第3話:漬物石の再誕②
3話長すぎたので分割しました。
内容は変更ありません。
(R8.4.17)
古代のオーパーツ、それがまさか実家の地下倉庫で、『漬物石』として不当な扱いをされているとはーー
(ですが、もしその「遺物」が本物で、私の技術を試せるのならば。微細な単位で制御し、出力を極限まで引き出す演算回路として機能させられたら……っ!
……ああっ、想像だけでも脳が焼き切れそうですわ……!!)
「……おい、エヴリン。顔に出すぎだ。鼻息を鎮めろ、不敬だぞ」
お兄様が低い声で短く囁くと同時に、脇腹を鋭く突いた。その肘の角度の鋭さに、意識を強制浮上させ、私は即座に殿下へと向き直る。
「……ハッ! し、失礼いたしました、殿下……っ。その……少々、技術者としての『知的好奇心』が、うっかり溢れ出しただけでございますわ!」
「はは、いいよ。その『溢れ出し(エゴ)』を君に期待しているのだからね」
殿下は獲物を罠に誘い込む猟師のような、底意地の悪い笑みを深めた。
その瞬間、私の脳内には最大音量の『警告音』が鳴り響く。
僅かな違和感、手紙をもらった時からしていた、『嫌な予感』が駆け巡る。
致命的な判断ミス。
ーー殿下の策略に気付くのが遅かった。
「この調査を引き受けてくれるなら、君たちの『移動が便利で丈夫な魔導車』……アレの予算を、全額『王家直属の調査備品費』として認めよう」
「ぜ、全額……!? つまり、実質制限なし、という事でよろしいのですか!?」
ぐわり、と鋭い目が見開かれ、私の「顔」が欲望でだらしなく緩む。すかさずお兄様の肘鉄により、再び顔を戻そうと努力するも、口元がどうにも歪んでしまう。
あと一声、何かかけられてしまえば決壊しそうな欲望を抑えるよう、私は握る手に力を入れるがーー
「ああ。最新の動力源、特殊な覗き窓……。君達が『調査に必要だ』と言い張るなら、私はすべてに承認の印を押そう」
「殿下ッ! その『調査に必要だと言い張れる』というお言葉……信じてよろしいですわね!?」
「っ、おい、エヴリン! それ以上殿下を問い詰めるな!」
兄が必死に襟首を掴んで引き戻すが、私の耳にはもう届かない。
脳内の『私利私欲を詰め込んだ改造リスト』は、馬車軸をも超える速度で更新され始めていた。
(片面鏡はプライバシーに配慮して全面装備! 二畳の予備スペースは、遺物を傷つけず運ぶための精密緩衝コンテナ!)
(それとついでに、移動中に快適に作業するための『特注作業椅子:ととのう君(改)』の開発を進めて搭載したら、最高の『開発環境』になりますわ……っ!!)
込み上げる衝動を抑えるように顔を伏せた。だが、隣の父から諦めを含んだ溜息が重く落ちた。末席で大人しくしているはずの私が、『予算という蜜』に釣られ、身を乗り出しているのだから無理もない。
「……殿下、一つ確認を」
口を開いた父の声は、静かに空気に馴染む。
「……これは、あくまで『調査』であり、『戦闘』は辺境伯の管轄、という事で相違ありませんな?」
「勿論だ。君たちにはその魔導車で、優雅にアステリアの地を巡ってもらいたい」
「どうだ、エヴリン嬢。君個人としては、この『豪華な魔改造』をやる気があるかな?」
「我がリトニア家の総力を挙げ、その『漬物石』……いえ、古代魔導人形の再誕と、辺境調査を成し遂げてみせましょう」
母仕込みの淑女教育で鍛えられた(しかし形ばかりの)恭順を示し、深く会釈する。
ドレスの裾をさばくその動作だけは完璧な令嬢のそれだが、頭の中ではすでに、”魔導車”を増設する、シミュレーションが完了していた。
「……予算の”請求書”が、少々分厚くなるかもしれませんが、お覚悟くださいませ?」
「ああ、楽しみにしているよ。……君の今後の活躍に、乞うご期待を、ってやつだね」
冷徹な投資家が、勝利を確信し僅かに口角を上げた。『チェックメイト』、誰かの声が何処かでそっと囁かれた。
しかし、欲望で視界が曇っていた私は、ついに最後まで気づかなかった。
ーーカチャン。
殿下は、満足げにティーカップを飲み干した。
それが合図となり、私たちの会話が終わりを告げる。やりきったという達成感に、満たされた。
「……やりすぎだ、エヴリン……」
「……はぁ。予算という餌一粒で、この魔道具好きの妹は……」
隣から聞こえてきた、消え入りそうな独り言。その意味を、この時の私はもっと深く計算するべきだった。
(……って、ちょっと待って。私、今『お覚悟ください』なんて不敬な啖呵を、切りましたわよね!? 国家予算を『私物の改造費』に充てる計画を、全力で顔に出して宣言しましたわよね!?)
背筋を冷たい汗が伝う。目の前の王子は笑っているが、その瞳の奥は、どこか獲物を狙う鋭さを孕んでいた。
(や、やらかしましたわ! 漬物石を奪還する前に、私自身が王家に一生買い叩かれる『便利屋』として付け込まれてしまうのでは……っ!?)
「まあ、エヴリン様、なんて使命感に燃えた、素晴らしい表情ですこと!」
隣でフローラ様が、頬に手を当てて感動している。
『外交のフローラと内政のアルフレート』。
私は不敬な啖呵を切った自分の口を、魔導溶接で封じたい衝動に駆られるのであった。
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観測記録:(Log-003B)
【観測】 王太子の「予算全額承認」という甘い蜜に、理性が0.1秒で上書きされたのを確認。
【分析】 私欲まみれの改造案を「調査備品」と言い張るも、投資家(王太子殿下)の「一生絞り尽くす」罠には無自覚。
【結果】 予算と引き換えに「一生馬車馬労働刑」が確定。自ら退路を塞ぐ完璧な自爆。
……観測を継続。本日分、記録終了。
【活動報告 / 後書き用】
定期更新日は水・金の18時です。
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(※この物語は作者の妄想・パッション・ロマンにて世界観や魔導具が構築されております。
多少のご都合主義は、技術屋の愛嬌としてご理解いただけますと幸いです!)




