第4話:騒がしき朝のリトニア家②
ーー翌朝、食堂前。
やたらとスッキリとした気分で目覚めた私は、案内されるまま食堂の扉を開く。
するとそこには、大剣を背負う屈強かつ長身な、ある一人の男の姿が映った。
「おはようございます、お嬢様。今日も立派な淑女らしい装いですが……隠しきれていないそのスパナ、随分と物騒なオーラを放っていますね。ポケットから覗くその一端だけで、淑女というよりは『作業場の現場監督』に見えますよ」
「……なんですの、その言い草はっ! これは淑女の嗜み……いえ、精密調律器具ですわよ!!」
朝の穏やかな空気を台無しにする、一撃を放つ豪快な言葉で出迎えられた。
今から半月ほど前に、隣接する辺境伯領地で合同討伐の遠征へと向かっていた筈の男。一級衛騎士であるレオンだった。
普段はこのリトニア家を守護する一人なのだが、私たちが王宮へ行っている間に帰還していたようだ。
ミルクティーベージュの髪を揺らし、コバルトブルーの瞳を細めて笑うその風貌は、爽やかな好青年といった印象が強い。
私が魔改造した物理強化回路入りの黒革ジャケットも相まって、彼の精悍な顔つきを完璧に引き立てている。だが、いかんせん口が悪い。
慇懃無礼な言葉を放つ彼だが、実力がある故に憎まれにくい。
その実力は、討伐遠征では最新鋭の機動兵器を凌駕する戦果を叩き出し、このリトニア領において間違いなく最強格の一角を占める。
スペックはいいのに性格が残念な騎士である。
「朝から元気だな、お嬢は。デザートには苺タルトらしいから、とっとと飯食っとけよ」
レオンの騒々しい挨拶とは対照的な、「静」の気配を纏ってそこに佇んでいたのは、屋敷を守る番人、カイルだった。
元暗殺者という物騒な経歴を持つ彼は、今やこのリトニア家の守護を担う一柱であり、屋敷の全域を射程に収める一級のスナイパー。
普段は感情を読み取らせないほど重く前髪を垂らしており、陰気さと静寂さを醸し出している。
しかし、スコープを覗く際――その重い前髪を、私が端材で作った『スパナ型のヘアピン』で留めて視界を開き、暗殺者の冷徹な眼光を現すのだ。
彼こそが、暴走しがちな我が家における「最後にして絶対の安全装置」だった。
「ああ、そういえば先日お貸し頂いた拡声器ですが……あれは、とても良いものですね。
一部からは、やれ公害だの騒音だのと、大変貴重な意見を頂きましたが、お嬢様の魔改造された魔道具の威力は、安定のブレなさでした」
「その拡声器、お嬢がまだ調整中だって言ったのに、勝手に持って行ったんだろうが」
「ああ、勿論、その場で『教育的指導』は行っておきましたのでどうぞご安心を。」
「おい、平然とした顔で、他所の騎士に何をしてるんだ、お前は……」
カイルが呆れても、レオンは「結果的に討伐効率が上がったんだから良かっただろう?」と悪びれた様子もなく、軽やかに笑い飛ばす。
レオンは私の開発品を『世界の最適化』、つまり世界平和のための兵器だと思い込んでいる節がある。
うるさい作業現場で声がよく通るものを作っただけなのに、戦場で使われるのは明らかに用途違いだ。
紅茶を一口飲み、なんとか気持ちを鎮める。
本来、子爵家の令嬢が騎士と同卓するなど、貴族の礼儀作法に照らせば失笑ものだが、技術の研鑽と効率を最優先し『朝の定例会議』も兼ねている為、こうした光景は珍しくない。
(……まあ、主に目の前の慇懃無礼な男が、マナーという概念をハナからシュレッダーにかけているせいでもあるのだけど)
カイルはとっくに食事を済ませたようで、窓際の壁に寄りかかっているし、カトレアやその他使用人達は変わらず自分達の持ち場で待機している。
私も今日も暖かな朝食を頂きながら、シェフの拘りである、デザートの苺タルトを堪能していたのだが――。
「――で、その拡声器で一喝してやったんですよ。そうしたら賊ども、面白い反応を示しましてね。まるで陸に上げられた魚のように無様に飛び跳ね、のた打ち回っていたので非常に愉快でした」
「それ、本来の『拡声』という仕様を完全に無視した蹂躙ですわっ!というか、私の魔道具は殺戮兵器ではありませんのよ!今すぐその物騒な使い方はおやめなさいっ!!」
レオンの言葉で私はつい、声を荒げてしまった。
武器ではなくインフラに必要な道具、魔導具扱いしないで欲しいものだ。誠に遺憾である。
ぐっとフォークを持つ指先に力を入れ、ふつふつと湧き上がる怒りを堪える。
「私の好物の苺タルトを食べるという癒しの時間が台無しですわ!!」
「貴女の癒しの時間は魔導具の開発の間違いでは?
しかし、そう怒声を上げていてはエネルギーの消費効率が悪い。今は食事の時間ですから、そう怒らず。」
「分かっていて私の怒りを買っているようにしか思えないのだけれど」
「それに、貴女はただでさえ非力なのですから、しっかりと食事をせねば、また開発に没頭して倒れるのがオチでしょう?」
尚も続く減らず口に、怒りで震える指先で切り分けたタルトをフォークに刺し、ばくりと頬張る。程よい甘さと苺の酸味、カスカードの濃厚さにほんのちょっと眉間の皺が取れる。
だが怒りは込み上げ続けるという情緒の不安定さ。それを、従僕のノアがモノクル越しに怒声音量を精密に計測する。
「お嬢様が怒鳴るたび、魔力解像度が上がります。まるでお嬢様を中心に世界が再構築されているかのような数値です。
……お嬢様の怒声、前回比12%の向上を確認。少々音割れ(ディストーション)しています」
「ノア、『怒りの出力』をエネルギー源みたいに評価しないで下さいまし!」
このモノクルは、対象のバイタルを数値化するプライバシー皆無な代物だ。制限はあれど、無駄に拘った仕様なのは実にリトニアらしい。怒声を計測してどんな記録になるのだろうか、血圧を測って健康管理でもする気なのか。
(それよりも、目の前の無礼な男の暴挙を制御してほしいものですわ!!)
「レオン。次にお嬢様の平穏を妨げたら、貴方の声帯をお嬢様が先日魔改造……いえ、美しきも素晴らしい才能と技術力で開発なさった、『超高粘着式の魔導砲』を使用しましょう。」
私の気持ちを察してか、眼鏡をクイと上げて釘を刺すクロードの冷徹な宣告が割り込む。
「それで封印し、返品不可の粗大ゴミとして国境の外へ射出して差し上げたら宜しいかと。……如何致しましょうか、お嬢様」
続けて放たれた言葉は容赦のないものだが、レオンは恐怖するどころか更に瞳を輝かせた。
「……あぁ、いつかお嬢様がこの世界の理を『再定義』してくださる、新たな魔導具たちを手にできる日が楽しみでなりませんよ」
「ちょっとレオン、その目怖いからこっちを見ないでくださる!? そもそも『再定義』ってなんですの、優雅な朝が台無しですわっ!」
不敵に笑うレオンに、カイルが銃床を脳天目掛けて叩き込む。それを紙一重でかわすレオン。
その回避運動の終着点には、カトレアが痺れ薬の香水をあらかじめ一吹きしていた。
クロードは騒がしい彼らに絶対零度の殺気を笑顔で向け、
ノアは安全確保と言わんばかりに壁際で気配を消し、家具のように控えながら観測を続ける。
「……これ以上汚すと、お母様の雷が落ちますわよ」
私がそう告げるのと同時に、彼らは魔法のようにぴたりと動きを止めた。
カイルは無表情に銃を引き、レオンは痺れ薬を鼻歌混じりに払い、クロードは優雅に最後の一皿を下げさせる。
嵐のような食卓が解散し、各々が持ち場へと散っていく。
私もまた、おじい様の逃亡劇を終わらせるべく、屋敷中を探し回ることとなる。
「……さて。それじゃあ始めましょうか。ノア、クロード、カトレア。……『鼠取り』の時間ですわ」
私は不敵に微笑み、愛用のスパナを握り直した。
(ターゲットは一人。通気口の魔術師(自称)、おじい様ですわ!!)
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ノアの観測記録(Log-004B)
【観測】 お嬢様の血管怒張および音割れ(ディストーション)を確認。
【分析】 レオンによる「現場監督」認定。および、クロードによる「粘着砲」の射出宣告。
【結果】 お嬢様の魔力解像度は12%向上。……朝食の苺タルトは、糖分(報酬)として適切に機能したと推測。
苺タルトの糖度は至高。……お嬢様、もう一つ頂いてもよろしいですか。




