしょうね……)



かつて当主だったおじい様や父様も、そうやって陛下から数々の無茶ぶりを押し付けられてきた話は幾度と聞いてきたのだ。



凡そはこのあたりだろうと私は検討をつけた。そして今、その「無茶ぶりの伝統」は、よりにもよって『魔導具オタクの王太子』によって、私や兄様へと着実に引き継がれているのだから間違いない。



「……正式な依頼があった以上、臣下として断れはすまい」



お父様が呟けば皆も同意の旨を示すように小さく頷き返した。そして、おじい様が自分の専属執事に目配せをすると、執事は音もなく部屋を辞した。



「器自体は、地下の特別工房の『防錆・防魔結界』の中に厳重に保管しておる。食後の休憩が終わったら、案内しよう」



(……ああ! ついに、ついに拝めるのね! 失われた古代の曲線、現代の切削技術では到底不可能な継ぎ目の処理……!)



ふと隣からすべてを見透かしたような重苦しい沈黙が漂ってきた。――お母様だ。



お母様はリトニア家に嫁いで以来、職人気質すぎて経営に疎い父様に代わり、領地の運営や財政を一手に引き受けてきた。「鉄の管理者」であるお母様が、何も言わずただじっと私を見つめている。




「……っ、おほほ、嫌ですわお母様ったら! 私はまだ何も言っておりませんわ。

『内部回路を隅々まで舐めるように観察したい』だなんて、これっぽっちも考えておりませんことよ?

ほら、見てくださいまし、この一点の曇りもない無垢な瞳を!」




鋭い吊り目を精一杯見開いて「無垢」を装うが、お母様はなおも一言も発さず、ただ静かにティーカップを置いた。



――カチャリ。



耳を澄まさなければ聞こえないほど小さな音は、私の熱くなった心臓に冷たい衝撃を与える。表情を固まらせるほどの威力がある。この完璧な「静」の制御、格が違う。



「エヴリン、貴方は分かっているの? 開発に没頭するあまり、周囲コストが見えなくなるのはリトニアの悪い癖よ。失われたコアを探し求め、未踏の古代遺跡を調査するだなんて……このお話、貴女は辞退なさい」



団欒室の空気が凍りついた。お母様の「母としての拒絶」は、いかなる魔導回路よりも強固な障壁だ。



「……いいえ、お母様。これは私が行くべき案件ですわ」



気づけば、私は椅子を蹴らんばかりの勢いで立ち上がっていたが、思考と表情は冷静なまま、静かに家族を見据えた。



「私は――子爵家の三女という確かな身分と自由な立場がありますわ。若輩ながらも『国家魔導具師一級』の資格を持ち、この家で最も精密な感性を持つ『魔導調律師チューナー』でもあります」



私は拳を握りしめ、家族一人一人の瞳を真っ向から見据えた。



「叩けば直るようなガラクタじゃない。本物の『魂』をこの手で呼び覚ましたい、これは技術者としての、私の矜持ですわ!」



寡黙なお父様の眉が、ぴくりと跳ねる。驚きか、納得か、あるいは両方か反応を見せる。その隣では、妹思いのお兄様の肩がびくりと跳ね、心配そうに私を見つめていた。



私は深く、深く頭を下げる。一人の技術者としての、そしてリトニア家の人間としての懇願だ。



「お願いします、お母様、お父様、お兄様、おじい様……。この調査、王命だけという事ではなく、私個人の意思として、どうか認めてください」



静寂が室内を支配する。ノアのペンさえ止まった。お母様は、深いため息をつきながら、ゆっくりと目を閉じた。



「……卑怯だわ、エヴリン。その情熱のおかげで、私がどれだけ予算と領地運営のやりくりに頭を悩ませてきたと思っているの?」



そう呟いたお母様の声に、冷たさは消えていた。代わりにあったのは、娘の中に脈々と流れる「リトニアの血」に対する諦めと誇らしさだった。



「分かりました。……ただし、条件があります。今回の旅における全ての資材購入、および魔導具の改造費用の領収書は、一銅貨に至るまでノアに管理させます」



背筋に凍りつくような、鉄の規律。お母様のその眼差しは、情熱で動く私のような技術者にとって、最も恐しい「コスト管理」という名の鎖だった。



「……ノア。貴方は『観測者』として、旅の全行程を記録しなさい。そして、毎夜、欠かさず伝書鳩によって私の元へ報告すること。いいわね?」



「……了解しました。魔導伝書鳩での奥様への定期報告ルート、毎夜の定時報告は設定済みです。予算超過の兆候があれば、即座に緊急速報アラートを送出します」



「続いて、カトレアとクロードにもついていってもらうわ。貴方達は……そうね、エヴリンの身辺警護と健康管理、そして淑女としての品位を最低限保ったまま、連れ戻してちょうだい」



「「拝命いたしました、奥様」」



専属の侍従である二人が私につけられるのは想定内のことである。寧ろつけられなかったら旅の間不便をすること間違いないのだ。



(と言うよりも、あの二人を私から遠ざける方が危険ですわよね……ああ、お母様も同じように思っているようですわ。

……というよりも、今サラリと『淑女としての品位』と仰いましたわね? つまり、技術者としての探求心は、淑女の仮面の裏に隠しておくのが正解ですわね)



二人は心得ているというようにお母様の言葉にしっかりと頷き返した。身辺警護としてはこのリトニア家の中でも優秀な二人だ。いくら変人だろうが実力は確か。その辺りは私も心配していない。



「護衛にはレオンとカイルもつけます。あの二人ならば実力も確かなものですし、レオンに至っては貴女がいる方が制御しやすいでしょう」



今はこの場には居ないが、今朝顔を合わせた二人をお母様が護衛として二人の名を挙げた。



(いえ、それはどうでしょう……あのレオンが大人しくするとは到底思えないのですが、お母様……)



お母様は私に淑女らしい完璧な笑みを向ける。口答えする場面ではない、お母様が言うことは絶対なのだ。私は粛々と頷き小さな声で「はい」と同意の言葉を返した。



確かに護衛騎士としては最適だが、このリトニア家でも群を抜いて変人の部類だ。しかし、実力は確かなもので、護衛としてつけるならば安心感と生存値はぐんと跳ね上がる。



カイルに至っては逆に何も心配がない。ブレないほどの真面目さで、規律を重んじる彼のことだ、いいストッパーにもなってくれるだろう。私はカイルに全ての不安を預けることにした。



「そしてエヴリン、貴女のすべき事は無事に帰ってくること。そして現場の指揮をきちんと執ること……出来るわね?」



「はい、お母様。私、必ずこの調査団の指揮を取り、無事に帰ってくることをお約束いたしますわ」



こうしては家族にも改めて認められ、正式な王命を元に調査団を結成する事となったのだ。



――――――――――――


ノアの観測記録(Log-005)


【観測】 お嬢様の「技術者魂」が古代遺物への不当な扱いにより激高。奥様の「予算管理術(鎖)」で強制鎮圧。


【判定】 旅の許可が下りるも、お嬢様の「自由プライバシー」は全行程において非公開設定ロック


【申請】 ……お嬢様の熱弁中、一瞬だけ「苺タルトの追加予算」を申請しようと試みるも、奥様の眼光により沈黙。



……ログを全消去しました。



【活動報告 / 後書き用】

7話まで、毎日18時に投稿を行う予定です!

しばらくは「タイトル詐欺(?)」のような展開が続くかもしれませんが、ぜひその変化もお楽しみください!


【※調査団のパトロンになりませんか?】

「面白い」「続きが気になる!」と思ってくださった皆様、ぜひブックマークや【星】での評価をお願いしますわ!作者のモチベーションという名の魔力は、皆様の評価でチャージされます。どうかエヴリンたちの物語を応援してください!

ご意見・ご感想も、ドリルを止めてお待ちしております。


(※この物語は作者の妄想・パッション・ロマンにて世界観や魔導具が構築されております。多少のご都合主義は、技術屋の愛嬌としてご理解いただけますと幸いです!)

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